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記憶と雪辱
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朝、目が覚める瞬間に必ず考えることがある。
今から見る世界は本当に俺がいるべき世界なのだろうかと。
この世界で生まれた力であるのに、この世界にはない力を持っている。
そんな俺は一体何者なんだろうか。どれだけ俺はそう考えるのだろうか。
今までに幾度となくそう考え、答えをもらったはずなのにそう考えてしまうのはどうしてだろう?
そう考えることで、また君からその答えを教えもらおうとしているからなのかもな。
...もう一度君に会うために。
結局答えは見つかることなく、誰かに教えてもらうこともできず、俺は己が眼を開く。
そうして、この世界に生きていることを自覚したときにはそんなもんかと悩みは消えていた。
だってそうだろう。俺にはまだ道があるのだから。決して途絶えることのないその先を目指して。
♢
今日は平日。
学生である俺らは普通なら学校へ行き、勉学に励まなければならない。
総戦高校は未成年の術士、少年少女のために作られた学校である。そのため、基本的には戦闘訓練などといった実戦訓練を行うのだが、術士全員が軍に入るとは限らない。
軍の人手不足は日常茶飯事であるが、術士だから軍に入れといった強制ではない。軍や術士が守るべきなのは我々の世界である。なら、その世界に生きる生命は尊重されなければならない。
術士の家系に生まれてしまったが故に、術の扱い方は習わなければならない。それは時として、自身や周囲の人たちを死に追いやってしまうような危険なものだから...。
そういったことから術士は総戦高校に入るが、進路は様々である。総戦高校では術士のための学校だとしても、必要最低限の勉学は必修である。
まぁ、逆に訓練のために学校を休むことも許可されているのだが。申請さえしっかり通せば、それなりに融通が利くのがこの学校の良いところ。
と、いうことで。今日、俺らは学校には行かず、またもや軍の秘匿訓練場へと赴いていた。
俺ら。今日、ここに来ているのは俺と透禍の二人だけである。
昨日、実習授業で行われた術の強化授業で、透禍のみが術を発動させられなかった。
口にはしてないが、彼女は自分のみが術を発動できなかったことに、それなり衝撃を受けていた。
そこで俺の役目という訳だ。せっかくこの班の担当を任せられたのだから、しっかりと教育をしなければな。
「じゃあ、やろっか?」
「...えっと、何を?」
「そりゃあ、もちろん対戦?」
「...行動が急すぎるし、どうしてあなたも疑問形なのよ」
それはそうだろう。俺はここに彼女を呼んだだけで、何をするのかといった詳細を一切合切教えていないのだから。
「透禍にはこれからここで術の訓練をしてもらう。だが、その前に君ともう一度、一対一の試合をしようと思ってね」
「...それは必要なことなの?」
「う~ん...。必ずとは言わないけど、少なくとも君はそれを望んでいるだろう?」
「...」
返事はない。学校初日の時に廊下で会った時のことを思い出すな。
俺がどうして何もかも知っているのか。それを彼女は知らない。
「知りたいだろ?」
軽く挑発気味に言葉を吐き捨てる。
「...分かったわ。やりましょうか」
「よし」
彼女は分かっているのだろう。
わざとこの状態にされていることを。それを理解しつつも、自分の追い求めるもののためにその道を突き進む。
実に君らしいよ。そうこなくっちゃ。
彼女は腰に差してある鞘から刀身を引き抜く。俺はそれに応じて、胸ポケットから黒手袋を両手にはめる。
♢
訓練場の真ん中を中心に、二手に離れ、互いに向き合った状態でそれぞれの術士が構える。
片方は刀を握り、正眼に構える。もう片方は両手をポケットに突っ込み、その場に立ち尽くす。
とてもこれから試合が行われるとは思わないような構えをとる後者。それでも一切の油断をしないで構える前者。
「...」
互いに黙り、そこから一歩も動かない。
開始の合図などはなく、試合は構えたその瞬間から始まっていた。
だが、両者とも動かずに数十秒の時が流れてゆく。
後者には先に動く気がないのだが、前者はそれを理解して尚、動けていなかった。
どれだけ、攻め方を考えても、一発たりとて自身の攻撃が当たる未来が見えない事実を感じ取っていたから。
透禍も”最強”と謳われるだけの素質と力を兼ね備えていた。だが、それを上回る"最弱"が目の前にいた。
だからと言って、透禍も諦めるような心は持っていなかった。
「ふぅ...」
一呼吸を置く。自身の頬を伝って、一滴の汗が落ちる。
それを合図に、透禍が刀を下段に持ち替えた状態で走り込んでくる。
その姿は試験の時と同じ構図である。
そのまま、透禍は下段からの切り上げを一線。
「せいっ!」
渾身の一撃。今できる最大の一太刀を繰り出した。
だが...。
「っ!?」
刀身はそのまま振り切られることなく、上半身手前で止まっていた。
刀身の先を見ると、そこには一本の腕が刀の切っ先を握っていた。
「噓でしょ!」
「悪いな、この手袋は特別製でね、そう簡単には切れないよ」
握り掴んでいる手にはめられている黒手袋を見ると、うっすらと青白く光っていた。
「まさか、その手袋もあなたの武器!?」
「大正解」
そう言うと、幸糸は掴んでいた刀を前に向かってなぎ捨てる。
刀の柄を掴んでいた透禍も一緒に吹き飛ばされ、着地ギリギリでなんとか受け身をとるが、訓練場の床に這いつくばった状態になる。
「この手袋の糸は俺が”運命”の術と一緒に編み込んだものでね、常に術をすぐさま発動できるように事前にセットされている優れものなんだ」
”倶旅渡”、”運命”の力を編んだ糸で作られた手袋。”運命”の力に守られ、”運命”の力を自在に操ることを可能にする。
倶旅渡には三つの能力が付与されている。一つは”強化”。二つは”硬化”。三つは”操糸”。
”強化”は術の力を身体能力強化へと変換させ、握力と腕力を自身の五倍にまで引き上げる。
”硬化”は運命を変えられるほどの強大な力でなければ、傷をつけることさえできないほどになる。
”操糸”は幸糸の糸が自身の手中になくとも操ることができる。
「さぁ、どうした?それで終わりか?」
「くっ...」
透禍は倒れ伏せた状態から素早く立ち上がると、今度は刀を上段に構える。
「ヒラバナ流刀術、”天花万象”」
透禍は幸糸が攻撃しないことを知って、術を使用するのに時間のかかる”天花万象”を放つ。
幸糸はそれに対して右手を上に掲げる。
「この世にはこの世の理を。——より——し——よ、——から——を——」
透禍が聞いた幸糸が紡いだその言葉には雑音が入り、透禍には何を言っているのか分からなかった。
だが、その言葉の後に幸糸の右手の人差し指の先に溜まる力が強くなることは感じ取った。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
互いが黙りながら見合う中を刻々と流れる時計の針の音。それが十二時を指し、鐘の音が鳴る。
その鳴り終わり、その瞬間を合図にまたもや透禍が走り込む。
「はっ!」
力を溜められた刃が幸糸の首を捉える。
刀が振り下ろされるその瞬間、幸糸の右腕がそれよりも先に振り下ろされる。
「糸術、”綱壊露網”」
すると、透禍の体が刀を振り下ろす一歩手前で完全に止まった。
試験の時と全く同じ状態だった。
透禍が下段からの攻撃をしても、”天花万象”を使っても。幸糸はそれらをいともたやすく撃退してしまった。
試験の時に”綱壊露網”を放たれた後、強い衝撃で気絶させられてしまった。
透禍はその虚ろな記憶が自身の体を突き動かそうとする。
「...」
だが、衝撃は来ない。透禍はその場に止まったままの状態へとさせられた。
そして透禍は少しずつ気が付いた。自身を固定する枷である、無数の糸を。
透禍は手首を捻って、刀でその糸を一本切ると、他の糸は連鎖的に緩んでいき、体は自由になった。
「じゃあ、リベンジマッチが終わったところで話をしようか」
そう言って、透禍と幸糸は対戦の途中で対話をすることになる。
今から見る世界は本当に俺がいるべき世界なのだろうかと。
この世界で生まれた力であるのに、この世界にはない力を持っている。
そんな俺は一体何者なんだろうか。どれだけ俺はそう考えるのだろうか。
今までに幾度となくそう考え、答えをもらったはずなのにそう考えてしまうのはどうしてだろう?
そう考えることで、また君からその答えを教えもらおうとしているからなのかもな。
...もう一度君に会うために。
結局答えは見つかることなく、誰かに教えてもらうこともできず、俺は己が眼を開く。
そうして、この世界に生きていることを自覚したときにはそんなもんかと悩みは消えていた。
だってそうだろう。俺にはまだ道があるのだから。決して途絶えることのないその先を目指して。
♢
今日は平日。
学生である俺らは普通なら学校へ行き、勉学に励まなければならない。
総戦高校は未成年の術士、少年少女のために作られた学校である。そのため、基本的には戦闘訓練などといった実戦訓練を行うのだが、術士全員が軍に入るとは限らない。
軍の人手不足は日常茶飯事であるが、術士だから軍に入れといった強制ではない。軍や術士が守るべきなのは我々の世界である。なら、その世界に生きる生命は尊重されなければならない。
術士の家系に生まれてしまったが故に、術の扱い方は習わなければならない。それは時として、自身や周囲の人たちを死に追いやってしまうような危険なものだから...。
そういったことから術士は総戦高校に入るが、進路は様々である。総戦高校では術士のための学校だとしても、必要最低限の勉学は必修である。
まぁ、逆に訓練のために学校を休むことも許可されているのだが。申請さえしっかり通せば、それなりに融通が利くのがこの学校の良いところ。
と、いうことで。今日、俺らは学校には行かず、またもや軍の秘匿訓練場へと赴いていた。
俺ら。今日、ここに来ているのは俺と透禍の二人だけである。
昨日、実習授業で行われた術の強化授業で、透禍のみが術を発動させられなかった。
口にはしてないが、彼女は自分のみが術を発動できなかったことに、それなり衝撃を受けていた。
そこで俺の役目という訳だ。せっかくこの班の担当を任せられたのだから、しっかりと教育をしなければな。
「じゃあ、やろっか?」
「...えっと、何を?」
「そりゃあ、もちろん対戦?」
「...行動が急すぎるし、どうしてあなたも疑問形なのよ」
それはそうだろう。俺はここに彼女を呼んだだけで、何をするのかといった詳細を一切合切教えていないのだから。
「透禍にはこれからここで術の訓練をしてもらう。だが、その前に君ともう一度、一対一の試合をしようと思ってね」
「...それは必要なことなの?」
「う~ん...。必ずとは言わないけど、少なくとも君はそれを望んでいるだろう?」
「...」
返事はない。学校初日の時に廊下で会った時のことを思い出すな。
俺がどうして何もかも知っているのか。それを彼女は知らない。
「知りたいだろ?」
軽く挑発気味に言葉を吐き捨てる。
「...分かったわ。やりましょうか」
「よし」
彼女は分かっているのだろう。
わざとこの状態にされていることを。それを理解しつつも、自分の追い求めるもののためにその道を突き進む。
実に君らしいよ。そうこなくっちゃ。
彼女は腰に差してある鞘から刀身を引き抜く。俺はそれに応じて、胸ポケットから黒手袋を両手にはめる。
♢
訓練場の真ん中を中心に、二手に離れ、互いに向き合った状態でそれぞれの術士が構える。
片方は刀を握り、正眼に構える。もう片方は両手をポケットに突っ込み、その場に立ち尽くす。
とてもこれから試合が行われるとは思わないような構えをとる後者。それでも一切の油断をしないで構える前者。
「...」
互いに黙り、そこから一歩も動かない。
開始の合図などはなく、試合は構えたその瞬間から始まっていた。
だが、両者とも動かずに数十秒の時が流れてゆく。
後者には先に動く気がないのだが、前者はそれを理解して尚、動けていなかった。
どれだけ、攻め方を考えても、一発たりとて自身の攻撃が当たる未来が見えない事実を感じ取っていたから。
透禍も”最強”と謳われるだけの素質と力を兼ね備えていた。だが、それを上回る"最弱"が目の前にいた。
だからと言って、透禍も諦めるような心は持っていなかった。
「ふぅ...」
一呼吸を置く。自身の頬を伝って、一滴の汗が落ちる。
それを合図に、透禍が刀を下段に持ち替えた状態で走り込んでくる。
その姿は試験の時と同じ構図である。
そのまま、透禍は下段からの切り上げを一線。
「せいっ!」
渾身の一撃。今できる最大の一太刀を繰り出した。
だが...。
「っ!?」
刀身はそのまま振り切られることなく、上半身手前で止まっていた。
刀身の先を見ると、そこには一本の腕が刀の切っ先を握っていた。
「噓でしょ!」
「悪いな、この手袋は特別製でね、そう簡単には切れないよ」
握り掴んでいる手にはめられている黒手袋を見ると、うっすらと青白く光っていた。
「まさか、その手袋もあなたの武器!?」
「大正解」
そう言うと、幸糸は掴んでいた刀を前に向かってなぎ捨てる。
刀の柄を掴んでいた透禍も一緒に吹き飛ばされ、着地ギリギリでなんとか受け身をとるが、訓練場の床に這いつくばった状態になる。
「この手袋の糸は俺が”運命”の術と一緒に編み込んだものでね、常に術をすぐさま発動できるように事前にセットされている優れものなんだ」
”倶旅渡”、”運命”の力を編んだ糸で作られた手袋。”運命”の力に守られ、”運命”の力を自在に操ることを可能にする。
倶旅渡には三つの能力が付与されている。一つは”強化”。二つは”硬化”。三つは”操糸”。
”強化”は術の力を身体能力強化へと変換させ、握力と腕力を自身の五倍にまで引き上げる。
”硬化”は運命を変えられるほどの強大な力でなければ、傷をつけることさえできないほどになる。
”操糸”は幸糸の糸が自身の手中になくとも操ることができる。
「さぁ、どうした?それで終わりか?」
「くっ...」
透禍は倒れ伏せた状態から素早く立ち上がると、今度は刀を上段に構える。
「ヒラバナ流刀術、”天花万象”」
透禍は幸糸が攻撃しないことを知って、術を使用するのに時間のかかる”天花万象”を放つ。
幸糸はそれに対して右手を上に掲げる。
「この世にはこの世の理を。——より——し——よ、——から——を——」
透禍が聞いた幸糸が紡いだその言葉には雑音が入り、透禍には何を言っているのか分からなかった。
だが、その言葉の後に幸糸の右手の人差し指の先に溜まる力が強くなることは感じ取った。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
互いが黙りながら見合う中を刻々と流れる時計の針の音。それが十二時を指し、鐘の音が鳴る。
その鳴り終わり、その瞬間を合図にまたもや透禍が走り込む。
「はっ!」
力を溜められた刃が幸糸の首を捉える。
刀が振り下ろされるその瞬間、幸糸の右腕がそれよりも先に振り下ろされる。
「糸術、”綱壊露網”」
すると、透禍の体が刀を振り下ろす一歩手前で完全に止まった。
試験の時と全く同じ状態だった。
透禍が下段からの攻撃をしても、”天花万象”を使っても。幸糸はそれらをいともたやすく撃退してしまった。
試験の時に”綱壊露網”を放たれた後、強い衝撃で気絶させられてしまった。
透禍はその虚ろな記憶が自身の体を突き動かそうとする。
「...」
だが、衝撃は来ない。透禍はその場に止まったままの状態へとさせられた。
そして透禍は少しずつ気が付いた。自身を固定する枷である、無数の糸を。
透禍は手首を捻って、刀でその糸を一本切ると、他の糸は連鎖的に緩んでいき、体は自由になった。
「じゃあ、リベンジマッチが終わったところで話をしようか」
そう言って、透禍と幸糸は対戦の途中で対話をすることになる。
0
「罪の花と運命の糸」をお手にとって頂き、ありがとうございます。
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