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祝福の恋

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 春の大地に足を踏み入れると、柔らかな風が頬を撫で、地面からは新芽が顔を出していた。地球が目を開いたのは、まるで永い眠りから覚めたような感覚の中だった。世界は鮮やかで、命の気配がどこからともなく湧き上がってくる。

 「おや、目覚めたのね。」
 声の主を探すと、輝く緑の髪を持つ少女がそこにいた。春の精霊「アリス」。彼女の微笑みは、心を温かく包み込む。

 「君は?」地球は問いかけた。
 「私は春を司る者。あなたを迎えに来たの。」
 アリスの声には不思議な安堵感があり、地球はそのまま彼女についていくことを選んだ。

 彼女に連れられて訪れた森では、小鳥が歌い、川のせせらぎが響いていた。しかし、心の奥底には不安が残る。春の輝きの中でさえ、地球はかつての自分の姿を思い出していた。荒廃し、傷ついた世界。再生するにはあまりに遠い夢のように思えた。

 「何をそんなに怯えているの?」
 アリスは足元の新芽を優しく撫でながら問いかける。
 「僕にはわからないんだ。この世界で僕が何をすべきか、何のためにここにいるのか。」

 アリスはふと真剣な表情になると、地面から一輪の花を摘み取った。
 「この花が咲くには、種が自分の殻を破らなければならない。それは痛みを伴うもの。でも、殻を破らなければ、外の世界に触れることはできないの。」
 彼女はその花を地球に差し出す。

 「あなたも、もうその殻を破る時よ。」

 地球は思い知らされる。自分が抱えている恐れは過去のトラウマだった。何度も破壊され、再生を試みても果たせなかった過去の記憶が心を支配していた。

 「でも、怖いんだ。壊れるのが。」
 アリスは優しく地球の手を握りしめる。
 「壊れることを恐れていては、新しい何かを作ることはできないわ。」

 その言葉と共に、彼女は地球を森の奥深くへと連れて行く。そこには、巨大な古木がそびえ立っていた。その幹は傷だらけで、ところどころ焦げた跡がある。それでも、新しい枝葉が力強く伸びている。

 「これは?」地球が尋ねると、アリスは静かに答えた。
 「これは私たちの命の象徴。どんなに傷ついても、再び芽吹く力がある。それを信じなさい。」

 地球はその木に触れると、自分の内側に眠っていた感覚が蘇るのを感じた。自分はただの存在ではなく、すべてを育むための土台だったのだと。アリスの笑顔に励まされ、地球はようやく過去の記憶と向き合い、その痛みを受け入れる決意をした。

 夜が訪れ、星々が輝く下でアリスは最後の言葉を地球に残した。
 「あなたは変わることができる。けれど、その一歩を踏み出すのはあなただけ。私はただの春。次の季節でまた会いましょう。」

 彼女は風のように消えていったが、地球の中には彼女の言葉とともに、小さな花が咲いていた。それは希望の花だった。
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