上 下
55 / 103

本選5

しおりを挟む
「深月、身を低くして掴まれ。朱雀の炎は私が防いでみせる」

ユキちゃんは危険を顧みずにそう言ってくれるけど、彼を朱雀の炎に近づけたくはない。
いくら相剋関係を無視できるといっても、全くの無傷で済むといったら嘘になるから。

朱雀の炎を避けながら、脚環を破壊するためにはどうしたら良いんだろう。
朱雀は敵を追跡する時は炎を撒き散らしはしなかった。
それを利用すれば···あっ!あの方法ならいけるかもしれない。

「ユキちゃん、ありがとう。朱雀に近づいたギリギリの所で、私の指示に従ってくれる?考えがあるの」

ユキちゃんは私の言葉に、一瞬押し黙った。

「無茶なことを考えているだろう。やめておけ」

あ!やっぱりバレてるか。
無茶だとわかっているけど、やめる訳にはいかない。
ユキちゃんを危険に晒してまで、自分の身を守ろうとは思わない。

「ううん、やめないよ。多分これが一番いい方法だから」

ユキちゃんは、はあっと大きなため息をついた。

「一度言い出したら、てこでも動かない。それがお前だ。仕方がない、深月の指示に従おう」

「うん!それじゃあ、間髪入れずに指示を出すからよろしくね」

「わかった。いいか、くれぐれも無茶しすぎるな」

「はーい!」

私はしっかりユキちゃんに掴まった。

ユキちゃんは走り出して、徐々に加速してゆく。
そして、朱雀まであと少し、という所で私は指示を出した。

「ユキちゃん、急上昇」

私の声に即座に反応し、螺旋状に上へと駆け昇る。

朱雀は慌てて私達の後を追ってくる。

朱雀の羽根は飛来するけれど、ユキちゃんと私は全身でそれを感じ取り、全て防ぎ切る。

私はユキちゃんの背にそろりと立ち上がって、朱雀との距離を測る。

よし、ここだ!

「ユキちゃん、このまま上昇」

その言葉を残し、私はユキちゃんの背を蹴った。

朱雀はひたすらユキちゃんの後を追い上昇する。ユキちゃんはおとりだ。
ユキちゃんに集中している朱雀は、案の定炎を広げてはいない。

私は空中で回転をすると落下しながら朱雀を待つ。

上昇する朱雀と落下する私。

心の中でカウントする。

いち、に、さん!

重なり合う一瞬の間。朱雀の脚環がクローズアップされたように黒く光る。

私は大きく息を吸い、月雅を真横に払った。

バキっと派手な音を立てて、見事に脚環は砕け散った。

パラパラと空中に飛散する脚環を見つめながら、私は叫んだ。

「ユキちゃん、急降下!」

落下するよりも速く、ユキちゃんは私に追いつき、その背で受け止めてくれた。

少しヒヤッとはしたけれど、上手くいってよかった。

脚環を破壊された朱雀は、空中で羽ばたきこちらを見ている。
不意に朱雀と目があった。
その瞳は輝く光を取り戻している。 
私のもとにあの頃の朱雀が戻ってきてくれたように思えてならない。
術具から解き放たれた今、彼は何を思うのだろうか?

舞台に降り立ったユキちゃんは、私を下ろすと「深月···」と、低い声を出した。

あれ、この声。もしかして怒ってる?

ひえぇ、ユキちゃんが怖い目をして睨んでる。

「無茶しすぎるなと言ったばかりじゃないか。なぜあんなことをする」

一歩後ずさった私は、びくつきながら答えた。

「え?いやあ、あれしかいい方法が思い浮かばなかったんだよね。でも、上手く行ったし結果オーライじゃない?」

しかし、私の言葉で更に機嫌の悪くなったユキちゃんは、バシッと尻尾を床に叩きつけた。

「結果オーライじゃないだろう。お前に何かあったらどうするつもりだ」

うわ!
本格的に怒ってるよ!

「ごめん!今後は気をつけるから」

そう謝ると、ユキちゃんはふぅっと、長いため息をつき、私に頬ずりをする。

「あまり心配させるな。お前がどんな性格をしているか、分かっているつもりでいたんだがな。あれじゃ、心臓がもたない」

それはそうだ。
ほぼ捨て身の攻撃だったからね。
この作戦はユキちゃんを信頼しているからできたのであって、他の式神だったらまずやらない。

私はユキちゃんの首を撫でて、もう一度謝った。

「ホント、ごめんね。ありがとう」

その時、ピクっとユキちゃんが動いた。その視線の先には彩香がいるはず。

「深月、心してかかれ」

緊迫したユキちゃんの声に、なにかが起こっている事を察した私は、月雅をぐっと握り振り向いた。

「ああっ!熱い···ダメよ···ううっ···」

彩香は右手を前に突き出して、苦しそうに呻く。
法具の手甲鉤からはもうもうと煙が上がり、端からポロポロと崩れてくる。

「法具が崩壊する。深月、危険だ!下がれ」

私はかぶりを振ると駆け出した。

法具が崩壊する時、軽い爆発が起こる。

宝玉の中の式神が自分の身を守ろうとして、持てる力を解放するために起こる現象だ。
この爆発で宝玉が傷つくことはないが、法具の持ち主がこの爆発に巻き込まれたら、命を落とすことになる。

この時点で法具に近づくのは、とても危険だと言うのは分かっている。
でも助けると決めたからには、このまま彩香を放って置くことはできない。
彩香の側まで来た私は、その顔を覗き込む。
目は焦点が合っておらず、引きつった笑みを顔に貼り付けているように見えた。

「彩香っ、法具を外すのよ!早く」

私の声にビクっとし、小さく頭を振る。

「それは、···ムリよ」

この期に及んでまだ抵抗するの?!

法具はカタカタと音を立て始め、宝玉が膨張しているように見える。

もう限界だ。時間がない!

「彩香、死んじゃダメよ」

私は無理やり彩香の右手を掴んで、法具を外し舞台の上空へと投げた。

観客を危険にさらさない為に、法具を投げる場所は上空しかなかった。でも、そこには朱雀がいる。
このままだと彼に被害が及ぶ。

私はとっさに叫んだ。


「朱雀、舞台へ降下」

『お願い、どうか私の声に応えて!』

無茶な指示だとは分かっているけど、朱雀を傷つけたくないんだ。

彩香は私の声にぎょっとしている。

朱雀はバサッと翼を大きく広げ羽ばたき、一気に降下する。
私の投げた彩香の法具を掠めて飛び、地上に降り立つやいなや、上空で手甲鉤は爆発を起こした。

朱雀は私の指示に従ったように見えた。

彼が無事で良かったと思う反面、主以外の者の指示に従う事があるのかなと不思議に思った。

「朱雀、なんで深月に従うの?」

彩香は瞠目してそう呟き、私と朱雀を交互に見る。

朱雀は『ピュイー』と一声鳴くと、大きな翼を折りたたんだ。
そして、朱雀の身体からは赤い光が溢れ出した。
その姿は背の高い青年へと変化した。

長い赤髪を後ろで結わえた二枚目な彼は、とても優しい眼差しで、微笑みながらこちらを見つめている。

「朱雀?」

私の呼びかけに一礼をした朱雀は、こちらに歩み寄り、私の前にひざまずいた。

「祭雅、これは夢ではないのでしょうか?」

ああ、この声は懐かしい。
千年前の記憶がわずかに蘇る。

だけど、いいの?
主が隣りにいるのに、私にひざまずいた上に頭を下げるなんて。

「な、何が起こったの?!朱雀が人の姿をとるなんて思いもしなかったわ!···ねえ、朱雀。聞こえる?深月を攻撃してちょうだい」

彩香の指示が出ても、朱雀は従おうとせず、しばらくその瞳に悲しみを宿していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

たまごっ!!

きゃる
キャラ文芸
都内だし、駅にも近いのに家賃月額5万円。 リノベーション済みの木造の綺麗なアパート「星玲荘(せいれいそう)」。 だけどここは、ある理由から特別な人達が集まる場所のようで……!? 主人公、美羽(みう)と個性的な住人達との笑いあり涙あり、時々ラブあり? なほのぼのした物語。 大下 美羽……地方出身のヒロイン。顔は可愛いが性格は豪胆。 星 真希……オネェ。綺麗な顔立ちで柔和な物腰。 星 慎一……真希の弟。眼光鋭く背が高い。 鈴木 立夏……天才子役。 及川 龍……スーツアクター。 他、多数。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...