婚約破棄ですか。お好きにどうぞ

神崎葵

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十六話 ※サイラス視点

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「……いや、まあ、俺は哲学についてはよくわからないけどさ……サイラス君が女性について考えるなんて珍しいね。興味のある子でもできた?」
「俺には婚約者がいるのに何を言ってるんだ」

 洒落者の言葉にサイラスが不思議そうな顔で首を傾げると、洒落者も同じように首を傾げた。

「ん? じゃあその婚約者について考えてるってこと? それこそ珍しいね、てっきり興味がないのかと思った」

 興味がなかった、わけではない。趣味も何もかもが違う相手と、どう接すればいいのかわからなかっただけだ。

 ――いや、それが悪かったのだと、サイラスは頭を振る。

 自分はただ、彼女を守る剣になるのを免罪符に剣に没頭し、苦手なものはわからない、と逃げていただけにすぎない。
 彼女の家族が訴えてくるまで気づきもしなかったのだと、今さらながらに思い知らされた。

 だからこそ、サイラスは悩んでいる。この様で、どうして彼女を守る剣になるなどと言えるのか、と。

「サイラスの婚約者ってあれだろ。確か次期当主の……可愛い子」

 そこで、洒落者とは違う、屈強な体をした青年が割り込んできた。
 武術科一の破落戸と呼ばれる、素行のあまりよろしくない男子生徒だ。

 当然ながら、サイラスも洒落者も破落戸も生家の身分はそれぞれ違う。だがいつかは肩を並べて戦うこともあるかもしれないと、身分の上下も、学年の垣根も超えて接することが学園では許されている。
 だからサイラスは破落戸の言葉を咎めることなく、自らの考えに没頭した。

「羨ましいよなぁ、あんな可愛い子が婚約者で……しかも、運が良ければ当主の代理になれるかもしれないんだろ? 俺もどこか婿入りさせてくれねぇかなぁ」

 次期当主が認められている女性はあまり多くない。直系の男子がいれば、それが第何子であろうと優先されるからだ。
 だからこそ羨む破落戸だったが、洒落者には癪に障る言葉だったのだろう。
 洒落者が眉をひそめ、はっと吐き捨てるような嘲笑を浮かべた。

「俺だったら、運が良いとか言う相手を婿にとりたくはないけどな」

 基本的に、貴族の相続は直系にのみ許されている。
 子に恵まれなかった場合は傍系から選ばれることもあるが、配偶者が相続を認められることはまったくといっていいほどない。
 ただ、例外が一つだけあった。それは、相続に値する人物が学園を卒業していない場合だ。
 その場合にのみ、配偶者は期間限定ではあるが当主代理を務めることが認められている。
 当主の死亡時に、そして子が幼い時にのみ認められる権利。
 洒落者からしてみれば、それは運が良いとはとてもではないが言えない代物だった。

「ああ? 俺もお前みたいな見た目ばっかり気にする奴を婿にはしたくねぇよ」

 売り言葉に買い言葉とばかりに食ってかかる破落戸に、洒落者が細身の体に見合った細い剣――レイピアを手に取る。
 幅のある険が好まれるアンシュタイン国においてレイピアを用いる者はあまり多くない。洒落者がこれを選んだ理由は、ひとえに格好いいから、というものだった。
 そして破落戸も、屈強な体に見合った幅のある剣――バスタードソードを手に取る。
 彼の体格や性格を考えれば、ツーハンドソードを選んでもおかしくはないのだが、万が一片腕がなくなっても大丈夫なようにと選んだ結果である。

 考え方の違う二人が自らの愛剣を構えてじゃれあっているのを、サイラスはぼんやりと眺めた。
 卒業後に遺恨を残さないためにと、決闘騒ぎにさえならなければある程度のじゃれあいは許されている。
 だからサイラスはわざわざ止めようとは思わなかった。そんなことよりも考えないといけないことがあったからでもある。

「……いったい、俺はどうすればいいんだ」

 彼女の剣にふさわしくない、と自らに烙印を押すことは簡単だ。
 だがそれでは、なんの解決にもならない。烙印を押すにしてもせめて、彼女の糧になれるようなことをしてからにするべきだろう。

 もしもシェリルが同じ武術科の生徒であれば、今目の前でじゃれあっている二人のように、剣を交えて解決することもあったかもしれない。
 だがシェリルは学術科の生徒で、剣を触ったこともないだろう。

 そこまで考えたところで、サイラスは違う、と頭を振る。

 何も剣である必要はない。
 目の前にいる二人は意見の食い違いにより衝突した。同じような状況を作り出すことができればいいのではないか、と思い至ったからだ。

 だがシェリルはあまり自分の意見を言う性質ではない。生半可な手段では彼らのように衝突するのは難しいだろう。
 ならばどうすればいいのか――考えついたのが、婚約破棄だった。
 サイラスとシェリルの結婚は、学園を卒業した後行われる。
 だがもしも卒業まで一年切っている今になって一方的に婚約をやめようと言えば、しかも恋愛かどうこうなどと馬鹿げたことを言い出せば、今さら何を言っているのかとさすがの彼女も怒るのではないか。

 理不尽を突きつけられた時、人は反発心を抱く。
 それを利用すれば、自己主張が苦手な彼女の主張を引きだせるのではないか――妙案に思えたそれを突き詰めるべく、サイラスは頭の中で何を言えばいいのかを組み立てていく。

「……なあ、サイラスの奴、おかしくないか?」
「ああ、そうなんだよ……女子かどうとか言い出して……」
「嘘だろ。模範的な武術科生のあいつが……?」
「こういう時ってどうすればいいんだ? 祝いの品でも用意すればいいのか? それとも槍が降ってきた時のために盾を用意するべきか?」
「とりあえず盾だろ。それと鎧」

 いつもなら嬉々として剣を取り混ざってくる――もとい、諍いを止めにくるサイラスが、打ち合っている二人に見向きすることなく何やら考えている。
 普段とはあまりにも違う様子に、先ほどまでやり合っていた洒落者と破落戸――それから見ていた武術科生も加わってひそひそと話し合っていたのだが、それすらもサイラスの目には入っていなかった。
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