罪の花と運命の糸

文字の大きさ
上 下
4 / 39

天井と容疑

しおりを挟む
 幼い頃、私は兄姉から過度ないじめを受けていた。
 私自身はまだ幼稚な部分もあって、いじめを受けている自覚はなかった。我が家が他の家と違って、特殊だということもあって、これが普通だと思っていた。
 何かあるたびに怒られ、叩かれ、無視され。どうして自分がいじめを受けていたのかその理由は今となってはもう思い出せない。
 それでも私は努力を続け、優秀に、真面目に、強くなろうとした。
 そんなときに私を根底から覆すほどの事件が起きてしまった。
 その事件を境に、開花家の跡取りは私に決まった。


 ♢


 眩しい光が私の瞼をしきりに閉じさせてくる。
 目を開けると真っ白な天井、薬品の匂い。もう私にとってはすぐにどこか分かるほどの馴染んだ場所。

「...ここは、病院のベッド」

 と、いうことは私はまた気絶してしまったらしい。

「起きましたか?」
「...えぇ。またごめんね、悠莉」
「いえ、今回のことは仕方ありません」

 視線を横に向けると従者の悠莉がそこにいた。手慣れているようで、林檎の皮を剝いている。

「どれくらい寝てた?」
「今回は四日ほどです」
「結構過ぎてるわね」

 私は任務でかなり無茶をしてしまう性格であるため、こうして病院で数日寝ていることがよくある。
 軍の仕事とはいえ、このせいで周りとの勉学の差が開いてしまうのよね。
 私は体を起こし、手のひらを握って、閉じてを繰り返す。

「うん、大丈夫そうね。担当医を呼んできて」
「かしこまりました」

 そう頼んで悠莉に先生を呼んでくるように促す。
 それと入れ替わりに一人の男が病室へと入って来る。
 悠莉も特に何か言うわけでもなく、そのまま通す。
 それもそうだろう。彼は私の身内なのだから。

「おはようございます。当主様」
「...はぁ、まったく。そんなに畏まらなくていいぞ。今はお前の親として来ているのだからな」
「そういうことなら。久しぶりね、お父さん」

 この男は私の実の父親。そして今の開花家当主である。
 開花 双一楼。開花家の歴史の中でもかなり上位に名前が入るほどの腕を持つ。
 刀術に関しては負け知らず、どんな相手でも一振りで全てを薙ぎ倒してしまうと言われるほどである。
 勉学に関してはあまり強くはないが、自身の考えをきちんと持ち合わせ、それを通すだけの才覚もある。
 人間関係では誰にでも人当たりがよく、人選の目も蓄えている。
 何に関してもほぼ一流の働きをすることができるハイスペック人。
 それが私の父親である。
 今では当主として軍で高い地位に立ち、軍の指揮を任されている。
 そのため、なんとも多忙で最近は会う機会が減っていた。

「どうだ、具合のほうは?」
「なんともないわ。いつものように少し力を使い過ぎたせいね」

 私はヒラバナ流刀術を継承したときから、術を使い過ぎると気絶することがある。
 未だにこの体質に関しては解けていないが、このことが世間にバレれば開花家としての名誉が下がる可能性があるため、これは限られた人物にしか知りえないことである。

「すまないな。そんな体なのにお前を軍に入れてしまい」
「そんなこと言わないで。これは私が好きでやってることだから」
「...そうだったな」

 父とのひさびさの会話。私のことを心配してくれていることが伝わって来る。
 私は幸せ者ね。

「それで、今日は他にもお前に用事があってきたんだ」
「それは何?」

 先ほどまでの会話を一区切りし、お父さんは少し気を引き締めた。

「先日の任務のことだ」
「...」
「他の隊員から話は聞いてる。今までとは桁が違うほどの魔族の軍勢。そしてそれらを瞬時に倒した者について」
「っ!お父さんはそれをやってのけた人物を知ってるんですか?」
「...あぁ」

 これでも私たちの隊はかなり腕が立つほうだ。私たちが苦戦を強いられるほどの軍勢。
 それらを瞬時に倒した存在。私はそれが誰なのか気になって仕方がなかった。
 
「いったい誰なんですかその人は」
「...すまないな。これは教えることができないんだ」
「なんでですか?」
「軍の機密事項だからだ」

 軍での機密事項。それだけの秘匿性のある人物。
 俄然興味が湧いてきてしまった。

「ということはその人はこっち側の人なんですね」
「あぁ。だから脅威になることはない」
「わかりました」

 もちろんそんな強い人物と会ってみたい気持ちはあるが、一番はそれが味方か敵かの判別であった。
 私たちを助けてはくれたが、これも気になっていたことだ。
 もしその人物が敵側だとしたらこちら側が危機にさらされることもある。

「今日私がここに来た理由はお前と会いたかったことと、その人物について黙っていてほしいからだ」
「軍の命令ではないんですね」
「あぁ、これは命令ではなくお願いになる。これも彼の立場ゆえなのだが」
「...わかりました。この件については他言無用とします」
「すまないな」

 彼。その人物は男性なのか。
 誰かに言いふらすことはなくても、その人に対する興味は未だ溢れていた。

「失礼します。担当医をお連れしました」

 いいタイミングで悠莉が帰ってきた。

「それじゃあ、私はこれで帰ることにするよ」
「分かったわ。さようならお父さん。今日はありがとね。それと健康には気を付けて」
「あぁ、お前もな透禍」

 お父さんが出ていき、担当医が入って来る。
 私はベッドに再び横になると真っ白でシミのない天井を見上げた。
 その様子を遠くから見ている一人の人物がいることに気づいているのは誰もいなかった。


 ♢


 私は病院を後にし、車に乗り込み、家へと移動する。
 その時、スマホが鳴り始めた。

「...もしもし」
『こんにちは、双一楼さん』
「なんだ君か」

 私はスマホから聞こえる声とその呼び方で誰だか把握する。

「またスマホを変えたのかい?」
『はい。何度もすみません』
「いや、そんなことはいいさ。それよりも感謝しよう」
『そんなのいりませんよ』
「それでも娘を救ってくれたのだから」
『彼女も言っていたでしょう。これは俺が好きでやってることですから』

 電話の向こうにいる人物。それは先ほど透禍との話にも出てきた人物。

「ところでなんの用だい?」
『あぁ、頼まれていたことが分かったんです。やっぱり軍にいますね、”魔術士”』
「そうか」
『ただやっぱり、俺でもそれがどいつなのかはまだはっきりしませんね』
「わかった。その情報だけでもありがたい」

 そのあと少し今後について彼と計画を立てていく。

『それでは俺はこのへんで』
「あぁ、これからもよろしく頼む」

 そうしてこの会話履歴は消去する。


 ♢


 電話を切り、夕焼けを後にしながら宵の風をその身に受ける。
 気持ちのよい感覚を確かめながら俺は心配する。

「予想より早いな」

 俺の勘が警鐘を鳴らして止まない。

「ならこっちもそれに対応するだけだけど」

 俺はそういってその場から消え去る。
 影より暗く、深い色へと。


 ♢


 今日は、俺には珍しく早く学校へ登校した。
 こんな日には隕石でも降ってきそうで怖いな。
 自分でそう思う。
 教室の扉に手を伸ばし、軽快に中へと入る。教室の中にはすでに登校していた人物がいた。
 そこにいるのは白い髪、白い肌とまるでそこに存在していないかのような透明感を醸し出す。
 制服を綺麗に纏っており、席に着いている所作はまるで一国の姫君のよう。
 彼女もこちらに気づき、空の様な色をした瞳がこちらを捉える。

「おはよう、透禍さん」
「...おはようございます。夜桜くん」

 なんとも簡素な挨拶。
 それでもその声は美しく、つい気をとられてしまった。

「体の方はもう大丈夫?」
「えぇ、数日休ませてもらったおかげで」

 彼女は数日間体調不良ということで休んでいた。

「はい、これ。ここ数日間の授業のノート。必要でしょ?」

 彼女は呆然としていた。

「あれ?もしかしてもう他の友達から見せてもらってたりする?」
「いえ、見せてもらってないし、必要ではあるけど...」

 なんとも歯切れの悪い。

「その、どうしてそんなことしてくれるの?」
「...ん~、まぁ、強いて言うなら、困っている君を助けたいから」
「...へ?」

 そんな間抜けな声が聞こえたが聞こえないふりを押し通す。

「とりあえず受け取っといて。じゃあ」

 俺は自分の席へと戻る。
 ほかに誰もいない教室に、気まずさだけが残っていた。
しおりを挟む
「罪の花と運命の糸」をお手にとって頂き、ありがとうございます。
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...