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十五話 ※サイラス視点

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 サイラス・アシュフィールドは公爵家の三男に生まれた。
 年の離れた兄が二人。文武に優れた長兄と、武はそこまでではないが文に長けた次兄。
 ならば自分は武に長ければバランスがよいと――幼いサイラスは考えた。
 そしてそれは、本を読むよりも体を動かすほうが好きなサイラスの性に合っていた。

 幼少の頃から鍛錬に明け暮れていた彼に、女子との関わりはほとんどなかった。
 母はサイラスが物心つく前に亡くなっていたため、彼にとって女子というものは家で働く使用人ぐらいしかいなかったのだ。
 そんな彼のもとに婚約の話が舞いこんできたのは、八歳の頃。

 初めて会う同年代の女子――シェリルに彼がまず抱いた感想は、弱そうというものだった。

「あんな細い腕では、少し剣を振ったら折れるんじゃないか?」
「普通の令嬢は剣を振らないから心配しなくていいよ」

 いらない心配を焼くサイラスに、次兄が苦笑しながら言う。

「……だからね、彼女を守る剣になるのが君の役目だ。君が少し……いや、少々……だいぶ……まあ、鍛錬以外が苦手なのは、彼女が補ってくれるはずだよ」

 女性にも継承権は認められてはいるが、有事の際に矢面に立つことはできない。だから何かあれば、夫が兵を率いることになる。
 領民と領地を――そして家族を守るのがサイラスの役目なのだと、次兄は噛み砕いて説明した。

「わかった」

 素直に頷いたサイラスは、以前にも増して鍛錬に励むようになった。
 そしてそれを見た長兄が、さすがにこれはまずいのではと首を捻り、鍛錬に勤しんでいたサイラスに話しかけた。

「騎士を目指すのなら、体を鍛えるだけでもいいかもしれない。だけど、君は侯爵家当主の夫になるから、他の貴族とも渡り合うことになる。貴族社会というのは、少しでも隙を見せたら駄目な場所なんだ」

 多少誇張しながら言うと、サイラスに助言を与えた。

 一に、よく考えてから話すように。
 ニに、表情を引き締めておけばとりあえず真面目そうに見える。
 三に、難しい言葉を使っておけばとりあえずかしこそうに見える。

 サイラスは次兄の時と同じように「わかった」と素直に頷いた。

 

 サイラスが十歳を迎えた頃、シェリルの母親が亡くなった。サイラスも母を失ってはいるが物心つく前で、母を恋しく思うことはあれど、悲しいと思ったことはなかった。
 だからしょんぼりと肩を落とす彼女に、サイラスは頭を悩ませた。

 サイラスにできるのは剣を振ることだけだ。跳ねたり走ったりもできるが、それで傷心の彼女に寄り添えるとは、さすがのサイラスも考えなかった。

 だから彼がしたのは、普段通りに過ごすことだった。下手に慰めたり励ましても、同じ気持ちを共有できない自分では意味がないだろうと考えたからだ。

 代わりに、よりいっそう鍛錬に励んだ。今は無理でも、将来役に立つことは間違いないのだから、と。


 それから一年後、アンダーソン侯が後妻を迎え、シェリルに妹ができた。
 月に一度顔を合わせるたび少しずつ静かになっていくシェリルに、疑問を抱いたことはある。
 だが、女子は精神的に成熟するのが早いことをサイラスは知っていた。
 親戚のじゃじゃ馬娘が、ある日を境に淑女然と振る舞いだしたのを見たことがあるからだ。

 だからそういうものなのだろうと、結論付けた。
 サイラスは幼い頃から素直で――そして細かいことは考えない性格をしていた。


 だがシェリルの妹であるアリシアが相談してきたことにより、サイラスの考えは覆される。
 家族であり、女子であるアリシアが言うのならば、シェリルの状態は女子だからではないのだと――その時初めてサイラスは理解した。
 そして同時に、悩んだ。

 同じ武術科生相手であれば話は簡単だ。元気を出させるには剣を振らせればいい。
 だが人には向き不向きがあるのだと、かつてサイラスの友が言っていた。どう考えても、シェリルは剣を扱うのに向いてはいない。
 ならばどうすればいいのか。

「……女子は、なんだ?」
「哲学?」

 漏れ出たサイラスの呟きに、武術科一の洒落者と呼ばれている細身の青年が、何を言ってるんだとばかりに目を丸くする。
 なるほど。これが哲学か、とサイラスは神妙な顔で頷いた。
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