婚約破棄ですか。お好きにどうぞ

神崎葵

文字の大きさ
上 下
44 / 61

四十三話 ※サイラス視点

しおりを挟む
 テラスには白い机と白い椅子が二脚用意されている。その一つにはすでにシェリルが座っていた。サイラスは空いた椅子に座る前にシェリルの前まで行き、花束を差し出した。

「これを……先日は、すまなかった」
「いえ……お気になさらないでください」

 そう言ってシェリルが花束を受け取ると椅子に座り、お茶を注ぎ終わった使用人がテラスを出ると、サイラスはぐっと顔に力をこめ、真剣な表情を作った。

「最近、アルフから色々と学んでいる。……これまでおろそかにしていたから大変ではあるが、少しずつ身についている、とは思う」
「……そうなのですね。新しいことを学ぶのはよいことかと思います」

 ぎこちないやり取りに、サイラスはこれまでどんな風に茶会を過ごしていたかを必死に思い出す。
 だが思い出せるのは互いに近況報告をして相槌を打っていたことだけ。話が弾むということもなく、決められていた時間が過ぎればそこでお開きとなっていた。
 領地で茶会を開いていた時はその後でそれぞれの親に挨拶をしていたが、それもほとんどが形式的なものばかりだった。
 シェリルとアシュフィールド公爵とではまた違ったかもしれないが、少なくともサイラスの側はアンダーソン侯爵と親身に話したことはない。

 だからこそシェリルが置かれた状況に気づけなかったのことに、サイラスは落ちこみそうになるのを必死にこらえた。

「……そちらは、どうだった?」
「先日、隣国について学びました。あちらの国は芸術が盛んで、隣同士だというのに文化に違いがあるのは風土や歴史の違いなどが関係しているのだと……そう教わりました」

 隣の国では絵画だけでなく、工芸や陶芸、染めにも力を入れている。アシュフィールド家でも隣国の品を仕入れることが多く、サイラスも何度も目にしたことがあった。

「……あちらでは、染めに使われる鉱石や植物がよく採れるからな」

 これまでであれば相槌を打つだけで終わっていた。サイラスが知っていることは当然シェリルも知っていると考えて、口を閉ざしていただろう。
 だが今は、どうにかして話を膨らませようと必死だった。これまでの茶会での自分の態度を反省した結果でもある。

 そんななんてことのないやり取りを繰り返しているうちに時間が過ぎ、決められた時間が終わるのも後少しとなった頃だった。

「アリシアが鍛錬場にお邪魔しているようで……ご迷惑をおかけしていないとよろしいのですが……」

 申し訳なさそうに目を伏せるシェリルに、サイラスはどうして今回茶会を開くことにしたのかを理解した。
 婚約の破棄を申し込んだのはサイラスのほうで、シェリルの側は茶会などを放棄しても咎められるいわれはない。だが、アリシアについて申し訳なく思っていたから茶会を開き、直接謝りたいと――そう思ったのだろうと、サイラスは苦笑を浮かべる。

「鍛錬に来るように言ったのは俺だから、気にするな。……それに、誰も迷惑だとは思っていない。元々、武術科生は歯に衣を被せないやつらが多いからな。お前の妹の言動に注意したりで、楽しそうにしているやつも多い」
「それは本当に大丈夫なのでしょうか……?」

 学術科の生徒相手であれば多少なりとも配慮する生徒も多いが、放課後にまで鍛錬を行っている生徒の多くは次男や三男――次期当主になることはなく、騎士になる可能性の高い者ばかりだ。
 中には、アリシアと同様の立場。場合によっては正妻がいる状態での愛妾の子だったりと、アリシアよりも家での立場が悪い者もいたりする。
 そんな中に、何かとずるいずるいと言うアリシアが放り込まれたのだから、当然駄目出しの嵐が起きた。

 たいてい言い負かされるのはアリシアのほうで、学術科の生徒相手に口喧嘩で買ったと、言い負かしたほうは喜んでいる。

「ああ、まったく問題ない」

 一族郎党処刑レベルのことをしでかさない限り、シェリルが害を被ることはない。アリシアが何かしでかしたとしても、その責任を取るのはアンダーソン侯爵。彼女たちの父親だ。
 そのため、シェリルが気に病む必要はどこにもないのだと言っても、真面目な性分である彼女は納得しないだろう。

 だからサイラスはそれを口にすることなく、首を傾げているシェリルに向けて力強く頷いた。
しおりを挟む
感想 328

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】病弱な幼馴染が大事だと婚約破棄されましたが、彼女は他の方と結婚するみたいですよ

冬月光輝
恋愛
婚約者である伯爵家の嫡男のマルサスには病弱な幼馴染がいる。 親同士が決めた結婚に最初から乗り気ではなかった彼は突然、私に土下座した。 「すまない。健康で強い君よりも俺は病弱なエリナの側に居たい。頼むから婚約を破棄してくれ」 あまりの勢いに押された私は婚約破棄を受け入れる。 ショックで暫く放心していた私だが父から新たな縁談を持ちかけられて、立ち直ろうと一歩を踏み出した。 「エリナのやつが、他の男と婚約していた!」 そんな中、幼馴染が既に婚約していることを知ったとマルサスが泣きついてくる。 さらに彼は私に復縁を迫ってくるも、私は既に第三王子と婚約していて……。

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。 理由は他の女性を好きになってしまったから。 10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。 意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。 ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。 セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

処理中です...