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嬉しい誤算

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 ガラス瓶が膨張したように膨れ、空中へと浮かび上がりパリンと弾けた。

 一面に青い閃光が走り、その光が落ち着いてくると、それは集束し巨大な体躯の青い龍を形作った。

 あれは青龍!

 懐かしさがこみ上げてくる。
 しかし、記憶にある青龍とはかけ離れた無惨な姿をしており、私の胸は締め付けられた。

 青い鱗は光を失いささくれ立ち、双眸の焦点は合っていない。
 手に掴んでいる宝珠が明滅を繰り返している。
 それはまるで、命の灯火があと僅かで尽きるかのような、鈍い光を灯しているのみだ。

 見るからに危険な状態だ。

「青龍!!」

 私の声に青龍はわずかに反応を見せた。

『·····』

 何かを言いかけ青龍は目を閉じ、ドンと大地に落ちて、気を失ったまま動かなくなった。

 大変!!

 私は慌てて青龍の顔の近くへ駆け寄った。

 どうしよう···、こんなにも衰弱してしまうなんて。

 どうしたら青龍を助けられるの?

 考えあぐねる私の元へ、麒麟が進み出た。

『深月、お願いがあるんだ。ボクに力を貸してくれないか?』

「え、どういう事?」

『ボクは戦えないって言っただろう?』

「うん」

『ボクの力はある者に奪われてしまい、力を封じられてしまった。今は一部の力しか使えないんだ。だけど、神器を操る深月の強大な力ならば、封印を打ち破れると思うんだ。ボクの力が戻ったら青龍を助けられるかもしれない。だからお願いするよ。一か八か、試してみてくれないかな』

 そう言うことなら、もちろん協力しなくちゃ。

「いいよ!どうすればいい?」

『神器で角に触れ、力を流し込んで』

「分かった」

 私は目を閉じ胸の前に神器·天の美月を掲げた。

 天の美月に力を吸い上げられるように、体中の霊力が集中する。

 リーンという音が鳴り扇が輝いた。

 私は目を開いて、麒麟の角に扇をあてがい、持てる力を全て流し込んだ。

 麒麟の全身が光り、パンと音が響いた気がした。

 それは封印が解けた音なのか分からないけれど、麒麟は驚いてこちらを凝視しているので、多分成功したんだろう。

 そして麒麟は恍惚の表情で口を開いた。

「封印を解いてもらうだけのはずだったのに···」

「ん、どうしたの?···もしかして失敗したとか···」

 麒麟は首を横に振り、嬉しそうに話し始めた。

「まさか!無事に封印は解けたよ。でも、それだけじゃないんだ」

「えっ?」

 失敗した訳じゃないみたいで安心するけれど、それだけじゃないって、一体なんのことやら。

「君は封印を解くついでにボクを調伏したんだ」

「へ?」

「だから、ボクは君の式神になったんだよ」

「えええー?!」

 うわぁっ!
 それってまずいんじゃない?
 だって、約束と違う結果になっちゃったんだから。

「ごめん!どうしよう···」

 麒麟は慌てて私に近づいて言った。

「謝らないで」

「···どうして?」

「封印されているボクはホントに役に立たないから、深月の式神にはなれないと思ってた」

「いやいや、そんなことはないでしょう」

 酒呑童子を土偶に変える術だとか、お酒の匂いを消す術なんかも、十分役に立つと思うけど。
 でも、それだけ言うってことは、隠された能力はかなりなものなんだろう。

「ホントのボクの力を見た後で、式神にしてもらうつもりだったから、これは嬉しい誤算」

「そう、それならいいけど···」

 焦ったー。
 成り行きで麒麟を式神にしちゃったんだけど、彼も喜んでるみたいだし、怪我の功名ってところかな。
 冷や汗の浮かんだ額を拭い、ふうっと息を吐いた。

「深月、ボクを式神にしてくれてありがとう。これはボクからの感謝の気持ち。受け取って!」

 そう言うと麒麟は私の頭に軽く触れた。

 その途端に全身にさあっと風が走り、緑の中にいるような爽やかな匂いに包まれた。
 気がつけば、全身の大きな傷や小さな傷までもが、すっかり癒えていた。

「うわぁ!凄い、すっかり元気になったよ。麒麟、ありがとう」

「どういたしまして」
 
 麒麟のこの癒やしの力を持ってすれば、青龍も回復するかも。

「これからボクが青龍を治療しよう」

 私の肩にポンと触れ、麒麟が青龍の正面へ立った。

 麒麟の角から不思議な色の光が流れ出し、青龍を覆った。
 癒やしの光は優しく温かさを感じる。

 光りはじわじわと青龍に入って行き、ささくれ立ち色のあせた鱗を修復してゆく。

 しかしある程度まで回復すると、事態が急変した。

 その力は突然弾き返され、四方に霧散してしまった。
 そして、回復したはずの鱗はまた元のように色があせてささくれだった。

「何が起こった?ボクの力が弾き返された。青龍はただ衰弱しているだけでは無いようだ」

 不思議がる麒麟を見て、土偶が冷ややかに笑った。

「この霊獣の生命力は、俺の術でほとんど吸い取った。その後、力が回復しないよう呪詛をかけてやったんだ」

「呪詛!なんて事だ···」

 目を瞠る麒麟を尻目に土偶は続けた。

「そう簡単には回復しないはずだ。お前の強力な癒やしの力を持ってしてもな。呪詛をかけた俺ですら解除は無理だし、俺が死んでも呪詛は残る。こいつのことは諦めるんだな」

 なんて冷たい言い様なのか!
 それに、呪詛は解けないっていうのなら、青龍はどうなるの?!
 土偶に詰め寄る私は、怒りで震えてしまった。

「そんなのダメよ!簡単に諦められる訳が無いでしょ。青龍は私の大切な仲間なのよ」

 土偶は目を見開き、しばらく思案して首を傾げた。

「どうしてそんな事で怒るのか、理解できん」

 そんな事って、なに言ってるの!嘘でしょ?

「もし、土偶自身が青龍の立場だったらどう思う?命が危険なのよ!それなのに放置されたままで嬉しい?」

「······そんな立場に立ったこともないから、俺には分からん」

 土偶とのやり取りで、悲しみが込み上げてきた。

 どうしてそんな事も分からないのだろう?
 仲間に対してあんな冷たい態度が取れるのか、私にしてみればその方が理解できないから。

 それに呪詛をかけるのは、自分自身だって危険な行為だ。
 まかり間違えば、呪詛の力は自分に降りかかることもあるのだから。
 そんな力を使ってほしくないし、誰も危険にさらしたくはない。

 険悪な雰囲気の私と土偶の間に、アマテラスが割って入った。

「深月、土偶には経験が足りないのよ。まだ、相手を思いやると言うことが理解できないみたい。少し時間がかかるようだから、深月は広い心で見守ってあげて」

「そんな···」

 広い心···。

 先程戦ってみたから土偶の性格はよく分かる。

 裏切りばかりの人生だったんだろう。

 人や仲間との関わりの中で、相手を思いやる事をしてこなかったんじゃないだろうか。

 でも、そんな人生で果たして楽しいのか?
 私だったら、自分も幸せになりたいし、周りのみんなも幸せでいて欲しい。

 彼は、そんな事を考えたことも無いんだろうな。

 土偶の事を思うと、悲しみがこみ上げ虚しい気持ちになってしまう。

 そうか。

 私が土偶の事を理解できてないんだ。

 私に何ができるのか、今はまだわからない。
 きっとなにかあるはずだよね···。

 でも、まず今しなければならないのは、青龍を助けることだ。

 治癒の術が効かないとなると、呪詛を解除する為の方法を一から探さなければならない。
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