罪の花と運命の糸

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精霊の羽

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 拳を正面から叩き込む。
 幸糸の拳に合わせて、クラウスも拳を突き殴る。
 同じ鍵言で共に霊力と魔力を強化したとしても、もともとの量や質が違う。
 魔界には大量の魔力が存在し、その全てがドス黒い気を放っている。
 それに対して霊力は、無理矢理この世界に流しているだけでなく、その多くを消費してしまった。単純に力の重さが変わる。
 そのことを分かっている幸糸は”糸慮分別”を使用して、拳に加えて糸とその先に結ばれている剣を使っての代替を用いて手数を補う。
 幸糸が隙を突いて、右から殴りを入れようとすると、クラウスは体を捻り、蹴りを挟む。
 幸糸は最低限のジャンプで蹴りを避けると、着地した瞬間にクラウスが更に左から殴りを入れようとする。
 それを分かっていたかのように幸糸は”運命糸”を”糸慮分別”から解いて、自分の意志で操作する。
 糸はクラウスの左右から迫り、直前で殴りから薙ぎ払いに変え、剣を弾く。
 幸糸が剣の状態を横見すると、刃先はぼろぼろになっている。弾かれた時に魔力を込められていたため。
 剣を取り換えようと、”運命糸”を”糸地転々”の中へ一時戻す。それを待っていたかのように、クラウスがまたも幸糸に詰めて行く。
 幸糸はクラウスの猛攻撃を避けていく。だが、一発ずつ確実に幸糸は押されていく。
 一か所、二か所と擦り傷が増えていく。クラウスが一際大きく振りかぶった瞬間、幸糸は”張糸引”で、クラウスの背後から剣を飛ばす。
 互いに後ろへと飛び下がり、一区切りがつく。

「さっきまで叫びながら戦ってたくせに随分とおとなしくなったな」
「ずっと見てたということか」
「やっぱり、昔の名前を聞いたからか?」
「いいや、この力のせいだろうな」

 クラウスは自身の手のひらの上に時計のように見える紋章を顕現した。
 幸糸も同じように、手のひらの上に同じ紋章を顕現する。

「お前もこの力のせいで昔に戻ったんだろう」
「残念だが、僕の場合は違う」
「この力さえあれば、俺は無敵になれる」
「...そんな大層なもんじゃねぇよ。お前はこの力を手に入れたばかりだからそんなことを思い込んでるだけだ」

 幸糸はもう片方の手を強く握る。

「そんなことはいい。お前はあれから勝手にその力を奪ったんだ。返してもらうぞ」
「返してもらう?これはお前のものじゃないだろ。...いや、そうか。ようやく決意が固まったということか」

 幸糸とクラウスは手のひらにある紋章にもう片方の手をかける。
 時計の針に触れ、二人とも同じように針を一分戻す。
 すると、先ほどまであった二人の傷が全て綺麗さっぱり消えていた。

「あれは!?」

 透禍が驚きの声を上げる。
 魔族の男を透禍たち四人で攻撃した際に、男の傷が消えていたことと同じことが起きた。
 すでに一度見ており、再び傷を消すことも分かる。だが、一回目は煙で傷を消した方法が分からなかった。
 それを真に目の当たりして、その異様な術に透禍は驚きを隠せなかった。
 そして何より、幸糸も同じ術を使ったこと。

「さぁ、どちらが先に倒れるかな?」
「それはもう決まってるさ」

 幸糸とクラウスはまたも戦い始める。

「透禍ちゃん」
「開花さん」
「...紅璃。七星くん」
「魔物は全て倒してきたよ」
「あの二人が戦い始めてから、魔物の増援が途絶えたんだ」

 大量の魔物は紅璃と七星が全てを倒し切り、ようやく二人は透禍と合流することができた。
 幸糸とクラウスが戦い始めたことで、この戦場には魔物や魔族は近寄ることをしない。
 魔力と霊力が活性化したこの場で術を使うには、彼らと同等の力を有した者でなければならないためだった。

「それにしても、幸糸は生きてたんだね」
「ほんと、びっくりしちゃった」

 この場で透禍だけが分かっている。
 幸糸は生きていたんじゃなくて、ちゃんと一度死んだこと。そして、戻って来たということ。
 先ほどの話を聞いていなかった二人はそのことを知らなかった。

「幸糸くん勝てるかな」
「幸糸は強いからそう簡単に負けないと思う。だけど、さっきから幸糸が度々押されてる」
「霊力の不足...」

 幸糸は強い。更に、あの力もある。簡単にやられることはないだろう。
 だが、単純に霊力がこの場に不足している影響が多大だった。
 このままでは幸糸が持久戦で負けるだろう。
 助けに入りたいが、透禍たちでは余計に足を引っ張ってしまうことと、活性化した霊力を使うことは三人にはできない。

「彼が言っていたように、私たちはこの戦いを見守りましょう」
「でも...」
「私は幸糸を信じるわ」
「...分かった。僕も幸糸がどうやって勝つのか見てみたいしね」
「二人がそれでいいなら、私もそれでいいわ」

 三人はその場に留まることにした。
 透禍はすぐに動ける状態ではなく、紅璃や七星も疲弊しきっている。おまけに術も使えない状態だった。
 離れる、または霊界へと帰った方が幸糸の邪魔にならないが、三人にはできなかった。
 そして、幸糸が放った言葉が透禍の中で反芻していた。

「黙って見てろ、か。私に一体何を」

 その言葉の意味を知りたい透禍。
 自身の身体のこと。悠莉のこと。幸糸のこと。
 その答えを得るために、この戦いを見たいという気持ちがあったためだった。

「”綱壊露網”」

 幸糸が”綱壊露網”を放つ。
 クラウスの周りにいくつもの”糸地転々”が現れ、”運命糸”が中から伸び、捕まえようとする。
 だが、そう簡単に捕まることもなく、クラウスは凄まじい速さで糸を切る、または避けてみせた。

「くっ」

 幸糸はそのまま捕縛するまで術を行使しつづけようとしたが、霊力不足で術が途中で消えてしまった。
 中途半端に集まった術は弾け飛び、軽い衝撃が幸糸の気を逸らす。

「Frozen ice pebbles. Obey my orders and make an ice sculpture with the ice rain」(凍てつく氷よ。私の命に従い、氷の雨でもって、氷像を作りたまえ。)
「幸糸。避けて!」
「ッ!」

 幸糸に隙ができたことを好機と捉えたクラウスが魔術を行使しようとする。
 それに気づいた透禍が幸糸にそのことを伝えようと叫ぶ。
 ようやくそれに気づいた幸糸が術を使って退避しようとする。
 しかし、霊力はもう一つも残っていなかった。
 幸糸は退避する時間もなく、クラウスの術が発動した。

「Turn into ice」(氷と化せ。)

 幸糸の頭上に円形、半径五十メートルほどの範囲に氷の雨が並べられた。
 
 ズドドドドドド——

 氷の雨がひとしきり落ち、静寂が青く染まった戦場に残った。

「...幸糸」
「大丈夫だよ。さっきだって炎の魔術を受けても大丈夫だったんだから」
「でも、さっきは霊力があったけど、今は活性化した霊力すら残っていないんだよ?」
「...」
「まさか、本当に」

 透禍たちは幸糸が生きていると信じている。
 しかし、この現状を見ると、どうしてもそう考えてしまう。
 クラウスは何かを言うわけでもなく、幸糸が居た場所を睨んでいる。

「...ッ!」

 そして、クラウスは気づいた。
 幸糸がいた場所だけ、凍った地面がえぐれていた。
 咄嗟に上を向くと、その場所には幸糸が空中を浮かんでいた。

「幸糸」
「よかった。ちゃんと生きてる」

 幸糸が生きていることに安堵する三人。
 一体何回同じ反応をさせれば気が済むのか。と、危なっかしい奴だと透禍たちは内心考える。

「貴様、人間が霊力もないのにどうやって浮かんでいる?」
「浮かんでるんじゃない。僕は飛んでるんだ」
「飛ぶ?」

 余計分からいといった顔を見せるクラウス。

「分かりやすいように教えてやろう」

 そう言うと、幸糸の背中に一方だけの羽が開かれた。
 虹色の綺麗な羽が。
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「罪の花と運命の糸」をお手にとって頂き、ありがとうございます。
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