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運命と救世
しおりを挟む「どうやら間に合ったようだね」
まぁ、全体的に見ればの話しだな。
個々に視点を置いてみると、それぞれが今も大変な状況にあることが分かる。
紅璃と七星は今も少ない霊力で大量の魔物と戦い続けている。
悠莉は瀕死の状態で、そう追いやってしまった透禍はもう立てないように、諦めきっている。
魔族の男は前回会った時よりも、あの力を使いこなせるようになっており、傷一つない。
「はぁ、少し手助けしてやるか」
俺は自身の手を握ったり、開いたりする。
自身にまたも宿った力の加減を確認し、調整する。
「よし、大丈夫そうだな」
「幸糸。なぜ貴様がここにいる?」
「あ?別に変なことじゃないだろ」
「お前は俺が殺したはずだ!それなのに、どうして生きているのかと聞いているんだ」
「...お前がそれを聞くのか」
「何?」
「いや、なんでもない」
「...まさか、お前」
気づいたようだな。自分が過去に起こしたことが、自身の首を絞めてしまったことに。
まぁ、今更気づいても遅い。
これが運命だ。
「幸糸!」
「ん?」
「どうしてあなたがここにいるの?」
「おいおい、お前もあいつと同じことを聞くのか?」
「私にはあなたたちが何を言っているのか分からないの!私にも分かるように言って」
「...そうだな、いつか分かる。ただ、簡単に言えば、”地獄から蘇った”ってところかな」
「地獄?」
「まぁ、そこの本来の意味は真逆の言葉が似あうかもな」
「...」
透禍が俺の解答を聞いて、より分からなくなってしまったようだ。
だけれども、安堵したような表情が読み取れる。
「幸糸。お願い。私たちを助けて。悠莉を早く手当しないと」
「...はぁ、やはり少し甘やかし過ぎたかな」
「え...」
「今回はしょうがない。とは言い切れないが、俺が助けてやる。だが、もう少しできると思ったんだがな。正直がっかりだ」
「...幸糸?」
「まぁいい。お前らはそこで黙って見てろ」
自分でも分かる。語調の強さが増している。昔の俺の一番の特徴だったもの。
エンジンがかかってきたかな。
俺は透禍に向かって手を向ける。
正確には、透禍の隣にいる悠莉に。
パチンッ
指を鳴らす。
それと共に、悠莉の身体は粒子へと変化していく。
「悠莉!」
「落ち着け。これは本物の悠莉じゃない」
「え?」
これは悠莉の情報を模写したもの。
鏡月の術によって、分身体を作ったのだ。
「透禍。まず、これくらいのことで気に病むな。そして、今回はお前が犯した罪は無い」
「でも、私は悠莉を」
「これは本物じゃないし、こうなるように悠莉に頼んだのは俺だ。そして、お前がこいつを刺さなければ、俺は戻らなかった」
「どう、いうこと?」
「そのままさ。こうなるように運命はなっているのさ」
俺がここに戻ってくるための条件。
一つ。透禍が身体を乗っ取られること。
二つ。透禍が悠莉を傷つけること。
三つ。透禍がこの戦いを諦めた時。
予想通り。これらがなければ俺はもう戻ってくることはなかった。
それで俺の物語は終わっていた未来もある。
しかし、俺はここに戻って来た。まだ、俺はこの物語を描き続けなければならない。
運命とは厄介なものだ。
それは誰かに決められ、自分で決めることはできない。しかし、未来を過去を選択するのはいつだって、自分以外の何者でもない。
つまり、運命とは自分が決めたことの積み重ね。その責任から逃れたいという感情から、運命は第三者が決められるようになった。
俺はこのロジックが嫌いだ。
これはあまりにも無責任で、理不尽すぎる。
だから、俺は運命に抗う。自分で運命を切り開く。
「ここまでよくやった。あとは任せろ」
「お願いします」
悠莉は完全に粒子になると、俺の手の中に集まる。
鏡月が作る分身体には霊力を使っている。
要するに、この分身体は霊力として俺が再利用する。
「使えるものはなんでも使う、か。本当に、俺も変わっちまったな」
俺の体に霊力が取り込まれる。体中に力が感じられる。
霊力が枯渇しているこの空間では尚更自身の力が目立つ。
「”クラウス”」
「っ!その名で呼ぶな!」
「そう怒るな。少し手合わせしてやる」
「何を今更。前に一度、お前は俺によって殺されている。結果は見えている」
「どうだろうな。やってみれば分かるさ」
俺は相手に先手を与える。
これは別に、透禍たちが言うような戦争などではない。
ただの序章、プロローグ、準備運動に等しい。
「A fire that burns everything. Obey my orders and turn to ashes with a sea of fire」(すべてを燃やす火よ。私の命に従い、炎の海でもって、灰を作りたまえ。)
「火の魔術か」
魔族の男。クラウスは魔術を以てして、俺を焼き尽くそうとする。
「Turn into dust」(塵と化せ。)
クラウスの魔術が俺へと迫る。
「幸糸!」
炎は俺を包み込み、想像できないほどの温度で周囲を燃やす。
「ふんっ。大きく出た割には大したことなかったみたいだな」
「嘘...。私たちは何度、あなたを犠牲にすれば——」
「——勝手に殺すんじゃねぇよ」
「え」
「なに!?」
こんな程度で死ねるものか。
「おい、クラウス。本気を出せないのか?出す気がないのか?」
「くそっ」
「なら、次は僕の番だ」
僕は、”倶旅渡”を両手にはめ込む。
まずは前回のお返しから始めようか。
「”糸慮分別”」
上下のそれぞれ十個の亜空間への穴が開き、そこから十本の糸が僕を囲む。
「...ふぅう」
「なんだ。やっと落ち着けるようになったか」
「久しい感覚だな」
「なにが久しいだ。僕より先に戻っていたくせに。本気ってことでいいんだな?」
僕たちは同じ力を有している。
「この世にはこの世の理を。神より遣われし精霊よ、悪魔から人間を救え」
「この世にはこの世の理を。神より遣われし悪魔よ、精霊から人間を奪え」
ブワッ
僕たちは同じ意味で、違う言い回しをした言葉を紡ぐ。
その次の瞬間、僕たちの周りにある霊力と魔力がそれぞれ感化され、広がっていく。
普段は見えないほどに薄い力の粒子が色濃く可視化されるほどに力が濃く、集積していく。
「さぁ、互いに駒として存分に殺し合おうか。”運命の糸”」
「...いいぜ。”救世の魔”」
♢
この戦いもそろそろ終りね。
私は今、平原一帯を埋め尽くす黒い集団の千頭に立っていた。
この先を進んだ場所では、数人対数百の始まりの戦いが繰り広げられていた。
そう、これは始まりにすぎない。
今まで、私たちと彼らとの戦いはまだ始まってすらいなかった。
「いいな~。私も彼と思う存分戦いたいものね。あなたたちもそう思うでしょ?」
「...」
「はいはい、ごめんなさいね。そんなことを聞くのは可哀そうだったわね」
私と同様、集団の千頭に立つ五人の魔族たちに問いかけるが、返答はない。
全員が何かしら彼と彼のお友達と一悶着があった。
彼らは私たちに憎まれている。魔の力を使う者たちが魔の力に呑まれているようだ。
だけれど、そうしてこそ私たち魔族は存在し続けられるのだろう。
私たちはそこから動くことなく、先で見える戦いを傍観し続けた。
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「罪の花と運命の糸」をお手にとって頂き、ありがとうございます。
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