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天覧試合

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どうしよう。

動揺が治まらず、胸に手を置く。

頬は熱く火照り心臓は高鳴なるばかり。

私はどうしてしまったのか?

千尋の対戦相手であるその人を、どうしても目で追ってしまう。

ああ、なんて美しいんだろう。

抑えのきかないこの気持ちを、どうしたらよいのか···。

女の姿ならどうってことないんだろうけど、私は今、男の姿なのだ。
男が男に対して、顔を赤くしたりときめいたりするなんて、どう考えてもまずいだろう。

この気持ちを絶対に人に悟られてはならない。

隠さなければと思うほど、それは上手くいかなくて困る。

いつの間にか、私の隣には陰陽頭おんみょうのかみが来ており、様子のおかしい私に問いかけてきた。

「祭雅、どうした?」

「うぐ、何でもありません」

右手で口を覆い、顔を背けた。

「そうか?ところでな。お前の対戦相手についてだが···」

えっ!?
あの方の情報!!

「は、はい!」

私は身を乗り出して陰陽頭の話しを待った。
 
「奴の名前は赤星聖司」

赤星様···。

うわぁ!なんて素敵な名前なのか。

それで次の情報は?

またまた身を乗り出した私に、若干引き気味の陰陽頭は言った。

「あー、お前はそんなに奴に興味があるのか?」

「えっ?」

「いや、目を輝かせてぐいぐい来るもんだからな」

ま、まずい!!

そんなに顔に出ていたのか!

だめだだめだ!落ち着け、落ち着け。

陰陽頭に見えないように深呼吸を繰り返し、平静を装う。

「えーと、これから対戦する人物のことは、よく知っておいたほうが良いかと思いまして···」

かなり棒読みの台詞になっていたけれど、ばれてはないだろうか?

陰陽頭は、不安顔の私を目を細めて見る。
この上司は、全てお見通しだよと言いたげな顔でニヤリと笑う。

「そうかそうか。奴は元々陰陽師だったからな。奴は強いぞ」

私のことは見て見ぬふりをしてくれるらしい。
助かったと安堵する。

陰陽頭は赤星様の武勇伝を色々聞かせてくれた。
聞けば聞くほど凄すぎて、うっとりと聞き入ってしまう。
こんな状態で、あの方とまともに戦えるのだろうかと不安になる。

あ!

そろそろ試合が始まる。

千尋と赤星様が向かい合って一礼をした。

『ノウマク·サンマンダ·バザラダン·センダ·マカロシャダ·ソワタヤ·ウンタラタ·カンマン』

真言を唱えた千尋は、太く大きくなった太刀を構えた。

『ノウマク·サンマンダ·ボタナン·インダラヤ·ソワカ』

赤星様は真言を唱えると、武器の封印が解除され、手に持っていた小太刀が長さを変えた。

今回の天覧試合では式神戦は行わない。
なので、己の力だけが頼りだ。

準備が整ったのを確認した審判が開始の合図を送った。

先手必勝とばかりに、赤星様が走り出した。

「は、速い!」

あまりの速さに驚いて言葉が漏れた。

「あの動き、目で追えるか?」

「ええ、なんとか」

太刀と小太刀が交わる音が響く。

あの動きに千尋はよく対応してるなと感心する。
正に神業の如き剣技なのだ。
瞬きをするのも忘れるくらい、私はあの方の剣技を食い入るように見つめた。

「なぁおい」

「···は、はい」

陰陽頭に声をかけられ、はっと我に返る。

「奴に勝てそうか?俺はお前の速さなら奴に対抗できるとふんでるんだが」

「やってみないことにはわかりませんが、勝ちたいですね」

あの剣の速さに追いつきたい。
そして、体内の血液が湧き上がるように燃えている。
自分を千尋と重ねる。
私ならこう動くのにと、頭の中で戦い方を組み立てるのも楽しい。
早く試合をしてみたくて、うずうずする。

千尋は上段の構えから太刀を振り下ろす。

赤星様は太刀筋を読み、小太刀でいなして千尋の手首を蹴り上げた。

千尋の太刀はカランと音を立て、その手から吹き飛んだ。
喉元に剣先を突き付けられ、千尋は参ったの合図を送る。
試合は赤星様の勝利で幕を閉じた。

取り落とした太刀を拾い上げ、千尋は肩を落としこちらへやってきた。

「千尋、お疲れ。よくやったな、いい動きだった」

千尋は悔しさを滲ませ、拳を握りしめた。

「くっそ!いくら良くやったからって、負けちゃ意味がないんだよな。祭雅、お前は勝ってこいよ」

「···ああ、分かった。行ってくる」

私は千尋の肩をポンと叩くと歩き出した。

千尋のお陰で、赤星様の動きをじっくりと観察することができた。

私は月雅を握りしめ、赤星様の前まで来て一礼をする。

正面から見た赤星様の姿はまた格別に凛々しく美しく、頬が熱くなるのを感じる。

「君の噂はかねがね聞いている。一度戦ってみたかった」

ええっ!!
私のこと知っているの?!それは一体どんな噂なんだろう?

チラッと赤星様を見ると目が合った。
あまりに綺麗に微笑むので、心臓がどくっと音を立て直視できずに目を逸らした。

その時、月雅がぶるっと震えた。
いつものお前に戻れと言われているようだ。

···私は何をやっているのだろうか。
相手の事を気にしている場合じゃないし、ドキドキしている暇なんてないんだ。

これから真剣での戦いが始まる。
下手したら、命を落とすことだってある。
こんなに浮ついた気持ちでいたら、危険だし相手にも失礼になる。

緊張するくらいでちょうどいい。

私はゆっくりと深呼吸をして、落ち着きを取り戻した。

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

一瞬にしてその場の空気が変わった。
その直後、審判の開始の合図がなされた。

私は月雅を胸の前に掲げ目を瞑った。

胸の中から溢れ出る力は、身体の隅々まで行き渡り、私はゆっくりと目を開いた。

霊力が満ちた月雅は、ぱらりぱらりと広がり、その美しい姿を現した。

私の力は宮廷を覆うほどに広がった。

私が月雅を構えた途端、赤星様が走り出した。

速攻で来るのは想定済みだ。

私には分かる。

私は彼の息遣いを感じ、動きを、思いを感じる。
次にどう動くのかが、肌で理解できる。
私が彼ならここを狙って小太刀を打ち込んでくるはずだ。
私は左下から月雅を振り上げた。

キーンと言う金属音が響く。

霊力を乗せた一撃は、女の体であっても十分に彼の攻撃に対抗できる。

その一撃に瞠目する赤星様は口の端を上げ、私との距離を取った。

予想通りの展開に私はほくそ笑む。

「やはり、強い。次はどうかな?」

赤星様は、更に速度を増して迫りくる。

月雅と小太刀の交じり合う音は連続して響き、あまりの速さに会場はしんと静まり返っている。

この速度に反応し、ついて行けてる事が楽しい。

私が先手を取って攻撃しても、赤星様の小太刀はそれを防ぐ。

いつまでも終わりの来ない戦い。
永遠に続いてもいい。

そう思えるほど、赤星様と私の思いは重なり、疲れも知らず軽やかに動き続ける。

「そこまで!」

その声に私と赤星様はピタリと動きを止めた。

声を発したのは審判ではない。

それは驚くべきことに、帝からの御声だったのだ。
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