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論争と運動
しおりを挟む「どうする?話し合いで解決ってのもあるけれど」
「そんなことができると思っているのか。俺たちにあるのは悪という概念のみだぞ」
「...それもそうね」
今回の戦闘でありがたいことは、相手が私たちの戦闘力を見誤っていること。
だからこそ、相手はこちらをすぐに潰そうとはせずに様子を見ている。
今の私たちだけではこいつ一人に勝てない。相対してみて、すぐに実感した。
だが、それは百も承知。私たちは今ここで成長するしか、勝つ方法がない。
だからこそ、その時間稼ぎとなる力の認識の差が十分すぎるほどにいい隠れ蓑として使うことができる。
「なら、早速始めましょうか?」
「あぁ、殺りあおうか。それが一番手っ取り早い俺たちの会話だ」
「私たちまでそんな野蛮な存在だと思わないでほしいわね」
「何を今更。そんなこと言ったって、説得力がないぞ」
これでお話は終わりと言わんばかりに、相手は読みにくいが小さく構えを取り、片足を少しだけ引いた。
私たちもそれに合わせて、各々構えを取る。構えは私たち人間が体を動かすための準備動作だ。
構えが完璧な者ほどどんな攻撃にも転じることができ、どんな攻撃も対処することができる。
そして、私たち霊術士は体を動かし、言葉を紡ぐことで、精霊に力を貸してもらう。
それらが重なりあうことで、私たち術士は戦うことができる。
つまり、私たちが構えを取ったということは、遂に戦争の火蓋が切られたということ。
「...」
未だ静かな戦場。いつかの授業を思い出す。
あの時と比べれば、これは何も変わらない。
勝てばいいだけなのだ。
カキンッ!
「ふっ」
「っく」
私の刀と相手の拳が激しくぶつかり合った。
私は、素早く相手に一撃を入れようと、着弾する速さがある突きを選んだ。
そして、それは確実に相手の心臓を捉えた。
一瞬の出来事だ。それほどまでに、私の突きは綺麗に放つことができた。
これは、今までの訓練の成果だろう。今までで一番完璧な”技”だった。
だけれど、”技”は力がないものでも、力を発揮できるようにするもの。
つまり、所詮は力で勝負は決まる。
これが意味することは、いかに完璧な”技”を放てたとしても、完璧な”力”の前では無意味なのだ。
その結果、私の突きは簡単に止められてしまった。
精一杯の力を下半身から上半身へ、肩から腕へと振るったが、相手の腕は微動だにしない。
「たぁっ」
私はそのまま刀を横に薙ぎ、一歩二歩と後退する。
危なかった。あのまま押し切ろうとしていたら刀が折れていただろう。
私は刀身を一瞥し、状態を見る。
まだ大丈夫。頼むから、もう少しだけ耐えて。
ここまでの強敵。私とは格が違う。未だ刀の極致に到達していない私では、どれだけの達人が打った刀でも壊してしまうだろう。
私の刀さばきが少しでも誤ったら、刀は粉々に折れてしまう。そうなったが最期。
術士は霊力と武器を用いないことには戦うことができない。片方を失っただけでもかなりの損失になってしまう。
さらに、ここは魔界。霊界と比べて、術を発動させることは難しい。私たちが来た扉が開き続けている間だけが私たちの戦える時間だ。
そんなことを考えているうちに相手が追撃をしようと足を踏み出す。
「おいおい、逃げるなよ」
「これは逃げじゃないわよ。戦術と言ってほしいわね」
こちらには術士が他に三人いるのだ。
ダァン!
私の頭上からとてつもない物質量を感じさせる塊が降って来た。
それは、こちらに詰めてきていた相手に直撃した。
「”硬土”」
「”氷塊”」
「”発火”」
その塊は後ろで術を発動させた三人による攻撃だった。
悠莉が土の塊を空中に浮かび上げ、七星くんが土塊の間にある小さな空間に氷の塊を生み出し、紅璃がその氷だけを溶かすことで土が濡れて、より質量が増した土塊を作り上げた。
それぞれが使った術は初歩的なものであるが、これを実現するためには、細かな操作が必要とされる。
特に七星くんと紅璃。彼らが行った、土の塊の中に生じるわずかな隙間のみに術を発動させることは至難の技だ。
だが、相手にとって所詮は泥をかぶった程度のものだろう。
私はすぐさま追撃をしかけようと、泥の塊の中に術を叩き込んだ。
「ヒラバナ流刀術、”万廻花”」
術は泥の中に入ると、まるでミキサーのように泥をかき混ぜた。
これで死んでたら、かなりグロイだろうな。
だが、そんなことになるはずがなく。
ドォン!
軽い地響きが鳴り渡り、土の塊が私たち目掛けて飛んできた。
「”硬土”」
土は私たちにかかる前に、悠莉が土の壁を作ることで防いだ。
「ありがとう悠莉」
「それよりも、次はどうするの?今のであいつは私たちの力量を把握したりしてないよね」
「それはないと思うけども、ここからはもっとより防戦に徹することになるだろうね」
七星くんの意見と同じことを私も思った。
もともとの力量差が凄まじい中、私たちは一撃で終わってしまってもおかしくはない。
私たちが生き残っているのは、人数の差が少しでもあるから。
そして、普通に人数差を利用した戦いでは通常、物量で押し殺すものだろう。
あえてそれをせずに大きな術を見せかけたただの術を作ることで少しでもこちらを警戒させることで時間を稼いでいる。
だが、この戦法は二度も三度も効かないだろう。
「おそらくだけど、ここからはあいつの連撃になると思う。...みんな、耐えてね」
バァン!
悠莉が作った壁が粉砕し、一つの影が飛び出してきた。
一番に反応した七星くんが”冰零剣”で、私たちの前に飛んできた影をはじき返した。
「準備運動は終わりでいいか?」
「準備運動?これはスポーツなんかじゃないよ。ゴミを片づけるのと同じような汚れ仕事だよ」
「...ふっ、そうだな。なら、ゴミは燃やさなければならないな」
そう言って、名もなき魔族は巨大な土の壁を崩した瓦礫の上に悠然としていた。
スッ。
相手は腕を伸ばし、その先をこちらに向けてきた。
攻撃。それは奴が宣言した通り、私たちを燃やす炎だ。
「A fire that burns everything. Obey my orders and turn to ashes with a sea of fire」(すべてを燃やす火よ。私の命に従い、炎の海でもって、灰を作りたまえ。)
詠唱。より確実に術を発動させ、強力に変化させる鍵言。
魔族が鍵言を言い終わると、腕の先に陣が展開される。陣の真ん中には魔力が集められ、膨大なエネルギーに変換される。
そして、遂に。
「Turn into dust」(塵と化せ。)
術は言われた通り、私たちを火葬しようと炎を生み出し、辺り一面を焼き尽くそうと襲い掛かって来た。
悠莉と七星くんが土と氷の壁を即座に展開する。だが、襲い掛かる炎は進む力を休めることなく隙間から流れ込んできた。
「”発火”、”鎮火”」
紅璃が辺りにある酸素を先に燃やすことで、炎は勢いを落とす。
更に紅璃はそれら炎を奪い取り、全てを吸収していった。
炎は次第に消えていき、場が静まり返るとそれまで耐えていた土と氷の壁が崩れる。
「ッ!!」
そうして、見えるようになった先には数えきれないほどの量の魔物が現れていた。
「ここは魔の世界。まさか、俺一人とずっと戦い続けると思っていたか?」
「...別に。こうなることは分かっていたわ。ただ、予想よりも早かっただけ。何?私たちが想定より強すぎて、すぐさま援護を呼んだの?」
「減らず口が。ほざけ。今にその考えを改めさせてやろう」
これは”試合”でも”勝負”でもない。”戦争”という戦い、争うもの。
相手もそれに則り、全てを尽くしているだけ。だから、これを卑怯と言ういわれはない。
それに、策があるのは相手だけではない。
ここからは持久戦になる。長い戦いになりそうだわ。
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