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生け贄の姫

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やっぱり式神のみんなは凄い。

ヤトは狐火を放ち続け、ハヤトくんは水撃の連射、シュリは燃え盛る炎を鬼たちに見舞い、付近にいた敵は粗方片付いてしまった。

悠也さんは、周りがやっと静かになったので、呪符のコントロールに集中できているようだ。

「深月、右手前方に扉を発見。その先に人間の気配がある。そこが目的地で間違い無い」

回廊を進んで行くと、悠也さんの言う通り扉があった。

それは大きな観音開きの扉で、そこから闇の気配が滲み出てきそうな、とても陰湿な雰囲気だ。

シュリが前に進み出て「お待ちを」と一言呟き、右手を扉の中央に添えた。

その手の平からは炎が揺らめき、メラメラと扉のすき間に入り込んだ。

それは扉を燃やすのではなく、何かを探っているようで、時折チリチリと焼き切る音が聞こえた。

「罠の類は外してあります。ご安心を」

シュリはそう言いながら、扉をギィっと開いた。

「ユキちゃん、おろして」

ユキちゃんは頷き、そっと私をおろしてくれた。

左腕はズキズキと痛むけれど、休ませてもらったお陰で体力は回復した。

私は扉を潜り、一歩前へと進み出た。

薄暗い室内にやっと目が慣れてきた。
広い空間の奥に、燭台が二つあり、どちらも蝋燭に火が灯っている。
その間には台座が設置されており、黒いビロードの布が被されている。

そして、その上に少女が横たわっている。

逃げられるのを防ぐためなのだろう。
後ろ手に両手首を縛り、両足首も縛られている。

「彩香!!」

気を失っているのか、私の呼びかけに返事はない。
慌てて駆け寄り、頬を軽く叩いて、何度も名前を呼んだ。

しかし、いくら呼びかけても反応はない。
仕方なく、私は先に手足に縛り付けられた紐を解くことにする。

黒い紐は、彩香の手足をしっかりと結んである。こんな紐で縛られていたら、さぞや苦しいだろう。
私は月雅を台座に置くと、その黒い紐に右手を伸ばした。

「深月、危ない!!」

ユキちゃんの声に驚いて、慌てて後ずさる。

式神のみんなが私の周りを固め、警戒する。

彩香を縛っていた黒い紐が、ゆらりと動いた。
紐に見えていたそれは、てらてらと光り、牙を剥いて鎌首をもたげた。

「蛇!!」

「キシャーッ」

蛇は私に向かってくるのではなく、月雅にその長い体を巻き付ける。

そして、月雅にその牙を穿った。
じわじわと月雅は闇色に染まってゆく。
既に私の身体の一部のような扇が、私から切り離されて、汚されてゆく。

「う、嘘っ!!やめて!」

私は叫び、月雅を助けようと手を伸ばした。

「無駄なことよ」

どこからともなく現れた爺が、月雅を手に取り言った。

「爺、月雅を返して!」

「ほっほ、もう遅い。この武器を手離したお主の甘さと無謀さを恨むが良い」

なんてこと!
まんまと爺の罠にはまってしまった。
彩香を助けるどころか、大事な月雅まで奪われてしまい、悔しくて唇を噛み締めた。

「おのれ!」

シュリが飛び出し、月雅を取り戻そうと爺に襲い掛かった。

爺は月雅を握ると目を閉じ「むん」と唸り、力を注ぎ込む。

「くっ!」

シュリの手が爺に届く前に、苦しげな様子で心臓を押さえて、片膝を付いた。

「シュリ!!」

ユキちゃん、ヤト、ハヤトくんも次々に心臓を押さえ、皆一様に顔色は真っ青で、呼吸も荒くなってくる。

「みんな!!」

そしてそれは、あっと言う間の出来事だった。
式神のみんなは月雅の宝玉の中に吸い込まれるようにして姿を消した。

「ユキちゃん、ヤト、ハヤトくん、シュリ!お願いだから返事をして···ユキちゃん!ユキちゃん!!」

何度も何度も名前を呼ぶけれど、私の声は虚しく響くだけで、姿を現す者は誰もいなかった。

「式神たちは既にお主の元を離れた」

「えっ!」

月雅のみならず、式神も奪われたというの?!
心にぽっかり穴が空いたようで、目の前が真っ暗になる。
私のもとには何も残ってはいない。
現状を受け入れきれずに、胸が疼き悲しみが込み上げてくる。

自分が如何に浅はかだったか。
みんなを頼りすぎて、油断をしたのか。

私の周りにいたみんなが、急にいなくなってしまい、私は世界から見放されたような気がしていた。
式神がいて当たり前になっていたんだ。

ぎゅっと拳を握りしめる。
これから、どうしたらいいんだろう?


···待って。


落ち着け私。

私が落ち込んでいたって、状況が変わるわけじゃない。
くよくよしたってどうにもならないんだ。

大きく呼吸をして目の前を見る。
危険な状況にある彩香が目に飛び込んでくる。

そうだ。
私は彩香を助けるためにここまで来たんだ。
本来の目的を忘れてはいけない。
式神のことは、きっと、いいえ。絶対にどうにかなるし、上手くいく。

前を向いて、良く考えよう。
きっと方法があるはず。
とにかく、探りを入れて、現状を打開しよう。
私は爺をしっかり見据え言った。

「あなたは一体何者で、何が目的なの?」

爺は私の声に答えもせずに、手に持った月雅を彩香の眉間にあてがった。

「彩香!!」

闇に染まった月雅は、それ自身が意思を持つようにドクッと脈打ち、彩香の力を吸い上げる。

「うう···爺、苦しい」

目を覚ました彩香もまた、苦悶の声を上げる。

「姫よ、辛抱しておれ。あと少しでこの法具が完全な闇に染まる」

「止めなさい!」

私は彩香を助けようと動き出した途端に、爺は左手に握った杖を私に突きつけた。

「お主、下手に動くと姫の命はないぞ」

慌てて動きを止め、ジリジリと爺から後ずさる。
おかしい。
爺は彩香の事を大切にしているんだと思っていた。
でも、これはどう見ても生気を吸い取っている。
命を削っているようにしか見えない。

「このままだと彩香が死んじゃう。爺は彩香が大切じゃないの?」

「大切に決まっておろう」

「それじゃあなんで、命を奪うようなことをするの?」

爺は私の顔を見てほくそ笑んだ。

「姫はのう、生けにえよ」

「「!!」」

生け贄?!
今どき、何よそれ!
爺は頭がおかしいんじゃないの?

驚いた彩香は逃げ出したいが、動く事もできないほど弱り切っている。

そして、「嫌、死ぬのは嫌」と、弱々しく嘆き、涙を流した。

爺の笑みは邪悪さを増して、薄ら寒さを感じる。

そして、月雅は彩香の力を吸って大きくなり、闇の濃さもより深く、黒い霧が扇を取り巻いた。
彩香はガクガクと小刻みに震え、目は虚ろになり、呼吸は浅くなった。

「大切な儂の生け贄の姫よ。幼い頃よりお育てした甲斐があった。生まれ持ったその資質は、闇の大王おおきみを復活させるにはちょうど良い贄となろう」

「闇の大王?!」

爺は腹の底から大きな声でひとしきり笑うと、語り始めた。

「そうよのう。最高の生け贄、最高の闇の法具、そして、最高の闇の大王の依代よりしろが揃った。儂の千年の夢が叶う時が来た。闇の大王の復活じゃ」

ちょっと待って。
嫌な予感しかしないんだけど。

最高の生け贄とは彩香の事だ。
最高の闇の法具は、闇に染まった月雅の事だろう。
それじゃあ最高の闇の大王の依代と言うのは、まさか!
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