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闇より現れし者

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悩んでいるように見えるハクタクを尻目に、私はクラミツハに駆け寄った。

「クラミツハ、無理しちゃだめじゃない。身体はしんどいはずよ」

式神になってからクラミツハとの繫がりは深く、彼女の状態はしっかりと感じ取れる。
だから、それを伝えたんだけど。
クラミツハはペロっと舌をだし「そうかな?でも、大丈夫だったし身体も平気だよ」と、うそぶいている。

強がっていることは丸わかりだけどね。
いざとなったら私が護るから、それまでは好きにさせておこう。

「雪村深月、すまぬ。儂が間違っておった。闇の大王とお主の力を取り込み、世に君臨しようなど、狂気の沙汰であった」

ハクタクが神妙な顔で呟いた。
そして気がつくと、先程まで立ち込めていた黒い霧は、すっかり月雅に戻されたようだ。

いよいよ改心したのかな?
と思いたいけど、この人絶対なにか企んでるよね。

そうそう騙されないから。

「ハクタク、次は何が狙いなの?」

「む、狙いなどあるはずがない。何も考えておらぬよ。儂の夢は敗れた。闇の大王を従えるお主には、どう考えても敵わない。打つ手なしじゃ」

そう言ってハクタクは、月雅を見つめてため息を吐いた。

これは、ますます怪しい。
肌がピリピリして、背筋に冷や汗が流れ、心臓がバクバクと鳴る。
私の勘だけど、このあと何かとんでもないことが起こる気がする。

「いい、クラミツハ。私の後ろにいるのよ。そこから絶対に動いちゃダメ」

「深月、なぜ?」

「はっきり言えないけど、凄く嫌な予感がするの···」

ハクタクは月雅を胸の前で握りしめている。
そして、目を瞑ると月雅に力を注ぎ込み始めた。
月雅の闇は更に深く濃くなってゆく。
それでもまだ足りないと、飢える者のように貪欲にハクタクの力を飲み込む。

「何をするの!?」

私の月雅が!!
闇に落ちるどころではない。
この中には大事な式神のみんながいるんだよ!
もうこれ以上、おかしなことをするのは止めて。

危機感から、私はハクタクの行動を止めようと走り出した。

ドン

私は何かにぶつかって、思わず尻餅をついた。

見えない障壁にぶつかったようだ。

すぐさま立ち上がり障壁をドンドンと叩いたが、これ以上進むことができない。

まさか、ハクタクが結界を張っているの?

ハクタクはニヤリと笑う。


「お主の力と我が君に敬意を表し、儂から一つ贈り物をしよう」

ハクタクは闇の気を月雅に注ぎ込む。
月雅はドク、ドクっと大きく震えているように見える。
ハクタクは見る間にやせ衰え、目だけがギョロギョロと目立ち、不気味さが増している。
ハクタクの力を吸い尽くす勢いで吸収し、月雅は肥大化していゆく。

「ほっほっほ。この法具は真に恐ろしい。底を知らぬ。どこまでも力を貪るのう」

そう言って笑うと、月雅を地面に置き、そこに手をかざす。

「むん!!」

黒光りし肥大する月雅は、カタカタと震えだした。
そこから溢れる冷気に当てられ、私は身震いする。

闇の儀式が始まったようで、辺りも闇が濃くなってゆく。

怖い。
何かが動き出した事を肌で感じてしまう。
これ以上見てはいけないと思うのに、どうしても視線を外すことができない。

「仕上げじゃ。闇より来られたし、我が同胞よ。今こそ、其の姿を現すが良い」

ハクタクはその場から後ずさった。

肥大化した月雅から、黒く輝く塊が分離した。
それは、たった今月雅から産まれたかのように見えた。
その塊に月雅から力が流れてゆく。
塊を中心核として、肉づき始める。
頭、体、手、足と形作られ、それは次第に人の姿を取り出した。


ドクっと私の心臓が嫌な音を立てた。
吐き気がする。

この場から逃げ出したい衝動に駆られるけれど、恐怖に負けるなと自分に言い聞かせ、なんとかその場に踏みとどまった。

月雅から闇の力が全て流れきると、人のようなそれは成長しきったようだ。
そしてぱっと輝いたかと思うと、衣をまとった姿になった。
手足をゆっくりと動かし立ち上がり、真っ直ぐ私を見て口を開いた。

「私は、帰ってきた?」

その人は、かがんで地面に置かれた月雅を取り手に収めた。

その人の姿を見て、その人の声を聞いて、私は腰が抜けそうなほど驚き、声を上げることすらできなかった。

理解の範疇を超えた出来事に、どのように対応したらよいのか全くわからない。

私の目に映っているのは、私と全く同じ顔をした人物。

緩やかなカーブの頬、大きめの瞳。
烏帽子を被り、狩衣を纏って月雅を持つその姿を、忘れることなんてできるわけがない。


私はゴクリと生唾を飲み込み、やっとのことで声を絞り出した。


「あなたは、祭雅!?」

祭雅は「ふふっ」と目を細めて笑うと、月雅を胸の前に掲げた。

「深月、今までご苦労。お前の役目はもう終わった」

「えっ?」

祭雅は月雅を軽やかに振った。
そこからは黒いかまいたちが躍り出て、私の目の前にある結界に突き刺さり、それはいとも簡単に崩れ去った。

「この闇の生物は、なぜ深月と同じ顔をしているの?」

後ろでクラミツハが、私の腕を掴んで訝しむ。

「······」

私は振り向いて首を横に振った。

なぜって聞かれても、そんなの私が聞きたいよ。
どうして突然祭雅が現れたのか、訳が分からない。

それに私の役目が終わりって、どういう意味?!
私の頭はパニックになり、思考回路は完全に停止状態になった。

「理由が分からなくて困惑しているようだな。教えてやろうか?」

祭雅にそう問いかけられても、私はなんの反応もできずに立ち尽くした。

祭雅はそんな私を見てクスッと笑った。

「私は本物、お前は偽物。偽物の出番はもうおしまい。そういうことだ」

「な、何よそれ?!」

私と祭雅の会話にハクタクが割り込んできた。

「ほっほっほ。儂からの贈り物は気に入ったかのう?雪村深月、お主の悪運もこれで尽きるだろう」

ハクタクはそう言うと、高笑いしながら腕を組んだ。

祭雅はハクタクをチラッと横目で見ると、私に向き直り月雅に力を込めて叫んだ。

「式神·白虎!」

扇が黒光りし、そこからユキちゃんが現れ、祭雅の横に並び立った。

「白虎よ、深月の相手をしておやり」

「えっ!ユキちゃん?!」

ユキちゃんは戦闘態勢に入った。
敵を見るような目で、私を見ている。
あんなに鋭い目を向けられたことは、これまで一度もなかった。
いつも優しく私の傍にいてくれたユキちゃんと、目の前にいるユキちゃんが、同一人物であることが信じられない。

「ユキちゃん、ユキちゃん!私よ。分からないの?」

「·····」

ユキちゃんは、なんの反応も示さない。
私の心はぎゅっと縮んで、苦しくて息ができないよ。

「嫌だ。どうしてユキちゃんと戦わなくちゃいけないの?」

私の問いかけに、ユキちゃんは何も答えず、身構えた。
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