上 下
26 / 96

引越し

しおりを挟む
私は自分の中で引越しの計画を立てたんだけど。

「引越しは今日でもいいのか?」

ユキちゃんが私の後ろでそんなことを口走った。

「へっ、今日?」

引越し業者とか、箱とか。
何も手配してないのにいきなり引越しって?

「出来るんだったら、これからでも構わないが」

伶さんの言葉に頷くユキちゃん。

「深月、こういうことは早いほうが良い。早速、今から引越すぞ」

「ええっ?!いやあ今からって、急過ぎないかな?」

しどろもどろに答えると、ユキちゃんは私の手を掴み「行くぞ」といい、かなり強引に連行された。

あの、私の意見は無視ですか?

それから式神三人に引きずられるようにして自宅へ戻った。
何故かユキちゃん主導で引越しが始まってしまった。

「深月、お前は必要なものと不要なものを分けろ」

「えっ?!う、うん」

私は、クローゼットの中の衣類などを取り出し、分別を開始した。

「玄武は先ず大人の姿になれ。次は深月の分けた必要なものを、この箱の中に詰めろ」

「わかった」

ユキちゃんはどこからかダンボール箱を取り出し、大人の姿になったハヤトくんに渡した。

「狐は深月の分けた不要なものを、この袋の中に入れるんだ」

「······」

ユキちゃんはヤトにゴミ袋を渡した。

各々が黙々と作業をしてゆく。
ユキちゃんがその都度指示を出し、作業は滞りなく進んだ。
辺りはすっかり暗くなり、周りの人通りもまばらだ。

新居に運ぶ荷物は積み重なってゆくけど、一体これをどうするのか?

「狐、外に出て待機だ」

「···お前はいちいち指図するな」

ヤトは文句を言いながらも、ユキちゃんの指示で窓から外に飛び降りた。

って、何やってんの!

ここ二階なんだけど!

焦りまくった私は慌てて窓辺に駆け寄ると、ヤトはふわふわと宙に浮いて腕を組んでいる。

すっかり忘れていたけど、この人空飛べるんだった。
私は窓枠に寄りかかり、ふぅっと安堵の息を吐く。
心臓に悪いから、ホント止めてほしい。

「よし、狐は天狐に変化」

ユキちゃんは周りを見回して、人気がないのを確認した後、指示を出した。

ヤトは大きな天狐に変化し、窓ギリギリの所までつけた。

「深月、玄武。荷物を狐の背に載せるんだ」

ハヤトくんがヤトの背に乗り、私が荷物を渡す。
こんな時、式神って便利よね。引越し業者要らず!
···なんて思ってしまった。

ただし、騒ぎになるから夜間しか使えないけれど。

全ての荷物をヤトの背に載せ終え、私達も一緒に乗る。

待って、これ少しでも動けば落ちそうなんだけど。

「玄武、結界だ」

「白虎はさ。アイデアはいいけど、僕たちをこき使い過ぎだよね」

「グダグダ言わずにさっさとしろ」

「はーい」

ハヤトくんは返事をするとすぐに、ヤトの背に結界を張った。
この結界により、私達と引越しの荷物は固定された。
少々の振動ではびくともしないのが、この結界の凄い所だ。
これで、荷物も私達もここから落ちることはない。

なるほどね。
結界にはこんな使い方もあるのか!
って、普通はこんな使い方、まずしないだろうけど。
感心していると、ヤトは空へと駆け上がって行った。
ぐんぐんと上昇して事務所を目指す。

陸を移動するのと、空を移動するのではかかる時間はまるで違う。
本当にあっという間に事務所に着いてしまった。

結界を解除し、荷物を事務所の入り口付近に降ろす。

「深月は、ここで荷解きだ」

「あれ、みんなは?」

「我らは戻って後片付けをしてくる」

「···よろしくお願いします」

みんなで部屋に荷物を運び入れ、私が片付ける。

その間、式神たちは自宅へと戻った。その手に箒や雑巾を持って。

ユキちゃんは私と自宅の間を行ったり来たりして、様子を見てたけどね。

うーん、なんというありがたさ。
もしも、一人で引越しをしたならば、こんなに直ぐには終わらない。

半日もかからずに引越しが終わり、残すは事務手続きなどだ。

他にもやることはあるが、まあ、微々たるものだ。

「深月、お疲れー。片付けは終わりそうか?」

そう言って拓斗さんがノックと共に部屋に入ってきた。

「拓斗さん、あと少しで終わるよ」

「終わったらリビングに集合な」

「集合って、なにかあるの?」

もう、仕事も終わってる時間だけど、これから一体何があるのか?

拓斗さんはニヤリと笑った。

「来てのお楽しみ。式神も一緒に連れてこいよ」

そう言い残して、拓斗さんはいなくなった。

しばらくして式神たちも戻ってきた。
あらかた片付けも終わったので、みんなでリビングへ向かう。

リビングの扉を開けると、思っても見なかった光景が広がっていた。

大きなテーブルの上には所狭しとお料理や飲み物が並べられている。

そして、事務所のみんながテーブルを囲んで、私達を待っているようだ。

私は目を見開いて尋ねた。

「あの、これは?今日は何かのお祝いですか?」

拓斗さんは腕を組み、笑いながら言った。

「お祝いかって?んー、間違っちゃいないけどな。今日は歓迎会だ」

「歓迎会?って、もしかして私の?」

「そうだ」

「うわぁぁ!ありがとうございます」

私、今日仕事始めたばかりなのに、寮に入れてもらい、歓迎会もしてもらえるなんて!

とても嬉しい。

そういえば、みんなが無事に帰れたらパーティーをしようとヤトに約束していた。

図らずも、願いが叶ったよね。

私はヤトに「祝杯だよ」と言うと、ヤトは口の端を上げて頷いた。

私達の前に伶さんが来た。

「深月、初日から色々あって大変だったとは思うが、今後もこの調子で頑張って欲しい。今日は歓迎会だ。思う存分食べて飲んでくれ」

「はい!」

私は伶さんにお礼を言い、席についた。

乾杯の言葉で始まった歓迎会。

手に持つグラスには、それぞれ好きな飲み物が入っている。

私はお酒が飲めないので、ぶどうのジュースを頂くことにした。

式神たちは全員お酒だ。

ユキちゃんは日本酒、ヤトは焼酎。
ハヤトくんはワインを好んで飲んでいる。

みんなに酔わないの?と聞いたら、少し温かくなるくらいだと言っていた。
なんだか羨ましい。

私がお酒を飲んだら大変なことになる。
途中で記憶が飛んでしまうから、恐ろしくて飲めない。
だんだん目が霞んでくるし、ほら、こんな感じに二重に見えてくる。

あれ、おかしいな。
これ、ジュースよね?なんで二重に見えるのよ?
今日は疲れすぎたのだろうか?
私がグラスを目の前に掲げていると、ハヤトくんが私の側により言った。

「ミツキ、そろそろ僕のワイン返してくれないかな?」

「へ?」

「さっきから飲んでるの、それ僕のワインなんだけど」

ええーー!私が飲んでたのってお酒?!これ、ジュースじゃなかったの?

ど、どうするのー!
ああ、目が回る。

ガクッと膝が折れて両手を床についた。
それまでは確かに覚えてるよ。

そう。
あとは真っ白な世界の中にいた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛してると言いなさい・番外編

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:54

君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:15

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:59,959pt お気に入り:3,692

「今日でやめます」

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:16,244pt お気に入り:270

竜神に転生失敗されて女体化して不死身にされた件

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:800

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,800pt お気に入り:4,153

「桜の樹の下で、笑えたら」

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:167

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,003pt お気に入り:7,305

処理中です...