転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実

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二人の祭雅

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父の声がけで、私の一日が左右される。

祭雅と呼ばれたら、私は狩衣姿で陰陽寮へと向かう。
呼ばれなければ、このまま屋敷で一日を過ごす。

こんな生活を、幼い頃から続けている。

私の兄は病弱で、彼によく似た私は兄の影として育った。
名門貴族の我が家の体面を保つためには、優秀な子息の存在は、欠くことのできないものであった。
父の考えが我が家を支配している中で、兄や私の意思は重要ではないのだ。
父は家のために、優秀な祭雅を作り上げなければならなかった。
兄が体調を崩して外に出られなければ、私がその代わりを務める。
なので、私は女でありながら、男としての生活を余儀なくされた。

けれど、私は男としての立居振舞は嫌いではない。
もともと、動くことは兄よりも秀でているし、陰陽師の仕事も天職だと思う。
女のままだったなら、陰陽寮に入ることはできなかったから。
陰陽師としての勉強ができるのは、私にとって幸いだし、私自身を磨くことができる。
それだけはとても感謝している。


女である事を人に知られてはならない。

それだけ気をつければ、その生活は楽しいものだった。

「父上、兄上の体調はいかがですか」

「まだ熱が下がらぬ。暫くはお前にあれの代わりを続けてもらわねばならないだろう」

「わかりました。兄上の様子を見に行っても構いませんか?」

「ああ、そうだな。あれもお前の顔を見れば、少しは気が晴れるやもしれぬ。見舞ってやれ」

「はい」

そう言い残し、父は宮廷に出仕するため、出かけていった。

兄の部屋は寝殿を挟んだ反対側に位置している。
身支度を整えた私は、兄の部屋へ足を踏み入れた。

「兄上」

寝床に横たわる兄は私の声で目を覚まし、ゆっくりとこちらを見上げた。
げっそりと痩けた頬、虚ろな眼差し。
日増しに体調が悪くなっている気がしてならない。
そんな兄の姿を見て、どうしようもなく悲しくなる。

「月···姫」

弱々しい兄の声に、私は涙がにじみそうになった。

「兄上、お加減はいかがですか?」

「ああ、お前の顔を見たら、元気が出てきたよ」

やっとのことで口の端を上げる兄に、これ以上無理をさせてはいけないと思い、話しを変える事にする。

「兄上、今日は陰陽師の昇格試験があるのです。陰陽生から正式に陰陽師になるのも間近ですよ」

私の言葉に、兄は表情を曇らせた。

「お前の頑張りとその気持は嬉しいが、もう無理するな」

「え?」

「私の代わりはもうしなくてもいい。女の身で祭雅として生きるなんて、辛いだけだろう?こんな生活がまともに続くわけがないんだ」

「兄上···」

私は声をつまらせた。
もう私は後戻りなんてできない状況にいる。
父の思惑通り私の作り上げた祭雅は優秀で、私が抜けたら陰陽寮の仕事が回らなくなると言われる程なのだ。

私はうつむいて、唇を噛み締めた。

「そんなに悲しい顔をするな。お前には幸せになってほしい」

私は首を横に振った。

「兄上、私は幸せです。こんなにも私のことを思ってくれる兄上がいるし、私は元気で動けるのです。だから私のことは心配しないで。兄上は一日も早く良くなって元気な姿を私に見せて下さい」

兄は私の頬に手を伸ばした。

「···そうか、分かった」

弱々しく笑う兄に「行ってきます」と言って、私は陰陽寮へと向かった。

兄の言葉が胸に刺さっている。
確かに、この歪んだ生活が永遠に続くとは思えない。
女だとばれたらそこで終わりなのだから。
でも、私は陰陽師として、自分の力を試したい。
もっと強くなりたいし、知識を深めたい。

まだしばらく、その時が来るまではと、歪んだ心に蓋をして私はため息をついた。

牛車で陰陽寮へ到着し、大地へと足を踏み出した途端に声をかけられた。

「祭雅、おはよう」

声の方を見ると、千尋が爽やかな笑顔で手を振りやってきた。

「ああ、おはよう。早いな」

「ここでお前を待ってたんだ。陰陽頭おんみょうのかみがお待ちだ。すぐ行くぞ」

「えっ?!陰陽頭がなんでまた?」

「今日、昇格試験があるだろ。それについてじゃないのか?」

「昇格試験···」

昇格試験とは、修習生から陰陽師へと昇格するために行われる試験のことを指す。
陰陽師の長である陰陽頭が、一修習生である私達に何の用があるんだろう?

試験の内容に変更でもあったのだろうか?

陰陽頭の部屋の前で、御簾越しに挨拶をする。

「おはようございます。陰陽生の藤原千尋、雪村祭雅、参上しました」

「おはよう。早朝から呼び出して悪いな」

「いえ」

陰陽頭は姿を現した。
鷲鼻で眼光の鋭い上司は、低く響く声を発した。

「千尋に祭雅、今年の昇格試験は天覧試合となった」

「天覧試合ですか?」

天覧試合というと、帝の前で腕前を競うという事だ。
どうして突然そんな話しになったのだろう?

「そうだ。お前達の活躍を聞きつけた帝からの勅命だからな。対戦相手も帝の護衛だ。心して準備をするように」

帝の直属の護衛?
一般の武人に負ける私ではない。

「対戦相手は霊力を使えないのでは?この戦い、こちらに利があるように思うのですが?」

陰陽頭はほくそ笑んだ。

「その点は心配ないぞ。陰陽寮から引き抜かれた奴がお前達の対戦相手だ。言っとくが、霊力、剣技共にお前達の上をゆく。本気でかからないと斬り殺されるぞ」

その話しを聞いて、私は怖れよりも、ワクワクと気分が高揚してきた。
陰陽生同士で試合をしても、私には物足りないのだ。
だから、今回の話しは私にとっては喜ばしい。
対戦相手は相当強いらしいから。
どんな戦いが待っているのか、楽しみで仕方がない。

「天覧試合で陰陽寮の実力を見せてやれ」

「「はい!」」

そう答えた千尋と私は、陰陽頭の部屋から退出し、天覧試合の会場へと向かう。

「おい祭雅、お前そんなに嬉しいのか?顔がニヤけてるぞ」

「えっ!!」

慌てて顔を両手で押さえ、千尋を見上げる。

笑いながら横目でこちらを伺う千尋を見て、今の台詞はからかい半分だったと気が付いた。

最近この御仁は、私を構って遊ぶことを覚えたらしく、実に楽しそうに笑うんだけど、なんだか面白くない。

「なあ祭雅、今日の対戦相手の詳細について知ってるか?」

「いや、知らないな」

「何でも、次期陰陽頭と呼ばれる程の実力者で、その腕を買われ帝に引き抜かれたってことだ。それに、物凄い美形らしいぞ」

「へえ」

強者で優秀で美形か。
天は二物を与えず、などと言うけれど、それに当てはまらない人間もいるんだ。

と、その時は軽く考えていた。

しばらく歩いて帝のおわす宮廷へ到着した。

天覧試合の会場には、どこから噂を嗅ぎつけたのか、大勢の観客がひしめいていた。

「なあ祭雅、俺が先に戦う。お前は試合をよく見とけよ」

「分かった。気負わずに行けよ」

「ああ」

帝への挨拶を終え、私は試合のよく見える場所に移動した。

千尋が太刀に手をかけ精神を統一している。
そこへ、対戦相手が現れた。

彼を見た途端、私は手に持っていた月雅を取り落としそうになった。
なぜならその人は、この世の人である事が信じられないほどに美しく、目を離すことができない。
私の心臓は早鐘のように鳴り続けた。
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