罪の花と運命の糸

文字の大きさ
上 下
28 / 38

最強の暴走

しおりを挟む
 ”天花万象”。私の技は確かに魔族の男に当たった。
 そのはずだった。だが、目の前の現状に私は自身の目を疑った。
 霊力を込めた刀身は暴力的なまでに破壊力を上げられた状態だ。
 そんな物をこの男は拳一つで止めて見せた。

「少々手加減しすぎてしまったな。所詮、お前たちの力は俺の体を真に傷つけることなどできない」

 その言葉と共に、男の傷は回復していった。いや、正しくは”消えた”。傷跡は一切なく、元通りの姿へと。

「あまり俺をなめるなよ」

 男は怒っているのか、態度が先ほどよりも荒くなっていた。
 別になめていたとか、油断したとかではない。
 ここで決める。これで決まった。そう思っただけだった。
 だが、私の力はそれに及ばなかったらしい。
 
「最初に私たちが強いと思ってビビってたくせに」
「そうだな、それは認めよう。だが、見栄を張っていた方が格好悪いだろう?正にお前たちのように」
「くっ」
 
 止められた刀身を鷲掴みにされ、そのまま引き寄せられる。

「そろそろ痛みを、恐怖を知ったらどうだ?」

 そういって、腹に一撃を入れられた。

「カッ」

 その勢いで、数メートル吹き飛ばされてしまった。

「ゴホッ、ゴホッ」

 呼吸が上手くできない。ただでさえ肺は酸素を欲しているのに、血反吐が止まらず喉から出てきてしまい、空気を吸うことができない。
 それを自覚し、体をゆっくりと整えながら、辺りを見回す。七星くんも、紅璃も、悠莉もみんな魔物との戦いになっていた。
 男が吹き飛ばした魔物たちがまた押し寄せてきたのだ。
 そして感覚的な問題だが、かなりの時間が経っている。魔族はこの男だけではない。
 もうそんなに時間をかけてはいられない。
 とはいえ、まずはこの男を倒さなければならない。とはいえ、この男を倒せるのか。とはいえ、...。
 堂々巡りだ。酸素が足りてないのか。考えがまとまらない。霊力はもう使いきってしまった。大きな術は使えない。小さな術を使っても、この状況を打破することが出来るのか。そんなことはどうでもいいか。この男を倒さなければ。世界を救わなければ。幸糸の敵。みんなの援護に行かなければ。この男を殺さなければ。殺さなければ。殺さないと。殺す。殺す?
 あぁ、そうか——。
 そこからの意識はなく、残ったのは自分が犯してしまった絶望の記憶だけだった。


 ♢


 初撃で透禍の腹に軽い一撃を放ったが、それなりの距離を吹き飛び、立つこともままならない状態で座り込んでしまった。
 その後も何度も殴りや蹴りを入れ、何十回と右へ左へ前へ後ろへと吹き飛ばしていく。
 なんの感情も浮かばず、ただただ相手を排除しようと歩みを進める。
 他の三人は周りにいる魔物と戦っており、こちらの邪魔をすることは出来ないだろう。まぁ、邪魔をしたところで意味はないのだが。
 俺に”この力”がある限り、負けることはない。二つの例外を除いて。
 本当なら全ての例外をなくさなければいけなかったのだが、俺にはここまでしか力を得ることが出来なかった。
 まぁ仕方ない。一つはすでに打ち破っている。
 後は、こいつらを殺してしまえば真に我々の勝ちが決まる。そう確信した。
 だが——。

「——ふふ、はは、あはははは」
「なんだ?」

 俺は透禍へ向けていた歩みをすぐさま止める。
 それもそうだ、劣勢に追い込まれた者がいきなり声高らかに笑い出すのだ。
 気味が悪い。

「絶望の淵に立って、気でも狂ったか?」
「...」

 笑いを止めると、急に静かに黙り込む。
 意味が分からない。本当に気が狂ってしまったのかもしれない。

「まぁいい。今すぐ楽にしてやるさ」
「透禍ちゃん!」

 必死に叫び、こちらに来ようとする者たち。
 そんな奴らに見せびらかすように殺してやろう。首でも刎ねてはろうか。
 そう思い、自身の腕を突き出す。魔力を込め、魔術を発動させようとした瞬間だった。
 魔力が集められない!?いや、これは...。

「...死ね」

 その言葉と共に、俺の腕は半ばから先が消え去っていた。
 すぐさま後退する。
 恐れていたことが起こってしまった。俺が負けるたった二つの例外の内の一つ。

「あの力は...」
「...透禍ちゃん?」

 気づくと、俺の後ろには悠莉が立っていた。更に後ろを見やると、悠莉を囲んでいた魔物たちが倒されていた。
 このまま透禍があの力を使い、他の三人が応戦し始めたら、俺の負ける可能性が非常に高くなる。
 どうしたものか。
 そう考えるが、そんな時間は皆無のようで。

 ヒュッ...

 俺は自身に飛んできたそれをすれすれで避ける。
 今のは?

 バゴォオンッ!

「なっ!?」
「きゃっ!」

 数秒の間を開けて、一際大きな爆発音が鳴り響く。
 驚いて振り返ると、遠くの山に大きな貫通穴ができていた。
 なんて力だ。先ほど飛んできたものは魔力の塊だ。それを飛ばしただけでこの力。
 やはり、あの力は俺の想像通りのものらしい。
 透禍は魔力を使ってみせたのだ。


 ♢


 あの力を使う透禍ちゃんを見るのはこれで二度目だ。
 前に見た時は、透禍ちゃんが開花家の長男と次男、長女を殺した時。
 兄と姉と透禍ちゃん。加えて、私を含めた使用人が四人だけで、家の留守をしていた時だった。
 事件はその時に起きた。家中が燃え盛り、避難しようと私が駆け付けた時には、倒れた三人の兄と姉。それらを見つめる透禍ちゃんだけだった。
 その後、事件は事故による火災として終わった。三人の術士が死んだ事実と共に。
 だが、私はその時に見たのだ。透禍ちゃんが三人を殺したと思われる現場を。
 本人は忘れているだろうし、この事実を知っているのは、その場を目の当たりにした者と僅かな者たちだけだ。
 当主である双一楼様にこのことを伝えたが、その真実を本人に伝えることを止められ、透禍ちゃんがそれらを知ることはなかった。
 そして、今の透禍ちゃんの顔と記憶の中にある、事件の際に振り返り、こちらを見る透禍ちゃんの顔が重なった。
 体が勝手に震えてしまう。無差別に向けられる強い威嚇がこちらを睨みつける。
 この力を使えば、あの魔族を殺すことだって難しくないはずだ。

「透禍ちゃ——」

 ジュ...

 何かが焼けたような音がした。
 気づくと、私の腹部に握り拳ほどの穴が開けられていた。

「グッ...。あぁぁう。これ、は」

 前を見ると、透禍ちゃんが攻撃をしたと思われる残身を取っていた。

「意識がないのか。まさか、力をコントロールできていないのか。...これは厄介だな」

 魔族の男が全てを分かったかのようにこちらを見やる。
 男が言うように、透禍ちゃんは自我が保てているように見えない。
 現に、私を攻撃してきたのだ。男を殺すどころではない。
 早く止めなければ。
 だが、私の体は動かすことが出来ないほど、腹部の穴が痛む。
 ついに立っていられず、その場にうずくまってしまう。

「...よし、いいだろう。今の状態の方が好都合だ。今のうちにお前を消してしまえば、例外という邪魔はなくなる」
「なにを言って...」
「こっちの話しだ。お前はそこで見てればいいさ。幸糸が招いた災厄を」
「幸糸が?」
「やはりな。あいつは全てを教えるほどお前らを信用していなかったということだな」
「そんな、こと」
「無理に動くと、傷が開くぞ。見た様子だと、臓器もいっているようだしな」
「はぁ...はぁ...」
「死んでくれた方がありがたいが、もう少しそこで見ていろ。透禍が死ぬその光景をな」
「待、て。クッ...」

 気づいた時にはすでに、魔族の男と透禍ちゃんが戦っていた。

「透禍、ちゃ、ん」

 その声は彼女に届くことはなく、私自身へと、するべきことを考えろと、強く言い聞かせる。
 幸糸。あなたは何を私たちにさせたかったの?
しおりを挟む

処理中です...