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三十八話
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サイラスは健全な肉体に健全な精神という言葉を、強靭にだと覚え間違いをしていた。
同じように、破棄に関しても何か違う覚え方をしているのでは、とシェリルは不安になったのだ。
「……約束を一方的に反故にするものだと思っていたが……違った、だろうか」
だが不安そうに言うサイラスに、ほっと胸を撫で下ろす。
しかしそれを理解しているとなると、ならばどうして好きという感情と婚約の破棄とを別に考えているのかという疑問が残る。
シェリルは少し考えるようにしてから、次の質問をサイラスに向けた。
「婚約がどういった場合に破棄されるか、ご存じですか?」
「……婚約をやめる時、ではないのか?」
不安そうに揺れる青い瞳に曖昧な笑みを返す。
それで間違ってはいない。ただ、足りていない。
「たとえばですが……婚約を結んだ時とは状況が変わり、取り決めていた条件が満たせなくなった場合や、不貞や犯罪行為などの明らかに一方に非がある場合は両家で話し合い、婚約を解消いたします」
結婚は家と家の契約だ。それを一方的に放棄するのは、不誠実な行いだ。
だから婚約関係を維持しても意味がないと判断された場合は、両家の当主が話し合うことで解消に至るのが普通だ。
非のある場合は賠償金などでもめることはあるが、話し合いによって決着することが多い。
「ですが、性格の不一致とかの婚約関係を維持してもなんら問題がないけれど、どうしても婚約関係を維持したくない時に婚約の破棄を申し出る方がいらっしゃいます」
問題がないのに婚約関係を解消したいと言われて、はいそうですかと応じられるはずがない。そうした話し合いで決着がつきそうになく、どうしても婚約関係を維持したくない時に、婚約の破棄が起きることがある。
だが当然、約束を一方的に反故にするのだから、不誠実な行いをする貴族として周囲に認識されるし、不利益を生じさせたとして多額の賠償金を支払うこともある。
なので婚約の破棄など稀なことだった。だが最近また増えていると耳にもした。その理由が昨今騒がれている恋愛結婚だ。
他に好きな人ができたからという理由では、両家の当主共に納得しない。そのため、彼らは婚約の破棄を宣言し、姿をくらませることがある。ある程度ほとぼりが冷めてから姿を見せる者もいれば、そのままどこかに消えてしまう者もいる。
だからシェリルはサイラスが婚約を破棄したいと言った時に、暗い自分ではなく明るいアリシアを選んだのだと思ったし、恋愛結婚がしたいのだろうと考えたのだ。そのどちらも、婚約の破棄においてはありえる理由だったから。
その後に告げられた婚約者にふさわしくないと思ったからというのも、解消に至るほどの理由にはならない。だがそれでも、話し合いで解決する範囲ではある。
だから婚約を破棄する必要はどこに、とシェリルは思ったのだ。口にはしなかったが。
「婚約の破棄と解消の違いは……言ってしまえば、話し合う余地があるかどうかです」
話し合う段階すら飛ばしてまで、婚約関係を維持していたくないのだとシェリルは考えていた。
だから相互理解だとか、円満な婚約解消だとか――これに関して言っていたのはアルフだが――理解のできないことばかりだったのだ。
だがそれも、サイラスが先ほど言っていた通り、婚約をやめる時に使うのだと思っていたのなら――婚約の破棄と解消の違いを正確に理解していなかったのならばわからなくもない。
わからないのは、どうしてその程度のことをサイラスが知らなかったのかだ。
「……必要なかったから……?」
行き着いた結論は、サイラスにとってそれが必要ない知識だったから、というものだった。
婚約をやめると言い出すと想定していなかったのなら、婚約を解消するための手順や書類の知識は必要ない。当然、破棄と解消の違いを教える必要もない。
サイラスが本当に、シェリルの婚約者になる教育だけを受けてきたのなら、説明がつく。
「……サイラス様。あなたが私を好きだと思っているのは、もしかしたらまやかしかもしれませんね」
そうなると、サイラスがシェリルを好きだというのも、そう思わされているだけの可能性がある。婚約関係を維持するために、シェリルに好意を抱く教育を受けていたのだとしても、不思議ではない。
好意を抱かれるようなことをした覚えがないのだから、むしろそのほうが理解できる。
「違う! それは、それだけはない」
だがシェリルが自嘲するように発した言葉は、即座にサイラス自身によって否定された。
同じように、破棄に関しても何か違う覚え方をしているのでは、とシェリルは不安になったのだ。
「……約束を一方的に反故にするものだと思っていたが……違った、だろうか」
だが不安そうに言うサイラスに、ほっと胸を撫で下ろす。
しかしそれを理解しているとなると、ならばどうして好きという感情と婚約の破棄とを別に考えているのかという疑問が残る。
シェリルは少し考えるようにしてから、次の質問をサイラスに向けた。
「婚約がどういった場合に破棄されるか、ご存じですか?」
「……婚約をやめる時、ではないのか?」
不安そうに揺れる青い瞳に曖昧な笑みを返す。
それで間違ってはいない。ただ、足りていない。
「たとえばですが……婚約を結んだ時とは状況が変わり、取り決めていた条件が満たせなくなった場合や、不貞や犯罪行為などの明らかに一方に非がある場合は両家で話し合い、婚約を解消いたします」
結婚は家と家の契約だ。それを一方的に放棄するのは、不誠実な行いだ。
だから婚約関係を維持しても意味がないと判断された場合は、両家の当主が話し合うことで解消に至るのが普通だ。
非のある場合は賠償金などでもめることはあるが、話し合いによって決着することが多い。
「ですが、性格の不一致とかの婚約関係を維持してもなんら問題がないけれど、どうしても婚約関係を維持したくない時に婚約の破棄を申し出る方がいらっしゃいます」
問題がないのに婚約関係を解消したいと言われて、はいそうですかと応じられるはずがない。そうした話し合いで決着がつきそうになく、どうしても婚約関係を維持したくない時に、婚約の破棄が起きることがある。
だが当然、約束を一方的に反故にするのだから、不誠実な行いをする貴族として周囲に認識されるし、不利益を生じさせたとして多額の賠償金を支払うこともある。
なので婚約の破棄など稀なことだった。だが最近また増えていると耳にもした。その理由が昨今騒がれている恋愛結婚だ。
他に好きな人ができたからという理由では、両家の当主共に納得しない。そのため、彼らは婚約の破棄を宣言し、姿をくらませることがある。ある程度ほとぼりが冷めてから姿を見せる者もいれば、そのままどこかに消えてしまう者もいる。
だからシェリルはサイラスが婚約を破棄したいと言った時に、暗い自分ではなく明るいアリシアを選んだのだと思ったし、恋愛結婚がしたいのだろうと考えたのだ。そのどちらも、婚約の破棄においてはありえる理由だったから。
その後に告げられた婚約者にふさわしくないと思ったからというのも、解消に至るほどの理由にはならない。だがそれでも、話し合いで解決する範囲ではある。
だから婚約を破棄する必要はどこに、とシェリルは思ったのだ。口にはしなかったが。
「婚約の破棄と解消の違いは……言ってしまえば、話し合う余地があるかどうかです」
話し合う段階すら飛ばしてまで、婚約関係を維持していたくないのだとシェリルは考えていた。
だから相互理解だとか、円満な婚約解消だとか――これに関して言っていたのはアルフだが――理解のできないことばかりだったのだ。
だがそれも、サイラスが先ほど言っていた通り、婚約をやめる時に使うのだと思っていたのなら――婚約の破棄と解消の違いを正確に理解していなかったのならばわからなくもない。
わからないのは、どうしてその程度のことをサイラスが知らなかったのかだ。
「……必要なかったから……?」
行き着いた結論は、サイラスにとってそれが必要ない知識だったから、というものだった。
婚約をやめると言い出すと想定していなかったのなら、婚約を解消するための手順や書類の知識は必要ない。当然、破棄と解消の違いを教える必要もない。
サイラスが本当に、シェリルの婚約者になる教育だけを受けてきたのなら、説明がつく。
「……サイラス様。あなたが私を好きだと思っているのは、もしかしたらまやかしかもしれませんね」
そうなると、サイラスがシェリルを好きだというのも、そう思わされているだけの可能性がある。婚約関係を維持するために、シェリルに好意を抱く教育を受けていたのだとしても、不思議ではない。
好意を抱かれるようなことをした覚えがないのだから、むしろそのほうが理解できる。
「違う! それは、それだけはない」
だがシェリルが自嘲するように発した言葉は、即座にサイラス自身によって否定された。
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