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あ~あ、調伏しちゃったよ

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「やっぱり、そう来ると思った!残念ね。もうその手は食わないから」

 土偶の性格からして、嘘をつくのはわかりきっていたからね。

 私が油断したように見せかけ、土偶の攻撃を誘う作戦だ。

 私は重心を低くし、深く息を吐いた。

 土偶の攻撃で、大地から土がせり上がって目前まで来ていた。

 こんな時こそ神器の性能を確かめられる。

 私は落ち着いて神器を扇から鞭へと変える。

 鞭は鋼でできているように見えるけど、とても靭やかだ。

 明るいオレンジ色の輝きの鞭を迫りくる土に向けてブンと振ると、その輝きは尾を引くように残像として残る。

 ガガガっと音が響き、鞭はせり上がった土を木っ端微塵に砕いた。

 砕かれたその土は、術者である土偶へと跳ね返った。

「あいたたたっ!なにをしやがる」

 土偶は身体の半分ほど土に埋まり、動こうにも身動きが取れない。

 私は神器を扇に戻して、土偶の眉間へと突きつけた。

「土偶、観念しなさい」

「ええぃ!俺は土偶じゃないと何度言ったら分かるんだ?!」

「ええっ!今それを言う?」

 私は思わず、神器を落としそうになった。
 ホント、土偶には呆れてしまう。

 だけど、気をつけないと。
 油断してると何が起こるかわからないからね。
 土偶のペースにハマらないようにしなくちゃ。

「おい、いい加減ここから解放しろよ」

「ダメよ。あなたを野放しにすると被害が拡大するからね」

「チッ、生意気な嫁だ···」

 ああ、なんて憎たらしいのか。

 さっさと倒してしまうに限る。

 私は神器を持つ手に力を込め、振りかざそうとした瞬間。

 パシュっと神器から光が溢れ出し、土偶の眉間へと流れ込んだ。

「えっ!あれ、どうなってるの?!」

 光に引っ張られるように、神器は再び土偶の眉間へとあてがわれた。

 なんでー!
 これって、調伏の流れじゃない!
 土偶を調伏するつもりなんて、これっぽっちもないのに、どういうこと?!

 てか、土偶を式神にしてどうすんの。
 この人まともに戦えるのだろうか?

 戦闘もだけど、この性格をなんとかしないとね。
 みんなと上手くやって行けるのか、不安なんだよね。

 そんな事を思ってみても、神器からは光がどんどん流れていき、止まりそうにない。

「ぐあああぁぁっ!」

 神器の光はとんでもなく大きくて力強い。
 月雅の時の調伏とは雲泥の差だ。

 光の入り込んだ土偶の抵抗は凄まじく、のたうち回って埋まっていた土も跳ね飛ばした。

 けれど、抵抗できるのも時間の問題だろう。
 じわりじわりと光が馴染んでゆき、少しずつ大人しくなってきた。

 私の中に、ある名前が浮かんできた。
 これはきっと土偶の真実の名だろう。
 名前を言ってしまえば、本当に調伏してしまう。

 その名を言っていいものかどうか迷ったけれど、ここまで来て途中で止めるってのもなんだし。

 もういい、悩むの止めた。

 調伏しちゃおう!

 私は意を決して叫んだ。

「調伏、酒呑童子しゅてんどうじ!」

 私の叫びと同時に、神器から溢れた膨大な光は全て流れ込み、土偶の隅々まで行き渡ったようだ。

 私は土偶から神器を外しホルダーにしまった。
 額に浮かんだ汗を拭いつつ、ため息をつく。

 あ~あ、調伏しちゃったよ。

 調伏して胸に広がるこの残念な感じ···。

 土偶を見れば、なんだか穏やか顔つきになってるんだけど?

 そう言えば、土偶は酒呑童子という名前の鬼だったみたい。

 本人曰く、イケメンの鬼らしいけど、実際の所はどうなんだろう?


 そう思いながら土偶を眺めていると、その全身にピキピキっとヒビが入った。
 そこから光がパァっと漏れ出して、パラパラと崩れてゆく。

 うわっ!
 何が起こっているの?

 ねぇ、これ大丈夫なの? 

 ハラハラしながら見守ると、土偶は大きく輝いてその姿を変貌させた。

 この人、土偶じゃなくなってる。

 私の式神になったことで、かけられていた術の効果がなくなったようだ。

 うっすらと目を開けたその人は、立ち上がると一礼し、その場でひざまずいた。

 それはとても美しい男性の姿で、身のこなしは非常に優雅だ。
 土偶の言う通り、確かにイケメンだった。
 しかし本当にあの土偶と同一人物なのかと、疑いの眼差しを向けてしまう。
 あまりにもギャップが大きすぎるからね。

「うわぁっ!俺、なに跪いてんだ。おかしいぞ、思う通りに体が動かん」

 この状態はヤトの時と同じだ。
 自分の思うように行動できないから、大分戸惑っているようだ。

「ああ。あなたは今、調伏されたからね。主である私には逆らえないんでしょう」

「なに?!調伏だと!!!しかも、嫁が俺の主だなんて、そんなのあるかっ!」

 ああ、残念だ。
 この人、喋らなければそれなりなのに。
 口が全てを台無しにしている。

 土偶は目をクワッと見開き立ち上がると、ズンズンとこちらに向かってきた。

「ちょっと土偶。そろそろ諦めて現状を受け入れてよ」

 既に土偶の姿ではないけれど、酒呑童子なんて呼びにくいから土偶呼びでいいや。

「バカが。受け入れられる訳が無いだろ!絶対に認めないからな。くそっ、こうなったら···」

 この人のセリフを聞けば、やっぱりこの人は土偶と呼ぶのが相応しいと思わずにいられない。

 土偶は右手を振り上げた。

 まさか、術を使おうとしてるとか?

 そんな事をしても無駄だということは分かっているけれど、土偶の相手ばかりしていられないのだ。

「ストップ!」

 私が叫ぶと土偶はびくっと震え固まった。

 麒麟に目配せをし、ガラス瓶を私の手元へ持ってきてもらった。

「それは霊酒!それをこっちによこせ」

 私は首を横に振り、ガラス瓶を土偶の目の前へ突き付けた。

「土偶、よく聞いて。この瓶に掛けた術を今すぐ解いて、青龍を解放しなさい」
     
「ぐぬぬっ!?それじゃあ霊獣に逃げられる。霊酒が駄目になるだろ?絶対にイヤだ」

 そう言って、土偶はガラス瓶を私の手から奪い取り左手に持つと何かをつぶやき始めた。
 右手がコルクの赤い呪文に触れると、それは空中に浮かび上がり、サラサラと空気に溶け込むように消え失せた。

「なんでだー!封印を解いてしまったじゃないか?!冗談じゃないぞ···」

 うるさい土偶の話は途中でぶった切り、私はガラス瓶を土偶から受け取った。
 言葉とは違い、態度は柔軟なのでホント助かる。

 そして私はおもむろに瓶のコルクを引き抜いた。

 瓶からは輝く青い光が立ち上ってゆく。
 その光に引きずられるように、お酒がトクトクと流れ出した。

「ああ···俺の酒が!」

 大地に染み込むお酒に手を伸ばした土偶は、涙目になって項垂れた。

 それよりもこれ、かなりヤバい匂いだ。
 強烈なお酒の匂いに、頭がくらくらする。
 酔っ払わないように片手で口と鼻を覆うけれど、これはかなり辛い。


『ボクがなんとかしよう』

 麒麟が近寄りふっと吐息を吹きかけると、不思議なことにお酒の匂いは全くしなくなった。

「うわぁ、助かる。ありがとう」

『気にしないで。それより早く青龍を助けて』

「うん!任せて」
 
 私は意識を集中し、瓶に力を注ぎ込んだ。


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