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正体

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「悠也さん!!爺の正体がわかるんですか?」

私の声に、はっと我に返った悠也さんは、頷きながら答えた。

「あれはハクタクだ」

「ハクタク?」

「そう。神獣白沢ハクタク。ハクタクは万物の知識に精通し、賢王の治世にその姿を現すとされる。存在そのものが魔除け、厄除けと言われている伝説上の生物だ。今目の前にいる白い獅子は、その特徴からハクタクで間違いない。だが、おかしいと思わないか?奴の周りに取り巻いている闇は、その言い伝えとはまるで違っている。神獣と言うより、妖魔であると言ったほうがしっくり来るだろう?」

「ハクタク···」

確かに。

神獣とは思えない妖気を放ち、あの闇の濃さ、おぞましさは神獣と呼ぶにはほど遠い気配だ。

天に通じ、光そのものである神獣の清冽なエネルギーは一切感じられない。
ただその外見だけが、ハクタクの特徴を示しているのだろう。

ハクタクは地上に降り立つと、その足元からは黒い霧が溢れ出る。

「ほう、よく知っているな。儂の名はハクタク。千年の昔、彼の地へ降り立った。長きに渡り、力を求め続けた。儂は闇に魅入られし者よ。闇こそが大いなる力の源。お主もそう思わぬか?」

私は首を横に振る。

「いいえ。ハクタク、質問よ。あなたは神獣なの?それとも妖魔?神籍にある者が闇に堕ちたということ?」

私がそう問いかけると、ハクタクはふっと笑う。

「神獣であったのは、はるか昔のことよ。儂の心の闇は時の流れとともに深く濃く広がった。光が強ければ、闇もなお濃く強くなる。闇に堕ちたと聞かれたがそうではない。儂は闇そのものになったのだ。儂にとっては闇こそが全てだ。闇の大王の器よ、お主に大王を降臨せしめ、この世に楽土を創り上げようぞ」

うわっ、なにそれ!

「そんなのは真っ平ごめんよ。私は私として生きる。あなたの思い通りにはならない」

神獣だか妖魔だか知らないけど、勝手なことばかり言わないでほしい。
闇の楽土なんてそんな暗いもの創りたくもない。
自分の思いを人に押し付けるのは大概にして!

私はキッとハクタクを睨んだ。

「お主がどう思おうと、結果は決まっている。足掻いても無駄なことよのう」

「どんなことも、やってみなくちゃわからないのよ」

私はハクタクを倒すために走った。
神獣は暗い眼差しのまま、そこから微動だにしない。
ハクタクに近づきたい私の足取りは徐々に重くなってゆく。
足に鉛でも付いているようで、思うように動かない。

おかしい。
さっきから、手足を動かしてもハクタクとの距離を全く詰められない。

気がつけば、私の足下は黒い霧で覆われ、その霧は私の足を伝って上へと登ってくる。

「何これ?動けない」

ハクタクは鼻で笑った。

「お主も覚えておろう。儂のヌエと九尾の狐の戦いを」

ヌエとヤトの戦いというと、ヤトが黒い霧の中にある鎖に絡め取られ、窮地に追い込まれた事を言っているのだろうか?

まさかこれも?!

私は嫌な予感がして、黒い霧をじっくりと見た。
すると霧は瞬く間に細く黒い鎖に変わり、私を雁字搦めがんじがらめに縛り上げた。

まずい!

私はなんとかして、黒い鎖の呪縛から逃れようと、必死でもがいた。

しかし、もがけばもがくほど、黒い鎖はがっちりと私を捉え、尚も鎖を巻き付けてくる。

「深月!!」

悠也さんは呪符をこちらへ向けて投げるけれど、それは黒い霧に触れた瞬間、ジュっと音を立てて消滅してしまった。

「効かぬわ」

ハクタクは三つの目をグワっと開き、悠也さんを睨みつけた。
その途端、場の空気が一変した。
これは、威圧だ。
悠也さんは冷や汗をダラダラと流して膝を折った。

「悠也さん!!」

「うっ···」

手元にある呪符を地面につけて、荒々しく呼吸を繰り返す。
地面と呪符が光っているような気がしたんだけど、気のせいなのだろうか。
あの威圧の中で、悠也さんはとても苦しそうにうずくまる。

「悠也さん!大丈夫ですか?」

「お主、人の心配をしている場合かのう」

そうよ!
悠也さんを助けに行きたいけれど、先に自分の事をなんとかしなきゃどうにも動けない。

黒い鎖はもう胸のあたりまで巻き付いている。

この鎖を外すには、どうしたらいい?
悠也さんの呪符も効果がなかった。
戦いの武器であるこの扇、これならきっと鎖を断ち切れるはずだ。

扇に意識を集中させて、鎖を薙ぎ払う。
パラリと、それは簡単に切断することができた。

これならなんとかできると、気を良くした私は再度腕を振り上げると、そこにもスルスルと鎖が這ってきて蔦のように絡まり、がっしりと巻き付いた。

なんで?!
これじゃあ、動けなくなっちゃう!

焦った私は必死に抵抗するけれど、動くほどに鎖は巻き付く。
腕は固定されたように動けなくなり、いつしか集中も途切れて、武器の扇も消えてしまった。

私は黒い鎖に引きずり込まれるように沈んでゆく。
ずぶずぶと、地面より下に沈み込んでるように見える。

「時は満ち、月もまた満ちる。いよいよ闇の大王をお呼びする時が来た。この器の全てが闇に飲み込まれた時、儂の千年の夢が叶う」

「嫌!やめ···ん、ん!」

叫びの途中で鎖に口を覆われ、更に全身を覆われると、私は完全に闇の世界に飲み込まれた。

······

ここはどこ?

見渡す限り暗闇だけが支配する空間。
他に生物は見当たらない。
私は鎖から解放されているものの、そんな中にぽつんと一人で佇んでいた。

「真尋!」

「伶さん!」

「拓斗さん!」

「悠也さん!」

暗闇の中、私は声を限りにみんなの名前を呼んだ。

「ユキちゃん!」

「ヤト!」

「ハヤトくん!」

「シュリ!」

「コマ!ケン!」

返事は何一つない。
静寂の中に、虚しく私の声だけが響く。
声はだんだん小さくなって闇にかき消された。

ここはとても寒く、足元からじんわりと冷たさが全身に伝わり、それに比例して私の心は重く沈む。

ここには友も式神もいない。
心の安らぎもなければ、拠り所もない。

私は、一人ぼっちだ。
 
どうして誰もいないの?
どうして誰も助けに来てくれないの?

こんな所には一瞬だって居たくないのに。

寂しさと、悲しみに支配されるような感覚に襲われる。

私は軽く頭を振った。

違う。
とにかく動かないと、私はおかしくなりそうだ。

ここから出るにはどうしたらいい?

なにか脱出するためのヒントになるものがあるかもしれない。
そう思って私は走った。

どのくらい走ったのだろうか?

身体は重く息をするのも苦しく感じる。

目の前に小さな泉が見えた。
こんな所に泉があるなんて、不思議に思いながらも私はそこに惹かれて駆け寄った。
水辺にしゃがんで覗き込むと、その泉は黒い鏡のように妖しく光る。

水面に映る私は、今にも泣き出しそうな表情で、その顔を見たら情けなくて悲しみが込み上げてくる。

どうして私はこんな所に一人でいるのだろう?
虚しさで、私の心は張り裂けそうだ。
この状態で戻るなんて無理だ。
全て諦めてしまおう。
もう、何もかもがどうでも良くなってしまった。

ため息まじりに手を泉の水に浸そうと、泉の水に
手を近づけた。
一瞬、泉の中の私の顔が笑ったような気がして、慌てて手を引いた。

やはりここはおかしい。
と言うよりも、私がおかしくなっていたんだ。
私は立ち上がって頬を両手でパンと叩いた。

しっかりしなきゃ、私。
落ち着いてよく考えるのよ。

悲しみや、虚無感で心がいっぱいになり、なにも考えられなくなっていたんだけど、こんな事をしていていいの?

私はやるべきことがあるんじゃなかった?

······

そうだよ。

彩香を助ける。
置いてきてしまった悠也さんを助ける。

それに、月雅。
式神のみんなを取り戻さなければならない。

心に浮かんだみんなのことを思うと、胸の奥に火が灯ったように熱くなり力が湧いてきた。

私は拳を握りしめる。
私の中の悲しみや虚無感に心を開け渡さなくて良かった。
何も出来ない、誰も助けてくれないと嘆くより、自分のためにみんなを助けるんだ。

『そんな事を考えるより、ここでゆっくり休めばいい。誰もあなたを責めたりはしない』

何この声?
頭の中に声が響いてくる。

「いいえ。休んでなんかいられない。私はみんなを助ける」

『助けるってどうやって?ここからでられないのに?無理だよ。できるわけがない』

頭に響く声は、尚も諦めさせようと私の考えを否定してくる。
ここから出る方法は分からない。
でも私の心の炎は、誰にも消すことなんてできないんだ。
私は胸に手を当てて叫んだ。

「私は絶対に諦めないから」

『いきり立つな。全て諦めてしまえ。そしてこの手を掴むんだ』

泉の水面が急にぐわっと盛り上がり、私の手に巻き付いた。
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