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三十一話

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 考えてみれば、サイラスが恋愛結婚どうこうと言ったわけではない。
 今どき親の決めた結婚に従うのは間違っていると言って、アリシアと仲良さそうに話しているのを見たこともあり、昨今騒がれている恋愛結婚をしたいのだろうとシェリルが考えただけだった。

 あの時はアリシアのものになったのだからしかたないと思っていたが、これまでのやり取りからそうでないことはわかっている。
 それに恋愛結婚を望んでいるのなら、シェリルの騎士になろうとは思わないのではないだろうか。

 どこにでも婿入りできる身のほうが、望んだ相手と結ばれる可能性が高い。別の女性に誓いを立てている男性に愛を謳われたとして、信じられる女性がどれくらいいるだろうか。

「……恋愛結婚に関しては、私の早合点だったようですね」

 そこまで考えて、うろたえているサイラスを見ながらシェリルは先ほどの発言を撤回する。恋愛結婚を望んでいるにしては、サイラスの言動行動がちぐはぐすぎるからだ。

 だがそれはそれとして、疑問が一つ残る。

「ですが、親の決めた結婚を強いられるのが嫌なのでしたら、親の決めた――私を守る、というお話に従うのも嫌ではないのですか?」

 先ほどまでのサイラスの発言を考えると、婚約者としてではなく騎士としてシェリルを守りたいという話なのだろう。だがそうなると、サイラスが一番最初に――婚約の破棄を訴えてきた時の言葉と矛盾が生まれる。
 どちらも親の決めた話に変わりない。片一方は嫌だけど、もう一方は構わないというのもおかしな話だ。

「……それは…親の決めたことではあるが、だが、俺がお前を守りたいと思っているのも確かで……いや、その、決められたことに従いたくない、というのは……口実、というべきか……そう言えばお前が反発するかと思っただけで……」
「……反発?」
「ああ。……お前の妹に自己主張が足りないと相談を受けた。だから、どうすればお前の主張を引きだせるかと、考えたんだ」

 それは本当に相談だったのだろうかとシェリルは首を傾げる。
 アリシアの性格を考えれば、相談ではない可能性のほうが高い。それに婚約破棄を言い渡されたと報告した時の彼女のに嬉しそうな顔。
 相談ではなく、ただシェリルの悪口を吹き込もうとしただけで、というほうが筋が通っている。

「方法に関してはひとまず置いておきますが……サイラス様。もう少し人を疑うことを覚えたほうがよろしいかと」

 不思議そうに目を瞬かせるサイラスにシェリルは苦笑を浮かべる。
 サイラスは末子で、兄二人とは年も離れている。可愛がられて育っであろう彼は、家族を貶める人がいるとは考えもしていなかったのだろう。
 お出かけの日にアリシアが突撃してきたことによって多少なりとも考えが変わったかもしれないが、それまではアリシアが家族を――シェリルを思う善良な妹、だとでも思っていたに違いない。

「ですが、わかりました。親の決めたことを強いられるのが嫌なわけでも、恋愛結婚を望んでいるわけでもない、ということでよろしいのですね?」
「ああ。そうだ」

 ならば婚約を破棄する意味はどこに、と思いはしたがシェリルは口に出さないことにした。
 アンダーソン家からしてみれば、サイラスとの結婚は公爵家との縁を繋ぐという意味ではよいものだ。
 婚約を破棄した後に相手を選ぶにしても、アンダーソン家と同格か、あるいはそれよりも下の家格から送られてくる縁談の中から探すことになるのは間違いない。
 それを考えれば、サイラスとの婚約を維持したほうが得られるものは多いかもしれない。

「……それでは、それも考慮したうえでサイラス様を騎士として迎えるかどうか、検討いたします」

 だがサイラス自身が婚約を望んでいないのなら、言ったところでしかたのないことだ。

 忙しいからとあまり帰ってこない父と、母が亡くなった一年後に現れた継母と妹。
 たとえ政略結婚なのだとしても、望んでいない関係を維持したとしてもいずれ歪が生まれることは、よくわかっていた。
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