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麒麟と青龍
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麒麟は頷くと、透き通る眼差しで話し始めた。
『そう。この瓶の中にいるのは青龍だよ』
「やっぱり!」
小さくなっていても、その姿を見間違えるはずがない。
あの土偶は捕まえた霊獣を霊酒にすると言っていた。
その霊獣とは、青龍のことだったんだ。
ユキちゃんもその瓶を気にして、しきりに匂いを嗅いでいる。
『あの鬼に捕まってしまった青龍は、この瓶に封じられたまま、どうやっても助け出すことができないんだ』
私はまじまじとこの瓶を観察した。
透明の瓶に入っている液体は、間違いなくお酒だろう。
コルクで栓をしてある。
そのコルクには、朱で文字が刻まれている。
それはとても嫌な感じがする。
なにかの呪文のようで、瓶全体にその力が及んでいるように感じた。
私は試しにコルクを抜いてみることにした。
しかし、いくら力を入れて引っ張っても、そのコルクが抜けることはなった。
「駄目だ、これ全然抜けないよ」
麒麟は悲しげにうつむいた。
『ボクも何度試しても駄目だった。封印の術が施されているんだ。それは術者が自ら解除するか、術者を倒さなければ、解除されない』
「と言うことは、土偶を倒さなければならないのか。でも、急がないと青龍の命が危険だよね」
この瓶の中からは、命の灯火が感じられる。
しかし、それはとても弱くて今にも消えてしまいそうだ。
麒麟は頷き、後ろ足で大地を蹴った。
『すぐにでも青龍を助けたい。でもボクは戦えないんだ。僕の代わりにあの鬼と戦って欲しい』
「もちろん!私が戦ってあの鬼を倒すよ。青龍をここから助け出そう!」
でも、土偶の居場所はどこなのか?
何処へと逃げ去った土偶をどうやって探せばいいのだろうか?
私は大空を見上げた。
私の不安な表情を見て、麒麟は私のすぐ側に寄り囁いた。
『心配ないよ。ボクが土偶を誘き出すからね』
麒麟はそう言うと、大地を蹴って大空へと駆け上がった。
大きく息を吸い込んだ麒麟は、体勢を低くし、叫び声を上げた。
『キーーン』
空をつんざくような声は、どこまでも響きこだましている。
「すごい声だね」
『まぁね。この声を聞いたらあの鬼は絶対にやってくる。ボクに取られた酒を取り返すためにね。あの鬼は酒に目がないから』
確かにその通りだ。
土偶は霊酒が盗まれたことに、相当腹を立てていたからね。
「麒麟、頼みがあるの。私が戦っている間、ユキちゃんをお願いできる?」
流石に、大怪我の後だ。
戦いは控えて、ゆっくり休ませたい。
『いいよ。白虎はボクが面倒を見るよ』
私はほっとしてユキちゃんとガラス瓶を麒麟に渡し、土偶がやって来るのを待った。
「やっと見つけたぞ!」
声と共にドスンドスンと地響きがして、土偶が岩をよじ登ってきた。
「俺の大事な酒を返してもらおうか!」
「来たわね、土偶!」
私は武器を握りしめ、戦闘態勢に入った。
「俺は土偶じゃねえ!っておい、お前は嫁じゃないか?!いい所にいた。よしよし、酒と嫁が一気に手に入る。一挙両得とはこの事だな」
ふふんと鼻息も荒く土偶が近づいてくる。
「土偶!勝負よ」
「だから、俺は土偶じゃねえって言ってるだろうが···って!おいこら、話をさせろ」
土偶の話を聞いてたら長くなりそうなので、話をぶった切って私は走り出した。
引きつった表情の土偶は、慌てて身構えるけれど、私は先制して扇を振り下ろした。
ガキンと音を上げ、扇は土偶の右肩にヒットした。
よろめく土偶は痛みに顔をしかめた。
「くそぅっ!嫁のくせに強いじゃないか!!うぬぬぅ、俺の実力を見せてやる!」
土偶は右手を天高く掲げた。
私の頭にパラパラと小砂利が降り注いできた。
「うわっ!イタタ」
この攻撃って地味でせこいんだけど、じわじわ効いてくる。
足元から小砂利に埋まってきて、扇では対応しきれない。
「ほらほら、どうする?逃げ場はないぞ」
腰に手を当ててほくそ笑む土偶に、私は言った。
「こんなもの!」
私は武器を扇から鞭に変化させて、ブンブンと振り回した。
降り積もる小砂利を鞭で吹き飛ばし、そのまま攻撃に転じる。
土偶は完全に油断しており、私の反撃を予想してもいなかった。
「ぎゃっ!武器が変形するだと?!なんだその技は?嫁の分際でそんな事ができるなんて聞いてない」
相変わらず、口数が多い土偶である。
土偶が聞いていようが聞いていまいが、別にどうでもいいのだ。
私は無言でひたすら攻撃し、土偶を追い詰めた。
後のなくなった土偶は「チッ」と舌打ちしながら空中に退避した。
「嫁よ、俺を怒らせたな!」
「······」
土偶は辺りを見回し、目を細めて笑った。
「お前、流石に空は飛べないだろ?」
「?」
言うが早いか、動き出した土偶は一瞬の後に麒麟の傍らに立っていた。
そして、麒麟の首を抱え込んだ土偶は、そのまま大地へと引きずり降ろした。
「麒麟!」
「おっと。こいつの命が惜しければ動くなよ」
土偶に押さえつけられた麒麟はユキちゃんを守っているため身動きが取れず、苦しげに呻いている。
「土偶!あんたは卑怯よ」
悪びれもせず、土偶は高笑いした。
「なんとでも言え!勝てばいいんだよ、勝てばな。おお、よしよし。酒瓶も持ってるな」
「あっ!」
土偶は青龍の入った瓶を麒麟から奪い、眼前に掲げた。
これはまずい。
麒麟とユキちゃんを人質に取られた上に青龍の瓶までも奪われ、私は動くことが出来ない。
土偶を睨みつけるも、それ以上打つ手がない。
「嫁よ。その物騒な武器をしまえ」
「嫌よ」
「ほう、まだ抵抗するつもりか。こいつらがどうなってもいいんだな?」
「くっ···」
集中が途切れた私の手からは、武器が消え失せた。
「よし、こっちへ歩いてこい」
土偶の手は麒麟とユキちゃん、青龍の命を脅かしている。
言う事を聞くしか方法がないの?
私は唇を噛み締め、ゆっくりと歩き出した。
土偶の目の前まで歩き止まった私は、悔しくて涙が滲んだ。
「いい心がけだ」
土偶の手が私へと伸び、肩を掴んで引き寄せた。
もう、私だけではどうすることも出来ない。
私は心の中で叫びを上げた。
『お願い、誰か助けて!』
一瞬、土偶が目を見開いた。
次の瞬間、土偶は真横にふっ飛んで、岩場から転落した。
何が起こったの?
辺りを見回すと、大気にゆらっと動く影が見えた。
その影は光を帯びて、よく見知った人物になった。
「深月、お待たせ!」
やつれた様子の悠也さんが、荷物を抱えて現れた。
その後ろにはツクヨミとアマテラスが「呼んだ?」と言って、ニコニコ微笑んでいた。
『そう。この瓶の中にいるのは青龍だよ』
「やっぱり!」
小さくなっていても、その姿を見間違えるはずがない。
あの土偶は捕まえた霊獣を霊酒にすると言っていた。
その霊獣とは、青龍のことだったんだ。
ユキちゃんもその瓶を気にして、しきりに匂いを嗅いでいる。
『あの鬼に捕まってしまった青龍は、この瓶に封じられたまま、どうやっても助け出すことができないんだ』
私はまじまじとこの瓶を観察した。
透明の瓶に入っている液体は、間違いなくお酒だろう。
コルクで栓をしてある。
そのコルクには、朱で文字が刻まれている。
それはとても嫌な感じがする。
なにかの呪文のようで、瓶全体にその力が及んでいるように感じた。
私は試しにコルクを抜いてみることにした。
しかし、いくら力を入れて引っ張っても、そのコルクが抜けることはなった。
「駄目だ、これ全然抜けないよ」
麒麟は悲しげにうつむいた。
『ボクも何度試しても駄目だった。封印の術が施されているんだ。それは術者が自ら解除するか、術者を倒さなければ、解除されない』
「と言うことは、土偶を倒さなければならないのか。でも、急がないと青龍の命が危険だよね」
この瓶の中からは、命の灯火が感じられる。
しかし、それはとても弱くて今にも消えてしまいそうだ。
麒麟は頷き、後ろ足で大地を蹴った。
『すぐにでも青龍を助けたい。でもボクは戦えないんだ。僕の代わりにあの鬼と戦って欲しい』
「もちろん!私が戦ってあの鬼を倒すよ。青龍をここから助け出そう!」
でも、土偶の居場所はどこなのか?
何処へと逃げ去った土偶をどうやって探せばいいのだろうか?
私は大空を見上げた。
私の不安な表情を見て、麒麟は私のすぐ側に寄り囁いた。
『心配ないよ。ボクが土偶を誘き出すからね』
麒麟はそう言うと、大地を蹴って大空へと駆け上がった。
大きく息を吸い込んだ麒麟は、体勢を低くし、叫び声を上げた。
『キーーン』
空をつんざくような声は、どこまでも響きこだましている。
「すごい声だね」
『まぁね。この声を聞いたらあの鬼は絶対にやってくる。ボクに取られた酒を取り返すためにね。あの鬼は酒に目がないから』
確かにその通りだ。
土偶は霊酒が盗まれたことに、相当腹を立てていたからね。
「麒麟、頼みがあるの。私が戦っている間、ユキちゃんをお願いできる?」
流石に、大怪我の後だ。
戦いは控えて、ゆっくり休ませたい。
『いいよ。白虎はボクが面倒を見るよ』
私はほっとしてユキちゃんとガラス瓶を麒麟に渡し、土偶がやって来るのを待った。
「やっと見つけたぞ!」
声と共にドスンドスンと地響きがして、土偶が岩をよじ登ってきた。
「俺の大事な酒を返してもらおうか!」
「来たわね、土偶!」
私は武器を握りしめ、戦闘態勢に入った。
「俺は土偶じゃねえ!っておい、お前は嫁じゃないか?!いい所にいた。よしよし、酒と嫁が一気に手に入る。一挙両得とはこの事だな」
ふふんと鼻息も荒く土偶が近づいてくる。
「土偶!勝負よ」
「だから、俺は土偶じゃねえって言ってるだろうが···って!おいこら、話をさせろ」
土偶の話を聞いてたら長くなりそうなので、話をぶった切って私は走り出した。
引きつった表情の土偶は、慌てて身構えるけれど、私は先制して扇を振り下ろした。
ガキンと音を上げ、扇は土偶の右肩にヒットした。
よろめく土偶は痛みに顔をしかめた。
「くそぅっ!嫁のくせに強いじゃないか!!うぬぬぅ、俺の実力を見せてやる!」
土偶は右手を天高く掲げた。
私の頭にパラパラと小砂利が降り注いできた。
「うわっ!イタタ」
この攻撃って地味でせこいんだけど、じわじわ効いてくる。
足元から小砂利に埋まってきて、扇では対応しきれない。
「ほらほら、どうする?逃げ場はないぞ」
腰に手を当ててほくそ笑む土偶に、私は言った。
「こんなもの!」
私は武器を扇から鞭に変化させて、ブンブンと振り回した。
降り積もる小砂利を鞭で吹き飛ばし、そのまま攻撃に転じる。
土偶は完全に油断しており、私の反撃を予想してもいなかった。
「ぎゃっ!武器が変形するだと?!なんだその技は?嫁の分際でそんな事ができるなんて聞いてない」
相変わらず、口数が多い土偶である。
土偶が聞いていようが聞いていまいが、別にどうでもいいのだ。
私は無言でひたすら攻撃し、土偶を追い詰めた。
後のなくなった土偶は「チッ」と舌打ちしながら空中に退避した。
「嫁よ、俺を怒らせたな!」
「······」
土偶は辺りを見回し、目を細めて笑った。
「お前、流石に空は飛べないだろ?」
「?」
言うが早いか、動き出した土偶は一瞬の後に麒麟の傍らに立っていた。
そして、麒麟の首を抱え込んだ土偶は、そのまま大地へと引きずり降ろした。
「麒麟!」
「おっと。こいつの命が惜しければ動くなよ」
土偶に押さえつけられた麒麟はユキちゃんを守っているため身動きが取れず、苦しげに呻いている。
「土偶!あんたは卑怯よ」
悪びれもせず、土偶は高笑いした。
「なんとでも言え!勝てばいいんだよ、勝てばな。おお、よしよし。酒瓶も持ってるな」
「あっ!」
土偶は青龍の入った瓶を麒麟から奪い、眼前に掲げた。
これはまずい。
麒麟とユキちゃんを人質に取られた上に青龍の瓶までも奪われ、私は動くことが出来ない。
土偶を睨みつけるも、それ以上打つ手がない。
「嫁よ。その物騒な武器をしまえ」
「嫌よ」
「ほう、まだ抵抗するつもりか。こいつらがどうなってもいいんだな?」
「くっ···」
集中が途切れた私の手からは、武器が消え失せた。
「よし、こっちへ歩いてこい」
土偶の手は麒麟とユキちゃん、青龍の命を脅かしている。
言う事を聞くしか方法がないの?
私は唇を噛み締め、ゆっくりと歩き出した。
土偶の目の前まで歩き止まった私は、悔しくて涙が滲んだ。
「いい心がけだ」
土偶の手が私へと伸び、肩を掴んで引き寄せた。
もう、私だけではどうすることも出来ない。
私は心の中で叫びを上げた。
『お願い、誰か助けて!』
一瞬、土偶が目を見開いた。
次の瞬間、土偶は真横にふっ飛んで、岩場から転落した。
何が起こったの?
辺りを見回すと、大気にゆらっと動く影が見えた。
その影は光を帯びて、よく見知った人物になった。
「深月、お待たせ!」
やつれた様子の悠也さんが、荷物を抱えて現れた。
その後ろにはツクヨミとアマテラスが「呼んだ?」と言って、ニコニコ微笑んでいた。
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