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シェリル・アンダーソンは侯爵家の一人娘として生まれた。父親は忙しいからかあまり家にいなかったが、母親が愛情をこめて育ててくれたので、寂しさを感じることはなかった。
だがシェリルが十歳を迎えたある日、元々病弱で寝こむことの多かった母が命を引き取った。
――それから一年後、シェリルの前に見知らぬ女性と少女が現れた。
「今日からお前の母親と妹になるから、仲良くするんだぞ」
シェリルの父親であるアンダーソン侯爵は二人の隣に並び、にこやかな笑顔でそう言った。
「これからよろしくね……たしか、シェリルちゃんだったかしら」
そして赤い口紅をひいた女性が朗らかな笑みを浮かべる。
「私、姉妹に憧れてたんです! これからよろしくお願いします」
シェリルとそう変わらない年の少女が明るく笑って、握手を求めてきた。
だがシェリルからすれば、寝耳に水の出来事だった。忙しいからあまり帰ってこない父親が、外で女性を作り、しかもシェリルと一歳しか違わない娘を作っていたのだと完全に理解できたのは――翌日になってからだった。
「お姉さま、これ綺麗ね。いいなぁ」
「六歳の誕生日にもらったの。私も気に入っているのよ」
複雑な思いが渦巻いていたシェリルだったが、それでも新しい家族に寄り添おうと表向きは穏やかに対応していた。
「これ、ちょうだい」
だが、妹の――アリシアの一言により、すべてが崩壊した。
「あなたは今まで十分甘やかされてきたのでしょう? 少しくらい譲ってあげてもいいんじゃないの?」
継母はアリシアの味方をし、父親も継母に同調した。
シェリルが拒めば我侭だと言われ、くれないなんてひどいと言いながら癇癪を起こしたアリシアに、気に入りの品を壊されることもあった。
壊されるくらいなら――と、シェリルが譲るようになるのにそう日はかからなかった。
そうして、欲しいと言われれば譲り、ずるいと言われれば遠慮するようになったシェリルは、幼い頃の溌剌さは鳴りを潜め、あまり笑わない娘に育っていった。
「あなたね、アリシアを見習ってもう少し明るくなれないの? 婚約者がいたからいいけど、そうじゃなかったら誰ももらってくれないわよ」
そんなシェリルに、継母は子の将来を心配する母親のような顔で溜息を零した。
シェリルの婚約者は幼き頃から決まっていた。公爵家の令息、サイラス・アシュフィールド。
シェリルの母親は伯爵家の生まれで、アシュフィールド家と縁深い家だった。そしてその繋がりで、シェリルとサイラスの婚約は結ばれた。
互いに思い合っての婚約ではなかったからこそ、継母の言葉に、シェリルはサイラスに感謝と、そして申し訳なさを抱いた。
「シェリル。俺は君との婚約を破棄したい」
だから、サイラスにそう言われた時、シェリルは驚くことはなかった。
だがシェリルが十歳を迎えたある日、元々病弱で寝こむことの多かった母が命を引き取った。
――それから一年後、シェリルの前に見知らぬ女性と少女が現れた。
「今日からお前の母親と妹になるから、仲良くするんだぞ」
シェリルの父親であるアンダーソン侯爵は二人の隣に並び、にこやかな笑顔でそう言った。
「これからよろしくね……たしか、シェリルちゃんだったかしら」
そして赤い口紅をひいた女性が朗らかな笑みを浮かべる。
「私、姉妹に憧れてたんです! これからよろしくお願いします」
シェリルとそう変わらない年の少女が明るく笑って、握手を求めてきた。
だがシェリルからすれば、寝耳に水の出来事だった。忙しいからあまり帰ってこない父親が、外で女性を作り、しかもシェリルと一歳しか違わない娘を作っていたのだと完全に理解できたのは――翌日になってからだった。
「お姉さま、これ綺麗ね。いいなぁ」
「六歳の誕生日にもらったの。私も気に入っているのよ」
複雑な思いが渦巻いていたシェリルだったが、それでも新しい家族に寄り添おうと表向きは穏やかに対応していた。
「これ、ちょうだい」
だが、妹の――アリシアの一言により、すべてが崩壊した。
「あなたは今まで十分甘やかされてきたのでしょう? 少しくらい譲ってあげてもいいんじゃないの?」
継母はアリシアの味方をし、父親も継母に同調した。
シェリルが拒めば我侭だと言われ、くれないなんてひどいと言いながら癇癪を起こしたアリシアに、気に入りの品を壊されることもあった。
壊されるくらいなら――と、シェリルが譲るようになるのにそう日はかからなかった。
そうして、欲しいと言われれば譲り、ずるいと言われれば遠慮するようになったシェリルは、幼い頃の溌剌さは鳴りを潜め、あまり笑わない娘に育っていった。
「あなたね、アリシアを見習ってもう少し明るくなれないの? 婚約者がいたからいいけど、そうじゃなかったら誰ももらってくれないわよ」
そんなシェリルに、継母は子の将来を心配する母親のような顔で溜息を零した。
シェリルの婚約者は幼き頃から決まっていた。公爵家の令息、サイラス・アシュフィールド。
シェリルの母親は伯爵家の生まれで、アシュフィールド家と縁深い家だった。そしてその繋がりで、シェリルとサイラスの婚約は結ばれた。
互いに思い合っての婚約ではなかったからこそ、継母の言葉に、シェリルはサイラスに感謝と、そして申し訳なさを抱いた。
「シェリル。俺は君との婚約を破棄したい」
だから、サイラスにそう言われた時、シェリルは驚くことはなかった。
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