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式神戦3

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ハヤトくんは二匹を地面に下ろすと、肩を竦ませながら私の元へと戻ってきた。

そして、くまちゃんとわんちゃんに相対するヤト。

右手を空へ向けて掲げた。

ヤトの周辺には青白い炎が出現する。それは一斉にくまちゃんとわんちゃんに襲いかかった。

くまちゃんとわんちゃんは上手にその炎を避けてゆく。
しかし、ヤトは炎の軌道を操り、くまちゃんとわんちゃんに命中させた。
と言っても、ほんの少しかすった程度に手加減している。
ヤトもちょっとは優しいところがあるじゃない!

「くまちゃん!」

「わんちゃん!」

桜子ちゃんと薫子ちゃんは、悲しげに叫んだ。
式神が傷ついたことに酷く動揺しているようだ。
二人共、暫くうつむいていたかと思うと、同時にキッと顔を上げた。

「「許さない!!」」

二人はわなわなと震えながら、それぞれの式神に向かい指さし命じた。

「森のくまちゃん!変化、ツキノワグマ」

「森のわんちゃん!変化、黒狼」

二人の声が響いた。
くまちゃんとわんちゃんは、赤い光に包まれたかと思うと、いきなり体が巨大化した。

くまちゃんは可愛い子熊からツキノワグマに、わんちゃんは愛らしい子犬から黒い狼に変化した。

どちらも先程の可愛らしさは、微塵もなくなってしまった。
森を守る主のようなその姿は、獰猛な獣ではあるが、猛々しく美しい。

凄い!
ただ可愛いだけの式神ではなかった。
怒りによって一気にパワーアップした感じがする。

「ツキノワグマ!攻撃」

「黒狼!攻撃」

桜子ちゃんと薫子ちゃんの指示が飛ぶ。

ツキノワグマは雄叫びを上げ、黒狼は遠吠えをしてヤトに襲いかかった。

ヤトは赤い眼を細め、口の端を上げるとひらりと飛び上がりその攻撃をかわす。

そして、青白い炎を出現させて解き放った。

迫りくる炎を、ツキノワグマと黒狼は軽々とかわし、ヤトを攻撃する。

しかし二匹の攻撃は、届くことがなかった。
ヤトは空へと浮かび腕を組んだ。
そして上空から二匹を見下ろすと、その赤い眼をギンと見開いた。

その瞬間、あたりの空気が一変した。
ピーンと張り詰めた重い空気が二匹にのしかかる。

ヤトの威圧がかかり、ツキノワグマと黒狼は動くことができず、身体が総毛立つ。
声を出すこともできず、ジリジリと後退していく二匹に向かい、桜子ちゃんと薫子ちゃんは声の限りに叫んだ。

「ツキノワグマ、頑張って!攻撃よ」

「黒狼!戦って、お願い」

二匹は共にブルブルと震えたかと思うと、口から泡を吹いて倒れてしまった。

「「ああっ!!」」

桜子ちゃんと薫子ちゃんの悲痛な声が響き、ヘナヘナと崩折れた。

ヤトは大地へと降り立ち、ツキノワグマと黒狼にとどめを刺すべく近寄る。

「ヤト!そこまでよ」

桜子ちゃんと薫子ちゃんは、すっかり戦意を喪失している。
これ以上の攻撃は無意味だ。

ヤトは「もう終わり?」と呟いて威圧を解き、私の元へと戻ってきた。

その途端、ツキノワグマと黒狼は目を覚まし、ぽんと変化した。
小さなくまちゃんとわんちゃんに戻った二匹は、桜子ちゃんと薫子ちゃんの腕の中へ飛び込んだ。

ヤトは上手く戦ってくれたと思う。
甘い考えかもしれないけれど、相手は子供だしね。
あまり、傷つけ合うところは見てほしくない、というのが私の本音だ。

私は桜子ちゃんと薫子ちゃんの前にしゃがむと、微笑んで話しかけた。
 
「二人とも、私の式神と戦ってくれてありがとう」

私の言葉に二人はホッとして、少しだけ元気になったようで、立ち上がって答えた。

「ミツキお姉ちゃんの式神、強かった」

「うん。私達、負けたの初めて」

「そうなの。それなら今度の大会までもっと強くなってね。それでまた私と戦ってくれる?」

「「うん!!」」

桜子ちゃんと薫子ちゃんは頷くと、やっと笑顔を見せてくれた。

そして、「「またねー」」と言って、大きく手を振り帰っていった。

私は式神達を引き連れて事務所へと戻ったんだけど、それからお客さんはひっきりなしに現れ、結局のところ仕事にならなかった。

翌日、拓斗さんに昨日の顛末を語ると、笑いながら答えた。

「それは災難だったな。まあ、この時期は皆うちの事務所に来るだろうな」

「えっ、どうして?」

「ああ、伶さん目当てだよ。なにせ、昨年の大会優勝者だから」

優勝者か。
伶さん強いもんね。

「それは頷けるんだけど、仕事にならないのは困りものだよね」

「それもそうだな···よし!」

そう言って拓斗さんはPCに向かい、なにやらプリントアウトしている。
取り出した用紙をボードに挟み、なぜかドヤ顔で私に差し出した。

「これでどうだ!対外試合予約表」

「予約表?」

「そう。一日限定五組までなら大丈夫だよな?」

「へっ?大丈夫だよなって。伶さんじゃなくて、私が戦うの?みんな伶さん目当てで来るんだよね」

拓斗さんはうんうんと頷きながら答えた。

「対外試合はお前の担当になる。伶さんは多忙だから、あまり負担をかけたくない。それにお前、陰陽師になりたてで、圧倒的に実戦経験が足りないだろ?」

「うん」

それはその通りだと思う。
過去の記憶はあるけれど、経験不足は否めない。

「だからさ、ちょうどいいじゃないか!武者修行だと思って頑張れ」

「ええっ?!もしかして、大会前日まで続いたりするの?」

「そうだ。それで、お前に勝てた奴が伶さんに挑戦できるって仕組みだ」

ひぇぇ!!
一日五組と戦うのもしんどそうなのに、負けたら伶さんに迷惑をかけてしまう。

絶対に負けられないじゃない。
これは気を引き締めて行かなければ!

「その間の仕事はどうするの?」

「対外試合が仕事になるな。お前の実力が上がればうちの利益になるから、怪我をしないように頑張れ。でも、お前に勝てる奴がいるとは思えないがな」

ふーん、そういうものなのかな?
対外試合が仕事だと言われれば、頑張るしかないよね。

ということで、私は毎日対外試合に精をだす事になった。

朝も早くからひっきり無しに陰陽師が訪ねて来る。
先着五組と対戦する方式にしたら、なんと初日に全ての日程が埋まってしまった。
そして怒涛の戦いの火蓋が切られた。

 
「ま、参りました···」

今日で五日目になるのかな?
このセリフ、何回聞いたのだろう。
戦い自体は楽勝なんだけどね···。

今日の最後に対戦したのは、かわいい系の女性陰陽師だ。
彼女は私の足にしがみつき、必死に訴えかけた。

「あの、お願いです。一目でいいから伶様に会わせて貰えませんか?」

またか!

「ダメです」

「そこを何とか」

必死にしがみついてくる彼女は、涙目になっている。
でも、この顔に騙されちゃいけない。

「だから駄目だって」

私は顔を引きつらせながら、彼女の腕をバリッと引き剥がした。

そう。
何が大変かというと、こういう伶さんファンをあしらうのがひと苦労なんだ。
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