上 下
27 / 61

二十六話 ※サイラス視点

しおりを挟む

 アバークロン国には贈り物をする機会が年に数回ある。誕生日や祝祭などに、日頃の感謝もこめて近しい人にものを贈るのだ。
 当然、親しい人の中には婚約者も含まれており、サイラスはシェリルと婚約関係を結んでからというものかかさず贈り物をしていた。
 だがいつからか、シェリルは贈ったものを身に着けなくなった。成長したことによって合わなくなったのだと考えて最初は気に留めていなかったが、それ以来贈ったものは一、二度身に着けるだけで終わっていた。

 そうなれば、答えは一つしかでない。自分の選ぶものは彼女の趣味に合っていないのだと考えるしかなくて、サイラスは次第にお菓子などの消えてなくなるものを選ぶようになっていた。

 気に入らなかったのかと直接聞くことはできなかった。義理程度でしか着けてこなかったことが、すべてを物語っていたのだから。

「――お姉さまばかりいいもの持っててずるいなって、そう思っただけです」

 アリシアの話にそんな昔のことを思い出し、サイラスは額を押さえて大きな溜息を落とした。
 自分が贈ったものがどうだったのかを聞けばよかった――と考えるのは、今さらだ。

 たとえ壊滅的にセンスが悪かろうと、鍛錬をし続けていれば彼女のためになると考えていたのは自分だ。
 今さら、こうすればよかったと悔やんだところでどうしようもないことは、サイラスにもわかっている。
 ひっくり返ってしまった盆を元に戻すことは誰にもできない。ぶちまけられた水はどうやっても元には戻せないだろう。
 だからせめて、どうにかして盆を元の位置に戻せないかと、サイラスは頭を切り替えた。

「……そもそも、ドレスなどは着る者に合わせて仕立てるものだ。シェリルのものをお前が着て合うわけがない」
「でもだって、実際に着てみたら姉さまのドレスほうがゆったりしてて、窮屈じゃなかったんです」
「お前のほうが肉が少ないからだろう」

「肉って」とダニエルが苦笑する横で、アリシアが目をぱちくりと瞬かせる。
 それから自分の腕などを見てから、アリシアはポンと手を打った。

「そういえば、昔っから姉さまのほうが胸とかあったような」
「いや、そういう意味で言ったわけでは……」

 単純に肉付きとか筋肉量についてだったのだが別の受け取り方をされたようで、サイラスは咳払いを一つ落とした。

「そうでなくても、人のものを欲しがるな。彼女が持っているものは彼女のために用意されたものだ」
「でも……それでもやっぱり姉さまのほうがずるいです。生まれた時から貴族だったんですから――」

 なおもずるいと続けるアリシアに、サイラスはどうしたものかと頭を悩ませた。
 贈り主でもあるサイラスにずるいと言えるのは、悪気がまったくないということだ。少しでも罪悪感なりあれば、ごまかしたり濁したりするだろう。
 ならばやはり――

「これから毎日、とは言わないが数日に一度鍛錬場に顔を出せ。心身共に鍛えなおしてやろう」
「え!? なんですか、それ! 横暴です!」
「……アシュフィールド家から贈られてきたものを不当に奪ったのを問われたいか?」

 家族間でドレスやアクセサリーの貸し借りをすることはよくある話だ。とくに上から下に調整しなおしたドレスを与えることは、珍しくもなんともない。
 他者から贈られてきたものをお下がりにするのは失礼な行為ではあるが、そう主張されれば注意程度で済ませるしかない。
 公爵家という立場をフルに使えばごり押すこともできるだろうが、あまり使いたい手ではない。

 ぐむむ、と唸るアリシアを見ながらサイラスは溜息を落とした。




 それからサイラスは鍛錬場に顔を出すようになったアリシアを指導する傍ら、街中の店を回るようになった。

 アリシアは彼女から奪ったもののほとんどを家に置いてきたとかで、彼女がどういったものを持っていたのかを正確に把握することはできない。
 だが自分が選び、贈ったものは覚えている。

 よく似たものを見つけるたびに、手を加えられるかを問い、注文した。送り先をシェリルにして。


 そうして四週間が過ぎた頃に、シェリルがサイラスのもとを訪ねてきた。
しおりを挟む
感想 328

あなたにおすすめの小説

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

処理中です...