デュアルトリガー

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第一章 二人の魔術師

1-1-1 お荷物魔術師

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 化物ケモノ
 数世紀前から存在し始めた魔の愚物ぐぶつたち。
 人が持つ生気せいきを嫌い、人類を滅ぼそうとする侵略者たち。
 その大群が目の前から、雪崩の様に押し寄せてくる。
 対して、化物たちが進む方向には一人の青年が立っていた。
 化物たちは彼を攻撃しようと移動しているのではない。ただ、南へ進もうと歩みを続けているだけ。それなのに、奴らが通った場所は死地へと変化してしまう。
 そんな存在が数多く猛突進しているのにも関わらず、青年は逃げようとしない。
 ただ一つ。構えをとってみせた。

「弱い...」

 一瞬の出来事だった。
 彼が振りかぶったかと思えば、その姿は既に残身になっていた。
 その手には一振りの剣を携え、見惚れてしまうほど綺麗な出立ちをしていた。
 彼が斬った先にいた化物たち。それらはいつの間にか跡形もなく消えていた。

「俺は、弱い...。もっと、強く!」




 ♢


 
「アリア!危ない!」

 化物の攻撃がすぐそこに迫っている女の子に俺は強く注意を叫びながら、彼女の前へと飛び出す。
 化物は大きく、硬い腕を使って重い一撃をくらわしてくる。

 ドッ!

 ビシィィッ!

 化物の腕と俺が持つ盾とがぶつかり合う。
 強く低い音と、脆く軽い音が交錯する。

「うがっ!」

 俺は化物の攻撃を受け止めきれず、後ろへと放り出される。
 俺が攻撃を受けている間に仲間が彼女、アリアを救出する。

「グゥオオオオ」

 化物は俺を吹き飛ばすと、とどめを刺そうと俺目掛けて突進してくる。

(くそっ。避けきれない!)

 俺が最後の足掻きに、ひびの入った盾を前へと突き出す。
 その刹那、一人の影が俺の前に現れた。

 ヒュッ!

 そして、俺の前に飛び出てきた女性は輝かしい剣をもって目の前の化物を一振りで半壊させた。
 未だ意識があるのか、目の前の化物はそれでもなおこちらへ近づこうとする。

「フッ!」
「ハッ!」

 そんなバケモノに対して左右から槍を持った男性と、斧を持った男性が同時に攻撃を仕掛ける。
 結果、半壊していた化物は全壊し、塵一つ残さずに消えて逝った。

「ふーっ。テスタ、大丈夫ですか?いくらアリアが危ないからといって、あなたが前に出るのはもっと危険なのよ?」

 俺の前に颯爽と現れた女性。エルフ精霊人のラヴィアナ。
 彼女は俺のことを心配して声を掛けてくれる。

「ありがとう。ラヴィ。俺のせいで逆に手間をかけさせてしまったな」
「そうじゃぞ。お主が前に飛び出たせいで我々が攻撃するのを躊躇ってしまったわい」

 ドワーフ石工人のバルグレイム。

「まぁ、結果的に考えりゃ、お前がターゲットになってくれたお陰でこっちはノーマークで攻撃できたから許してやるさ」

 ドラゴニュート龍人のカルバス。

「皆さん!テスタくんは私のことを守ってくれたんですよ。そう責めるものではありませんよ」

 そして、俺と同じヒューマン人間のアリア。

「いや、私は彼の心配をしただけなのだけど...」
「わしらだって先の戦闘を反省しておっただけじゃ」
「おうよ。その通りだぜ」

 化物を殺す方法は四通りにして一つ。
 エルフが持つ金の鉱石で作られた武器を以て壊すか。
 ドラゴニュートが持つ銀の鉱石で作られた武器を以て壊すか。
 ドワーフが持つ銅の鉱石で作られた武器を以て壊すか。
 そして、ヒューマンに数年に一人の割合で現れる聖女の力を以て壊すか。
 人類を滅ぼそうとする化物たち。それらを殺すことで報酬を貰い、生活をする。
 それが、俺たち化物狩ケモノガリであり、俺たちの様なパーティのことを指す。
 まぁ、とはいえ。見ての通り俺、テスタはこのパーティにおいては狩戦力しゅせんりょくになれない荷物持ちだ。

「それよりか早く帰って飯にでもしようぜ」
「そうですね。そろそろ日も明けてしまいますし...」
「わしは帰ったらすぐに寝ようかのう」
「ふむ。テスタはどうする?」
「そうだな~...パーティの管理物の整理かな」

 それでもいい。たとえ荷物持ちで、このパーティにとってのお荷物だろうと、皆について行きたい。
 俺は俺の出来ることを。いずれ必要とされなくなるその時まで。


 ♢


 大陸の東に存在する国、リサラ。その中央都市グラネス。

「すげー。神の軌跡だぜ」
「三種族の最強の戦士たちが集ってる最強のパーティ...」
「更に今世紀の聖女様まで一緒におられるなんて」

 俺のいるパーティはこの都市、というかこの国で最強と言っていい。
 化物を倒すためには金、銀、銅の鉱石で作られた武器。または、聖女の力を以てして倒すことができる。
 鉱石はエルフ、ドラゴニュート、ドワーフのそれぞれの種族でしか手に入れることができない。

「人がそれら鉱石を手に入れれば、来るは死」

 そんな言葉が古くからある。
 別にヒューマンが鉱石を採掘するのも、それらを使った武器を使用しても大丈夫なのだが、古くからその言葉だけは語り受け継がれてきた。
 結果それぞれの鉱石は三種族と呼ばれる間のみで使われるようになった。
 そして金、銀、銅で作られた武器にはそれぞれ特殊な力が宿る。金には敵を浄化させる力が。銀には敵を凍結させる力が。銅には敵を焼却させる力がある。
 聖女はヒューマンの中に数年で一人。最近では数世紀に一人の数で生まれてくる。聖女には化物に対する特攻力があり、奴らが嫌う生気を自由に操ることができる。
 まぁ要は、うちのパーティはその三種族で一番強い者たちとヒューマンの中で唯一の化物特攻持ちがいるのだ。
 このパーティは強い。これだけの戦力があれば、どれだけ多くの化物が相手だろうと、全て返り討ちにしてしまう。
 俺はそんな凄い仲間たちを自慢に思い、尊敬している。
 化物を討伐するために作られたギルド。その中にある酒場で俺たちは朝食をとっていた。

「さっきの化物がまさかタイミングよく報酬の値上がりしていた奴だったとはな」

 俺が改めてギルドの壁に立てかけられているボードを眺めながら呟く。

「おかげで予想よりも多めに資金を入手できましたね」

 その一人言を聞いていたアリアが嬉しそうにそう返す。
 ボードには今出現している化物が張り出されており、俺が見ていたのは既に”Clear”のハンコが押されているものだ。
 他に張り出されているものの中でも一番大きく張り出されているものが、先ほど俺たちが討伐した化物だった。
 いくつかのパーティがそいつに挑んだが、その全てが失敗。その化物による被害は増える一方。
 結果、俺たちが狩りに行って戻ってくる間に報酬が上がっていた。

「それもこれも、このパーティのみんなが強いお陰だな」
「その”みんな”には、ちゃんとテスタさんも入ってるんですよね?」
「まさか。俺はこのパーティではただのお荷物。みんなのおこぼれを貰っているだけに過ぎないさ」
「また!そんなことを言って」

 アリアを始め、このパーティは俺のことをちゃんと仲間として扱ってくれる。
 
(本当に、優しい奴らだな)

 そんなことを一人心の中にしまっておいてある。

「いいご身分だなぁ。お荷物持ちのお荷物さんよ」
「お陰で毎日美味い飯にありつけているもんなぁ」
「ハハッ。ちげぇねぇ」

 酒場にある内の一つのテーブルを俺たち五人で囲んでいる。
 そして、俺の後ろのテーブルでは三人がそれを囲んでいる。
 俺は背後を嫌々振り向くと、俺は『やはり』と思った。
 そこにいるのはいつも俺に小言をぶつけてくる三人がいた。
 俺の動きに合わせて、他の四人もそちらを向く。

「...」

 ラヴィが目を細めてじっと顔を見ている。

「誰でしたっけ?」

 アリアも同じようにしていたが、ふとそんなことを言い始めた。

「んなっ!?」

 それを聞いた一人がビールの入っているジョッキをあおっていた最中だった。
 驚きのあまり中身を吹き出すと、目の前にいる他の男に盛大にかけていた。

「はぁ!?オレたちのこと忘れやがったのか?!このギルドで化物討伐数がお前たちの次に多いパーティのリーダー。ジェイド・エイリスだ!あのエイリス家の嫡男の!」
「忘れるもなにも、わしゃこんな奴を知らんぞ」
「俺も知らねぇな。こんな数世紀最大のバカ、一度見たら忘れねぇと思うがな」

 ビールを吹いた男、ジェイドが必死に自分を誰だか教えるも、バルグレイムとカルバスに一蹴されてしまう。

「ぐはっ。...おえぇぇぇ!」

 ジェイドはうちのパーティに一切を知られてないことに精神的な傷を負ったのかその場に膝をつく。
 と、同時に吐く。

「大丈夫っすか!」
「とりあえずこれ使ってください兄貴」
「お、おう。ありがとな」

 明らかに飲みすぎ。ジェイドたちのテーブルにはすでに数十杯とジョッキが積まれていた。

「と、茶番はここまでだ。本番はな、お前に用があるんだよ荷物野郎」
「...なんだよ」

 名前で呼ばれなくても分かる。『荷物野郎』、これは俺のことだ。

「一体いつまで軌跡のパーティに居続けるつもりだよ。このパーティはな、どんな化物だろうと必ず勝つから軌跡なんだ。だけどよ、お前がこのパーティに居る限りいつかこのパーティは壊れちまうんじゃねぇかとこっちはヒヤヒヤしてんだ。この意味分かるよなぁ?荷物野郎——」

 ヒュッ!

 ビュゴオォォォォォォォォォ

「...なっ!」

 ジェイドが語る最中。一つの剣が凄まじい速さで抜かれる。
 綺麗な風切り音。そして遅れてやって来るその剣に込められた圧が辺りを押し飛ばす。

「三度目だ。貴様、テスタのことを『荷物』と呼んだな。ならなんだ?お前は虫か?ゴミか?それとも人の身をした化物か?これ以上私のパーティメンバーを悪く言うようなら...」

 怒りを沸々と表しながら、ラヴィがジェイドへと責める。

「まぁまぁ、落ち着いてくださいラヴィ。彼は一応は人間です。ここであなたが危害を加えてしまえばあなたが悪くなってしまう」
「...そうね。少し頭に血が上り過ぎたみたい。ありがとう、アリア」
「いえいえ、これくらいどうということはありませんのでどうかお気遣いなく」

(ほっ...)

 内心俺はどうしたらいいかてんやわんやだった。
 だが、アリアがどうにか宥めてくれて助かった。怒った時のラヴィは手に余る。
 俺はラヴィの剣圧に押し飛ばされ、尻をついたジェイドに向き直る。

「俺はこのパーティを抜けないよ」
「...は?」
「俺はこのパーティとは不釣り合いなんてことは自分が一番分かってる。だけど、彼女らとこの先を共に過ごしたいんだ。たとえ、この身が滅んだとしても...」

 俺の言葉に呆然とするジェイド。

「それに、俺が狩りの最中に死んだとしても彼女らは絶対に勝つよ。なにせ、最強のパーティだからね」

 俺がそう言い切ると、辺りが静かになっていた。
 周りにいた人たちも俺たちの方を見て足を止めていたようだ。

「さてと、わしはそろそろ寝に帰ろうかのう」
「あ?じいさんはこのまま俺に付き合え。まだ飲みたらねぇぜ。昼はこれからだろ」
「私たちは帰りましょうか。ラヴィさん、一緒にお風呂に行きませんか?」
「そうだな、狩りの後で汗ばんでいるからな」

 その静けさを切るようにパーティの皆が立ち上がる。

「さてと、俺も帰ってパーティの備品整理でもするかな。じゃあな、ジェイド」

 俺も立ち上がると、酒場の会計に受付まで行く。

「あ、そうだ。ちょっと騒いじまったからな。今日はうちのパーティが持つ。みんな好きに飲み食いしてくれ!」

 酒場に広がるように大声をあげる。
 すると、俺の言葉に男衆が雄たけびと歓声を上げる。

(たまには気前よくしといてもいいだろう)

 さっきもらった報酬自分の取り分を袋のままどさっとカウンターに置き、俺たちは酒場を去る。
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