勇者召喚に巻き込まれた俺はのんびりと生活したいがいろいろと巻き込まれていった

九曜

文字の大きさ
上 下
17 / 21

この作品の今後についての連絡

しおりを挟む


 これはまだ、事務所が男二人で経営されていた頃の話。

 


 九条氏が経営する事務所に勤める伊藤は、両手に沢山のお菓子を持って歩いていた。

 道ですれ違う人々が時々不思議そうな顔をして振り返る。ああ、透明のビニール袋にするんじゃなかった、と彼は後悔した。

 ぶら下げている袋の中にはポッキーで溢れかえっていた。

 ここ最近、かなり内容的に厳しい調査があり、昨日夜ようやく解決を迎えた。多分、あの九条さんだから家にも帰らず事務所で寝入っているに違いない。そう彼は確信していた。

 仕事を終えた後、普通の人間ならば酒を飲んだり、美味しい食事をしたりして打ち上げるだろうが彼は違う。酒よりA5ランクのステーキより好きなものがある。

 見慣れたビルに入りエレベーターで5階へ上がる。一番奥の扉を開けた途端、まずソファから飛び出ている足が見えた。やはり、九条氏だった。

「九条さーん! 疲れてるのわかりますけど、風邪ひきますよー?」

 呆れて彼は大きな声をかける。寝起きの悪い九条氏は普通の呼びかけではなかなか起きない。ため息をついた伊藤は、持っていた袋からポッキーを取り出して一本寝ている男の口に突っ込んだ。そこでようやく、ゆっくり九条氏が目を開ける。

「九条さーん!」

「……ふぁい」

「せめて仮眠室で寝たらどうですか! 風邪ひきますよ」

 寝起きのぼんやりした顔で、とりあえずもぐもぐと棒を食べる。面倒くさそうに起き上がった彼の後頭部には立派な寝癖がついていた。

「まあ今回の調査大変だったでしょうけどー。普通家の方がゆっくりできるじゃないですか、こんな狭いソファで寝なくても」

「帰るのが面倒で、次の日出勤するのも面倒で」

「もう、今日は休みにして帰ったらどうですか」

「ところで伊藤さん、ずいぶんまた大量に購入してきてくださったんですね?」

 九条氏は置いてあるビニール袋を指さした。普段から事務所には大量のポッキーのストックがあるのだが、今日はまた山盛りだ。

 伊藤がああ、と思い出したようにいう。

「ほら、今日って11月11日! ポッキーの日じゃないですか、安売りしてたから沢山買っちゃいました!」

 笑顔でそう告げた途端だ。九条氏が目を丸くして勢いよく伊藤を振り返る。その様子に少し驚いた伊藤がたじろいだ。

「え。ど、どうしました九条さん」

「……不覚」

「え?」

「私ともあろうが……そんな一大イベントを忘れていたなど……! 土下座して謝りたい……」

「誰に土下座するつもりなんですか」

 呆れて伊藤は言う。

 この九条という男、天然なのかいつも人とズレているし意味がわからないことが多々ある。そんな彼に突っ込むのも伊藤の仕事の一つだ。

「そもそも一大イベントって言ったって、何かするわけでもないでしょう? 普通の人は今日はポッキー食べよ♪ ってなるけど、九条さんは毎日食べてるんだから」

「いえ、毎年この日はポッキーが生まれてきたことに感謝して三食ポッキーにするようにしてるんです」

「彼女の誕生日と勘違いしてませんか?」

「何言ってるんですか伊藤さん、私今彼女なんていませんよ」

「たとえですよ、例ええええ!!」

 だめだ、ツッコミ疲れる! 毎日毎日、どうして九条さんはこんなにボケてるんだ! 伊藤は心の中で嘆く。

 九条氏ははあと切なげにため息をつき、新しくポッキーを齧った。

「忘れていたなんて……ポッキーの日を……」

「前から思ってたんですけど九条さん、もし今彼女がいたとして、ポッキーと私どっちが好きなの!? って迫られたらどうするつもりなんですか」

 自分でも馬鹿馬鹿しいと思う質問を投げかけた。でもそういう状況が安易に想像ついてしまう。てゆうか経験あるんじゃないかな九条さん。

 彼はぽりぽりとお菓子を食べながら平然と言った。

「そんなことを言う人とはお付き合いしません」

「わあ……揺るがないなあ……」

「その代わり私も相手が好きなものは尊重します。相手が好きなものを否定するのはいかなる仲でも行わないべきだと思います」

 まあ、意外とまともな答え。伊藤は納得する。九条さんの場合度を超えてるんだけども。

 九条氏はなお続ける。

「伊藤さんお米好きですよね」

「好きですよ、日本人ですもん、米ない生活なんて無理です」

「私の場合それがたまたまポッキーだっただけです。おにぎりと同じ立ち位置です。主食でこれがないと無理なんです」

「ううん、なんかうまいこと言って納得させられてる気がするけど、とりあえずいつか九条さんと付き合う彼女は大変だろうなってことだけはわかりましたよ」

「それは同感です」

「同感するんですか」

 伊藤は大きく笑う。顔はいいけど中身これじゃあな。扱いが上手い人じゃなきゃ九条さんの相手は務まらない。

 そう思えば、彼女じゃなくたって……。今この事務所でもう一人誰かを雇いたがってるけど、九条さんとペアで調査するなんてめちゃくちゃ苦労するだろうな。どんな人が来るかわからないけど、今から心配だ。

「どうしました伊藤さん」

「いや。もしうちにもう一人増えたとして、その人は大変だろうなって同情してたんです」

「はあ、霊相手に働くのは根気がいりますからね」

(霊よりも九条さんとやって行く方が根気いると思う)

 口には出さず、心の中だけで彼はつぶやいた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...