罪の花と運命の糸

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人間と反転

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「その羽はまさか...」
「綺麗...」
「...」

 幸糸の背中に開かれた羽を見ると、クラウスは驚愕を。透禍は感嘆を溢す。
 羽が開かれると、幸糸の身体から霊力が湧き出る。

「その力...。”運命の糸”というのは精霊の力を使うことから名付けられたと思っていたが、名前のままだったということか」
「お前が知らないのも仕方ないな。僕がこの羽を開いたのは過去に一度だけだからな」

 クラウスの見解に幸糸は直接答えないが、否定も肯定もしない。

「精霊。それがお前の正体だったという訳だ」
「...」
「幸糸が、精霊」

 クラウスの言葉に幸糸は黙り、透禍たちは信じられないといった顔で二人の話を聞く。
 幸糸は空を仰ぐ。その際に、目線は自分自身が降りてきた空の切れ目を向く。
 そこは今も夜空の中にぽつんと空いており、眩しいほどの光を注ぐ。
 幸糸は地面に降り立つ。

「さぁ、第二ラウンドだ」

 幸糸は霊力不足を自身から湧き出る霊力を使って補う。
 しかし、その霊力は先ほどのものと違って、活性化しておらず、とても薄かった。

「ハッ。そんな力で俺に勝てると思っているのか。それでは”力”を使うこともできないだろ」

 クラウスが言う”力”とは幸糸とクラウスが使った”傷を消す”行為のこと。

「もうお前の攻撃は僕に当たることはねぇよ」

 そう言うと、幸糸はクラウスの視界から消える。

「なに!?どこに?」

 ドッ!

「カハッ」

 クラウスは側頭部を殴られたかのように体が揺れ動く。
 気づいた時には、幸糸は先ほどと同じ位置に立っていた。

「一体、何を」
「いいぜ、ここまで来たら色々話してやる。今のは僕の体を”運命糸”で無理矢理引っ張って超高速で移動しただけさ」
「そんなことをして体が保つはずが——」
「——それを可能にするのがこの体だ。人間とは違う。精霊の」
「...なるほど。それなら人間技でないのも当たり前か」
「ようやく情報の齟齬がなくなったな」
「あぁ、貴様は俺たちと同じ、人間ではない化物だ」

 クラウスがそう述べると、幸糸は諦めたような、大切なものを手放す子供のような、複雑な感情を混ぜた顔を浮かべる。
 
「そうd——」
「違う!!」
「!?」

 幸糸がクラウスに言葉を返そうとした時、横から大きな声が飛んでくる。

「透禍」

 その声の主は離れたところで跪いていた透禍だった。

「幸糸は化物なんかじゃない!」
「何を言っている。こいつはお前らと同じ人間ではない存在なんだぞ」
「分かってる。私は別に、幸糸が精霊だってことを否定したりしない。私は幸糸とはまだ数カ月しか一緒にいない。それでも、その短い時間の中で私は知ったの!幸糸は私たちと同じ人よ。別に種族なんか関係ない」

 クラウスは透禍の言葉に呆れて、言い返すこともしなくなった。
 幸糸は透禍だ怒鳴りながら話す言葉を真剣に聞いていた。

「私が悠莉を傷つけた時も、私に罪はないと言ってくれた。だから、次は私が幸糸にあなたは化物なんかじゃないって。そう言い続けてあげるから」
「...」
「だから、そんな悲しそうな顔をしないで」
「ッ!」

 幸糸が驚き、目を見開く。
 
『キミはキミだよ』
 
 いつの日にか言われた、彼女の言葉。
 それになぞるような言葉を透禍は叫ぶ。

「...ふっ、そうだな。クラウス。何度も言っているだろう。俺をお前と一緒にするなってな」

 その言葉を発する口は笑みへと変わっていた。


 ♢


 俺らしくなかったな。いや、実際は俺らしいのか。
 昔の自分に戻った影響だな。俺は彼女のようなると決めたのにも関わらず、この落ち度ではまた怒られるな。
 だが、もうそんなことにはさせない。
 僕たちの運命は切れてしまったかもしれない。だが、俺たちの運命はこれから結っていくんだ。

「クラウス。いくぞ」
「...」

 クラウスは何も言わない。
 だが、構えを取る。今までのように近接戦闘をする構えとは違って、手のひらを前に突き出す。

「いくら霊力を自ら作り出せるようになったとはいえ、そんな糸切れで俺を倒せると思うなよ」

 クラウスは俺と戦っている時でさえ、本気を出していなかった。
 あの力がある限り、共に倒せない。逆に、あの力がなくなれば、その者が倒れると分かっていた。
 だからこそ、霊力がなくなる瞬間を待っていた。
 だが、その策略は潰えた。
 クラウスは本気を出すことにした。
 クラウスの本当の専門は近接戦闘ではなく、魔術だ。

「Flame. Water. Ice. Earth. You are the elements and foundations that create other worlds. Lend me your strength, unclean and anointed.」(炎よ。水よ。氷よ。土よ。その他の世界を作る元素であり、基盤たちよ。汚れし油を注がれた私に力を貸し出せ。)

 クラウスが魔術を使うと、クラウス自身の周りに何十もの色が浮かびあがり、虹色が描かれる。

「Become my sword, shield, bow, and spear, and present my greatest military exploits to our master.」(私の剣、盾、弓、槍になって最強の武功を私たちの主君へと献上する。)

 色はそれぞれが混ざり合い、更に何百の色へと増え、いくつもの剣や盾、弓や槍へと形を変化する。

「If so, I will continue to stand until I accomplish it.」(ならば、私は成し遂げるまで立ち続けてみせよう。)

 形を成した色はクラウスの体に纏わり付く。

「What I have acquired is the strongest magical equipment.」(己が得物は最強の魔装。)

 クラウスの魔術が完成する。
 この魔術は攻撃でも防御の術でもない。ゲームなどでよくある自身や味方に使うバフ、強化の魔術。
 その効果は単純、魔術の攻撃力強化。魔術以外の攻撃防御強化。魔術の効果範囲増加。魔術の詠唱破棄。この四つ。
 いや、チート過ぎるだろ。いくら攻略方法があったとしも無理ゲー。その方法も発動条件が厳しいとか。本当、厄介な術だ。
 普通の魔術士ではこんな出鱈目な術は使えない。それを可能にするのがクラウスの術。
 元素。世界を作り上げる強大な基盤。その全てを扱うことができるクラウスだからこそできる術。
 霊術士で言えば、一人の術士が他人の術も扱うことができるようになるようなもの。
 術を扱うにはその人物の血筋と意志が必要だ。
 血筋による素質。精霊の遺伝子を持った彼との血縁関係。そして、各々にある戦う意味、戦う意志。
 同じ術を使うためにはこの二つの条件をその術を使う者と完全に一致させなければならない。
 この二つは数えられないほどに千差万別であり、同じ術を使うことは”百パーセント”使えない。
 ただし、術家で継承している術は例外だ。まぁ、その話はまた別の機会にでも。
 結局何が言いたいのかというと、クラウスのやっていることはこれらの話をひっくり返した芸当だ。
 魔術も霊術と同じ。血筋や意志とは違うが、同じような条件がある。
 クラウスはその”百パーセント”無理を可能にしてしまったのだ。
 ならば、この強さにも納得がいくだろう。世界の理を覆した術なのだから。

「ハッ!」

 クラウスが両手で空を切ると、その延長線上に魔術が広がる。
 魔術は俺に向かって炎と氷の斬撃が飛んでくる。

「フッ」

 俺は”運命糸”で自身の体を引っ張って、術を回避する。
 あっぶね。
 間一髪で術を避ける。
 それを何回繰り返しただろうか、何度もただかわし続ける。

「なんだ、ただ逃げるだけか?」
「...」

 今のクラウスには”綱壊露網”も”糸慮分別”も効かない。
 ならばどうするか。俺も世界の理を覆せばいい。
 正確には覆していない。まぁ、ぎりぎりのグレーだが。
 俺は精霊の羽で空中を飛び回り、クラウスを錯乱させる。

「逃げ足だけは速いな」

 そして、クラウスの目が俺を捉えられなくなった瞬間。

「透禍、これ借りてくぞ」
「え...」
「いつの間に」
「でもそんなの一体なにに」
「まぁ、いいからいいから。それから、透禍、——」
「それって」
「頼んだぞ」

 俺は透禍からあるものを受け取り、あることを伝える。

「逃げるのは止めだ」
「...久しいな、貴様がそれを持つのは」

 パチンッ

 俺は指を鳴らすと、”糸地転々”が俺の体を上から下へ通り抜ける。
 俺の恰好が変わる。
 シャツとスラックスだけだった俺の服は、黒を主張としたスーツに変わる。
 両手には”倶旅渡”。背中には片翼の羽。腰には一本の刀が差さっていた。

「霊術士、夜桜 幸糸。運命に抗うただの人間だ」
 
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