罪の花と運命の糸

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分岐と窮地

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 購買で残り物のパンを買い、教室へ帰る途中。俺は廊下の曲がり角で一人の女性と鉢合わせる。
 まぁ、わざと相対したわけだから、どちらかというと待ち伏せの方が近いかな。
 そんな犯罪者みたいなことを自覚しつつ、俺は彼女と話をしようと声をかける。

「こんにちは、開花 透禍さん」
「...」

 そうだよな~。すっごい警戒心。
 そりゃ今まで面識が待ったくなかったはずの俺が急に声をかけてきたらそうなるよな。
 さてどうしようかと話始めてから考え始めるのだが、俺より先に彼女から話は続き始めた。

「あなたって、何?」
「...ふっ」

 さっきとまったく逆の展開になったな。俺の方が彼女を警戒してしまった。
 だけど、そういう部分が彼女らしいと再確認する。

「俺は夜桜 幸糸。さっき君が話していた”最弱”の糸術士ってだけの、ただの人間だけど」
「...」

 警戒心が跳ね上がったな。今やられたお返しだ。
 さっきまで俺が近くにいなかったのに、さっきまで話していた会話の内容を俺が知っているのだから。
 もしそんな人物が俺にも現れたら当然怪しむ。

「まぁまぁ、今回はこんなところでお開きにしましょうか。この後も授業はあるわけですし」
「...午前中の授業に出ていなかった人がよく言えるわね」
「まぁそうだけど、内容は知っていたから別に大丈夫だろ。ということで、じゃあ」

 さぁ、このあと彼女は想定どおりに動いてくれるか楽しみだな。


 ♢


 そのあとは何の変哲もなく半日が過ぎ去った。
 家に帰ってから早々に寝むり、今は二十三時を過ぎたあたりになっていた。
 ここが一種の分岐点。今度こそ俺は、自分の意志を持って選択できているだろうか。
 もしその選択が正しかった場合、これから俺は多くを敵に回してしまうだろう。
 それでも俺は、それを掴みたいから。

「よし、行くか」

 俺は夜中、ひとりでに外へと出ていく。
 ある可哀そうで、無自覚な罪を背負っている姫を導くために。


 ♢


 この世界には、遥か昔から”術”という力を操る者たちが存在していた。
 それら術を扱う者を”術士”と呼ぶ。そして、術士たちはその力を後世に残そうと、代々継承されてきた。
 術士は武器や技を基礎とし、それらに様々な能力を付与したり、放つことで戦うことができる。
 そうした術士の歴史の中でも、かなりの年代数を誇るのが開花家、私の家であった。
 我が家では刀術を扱い、その術の名をヒラバナ流と呼ぶ。術士の中でもかなり少ない、流派を持つ術である。
 ヒラバナ流が扱う術は、”生”。花が咲き、枯れるまで。そういった生きる事象に必要な力を操ることができる。
 それは、生物が生きる上では当たり前であり、必須の力。そのため、この術は”最強”と呼ばれる。
 それもそうだろう。命とは、普通であれば私たち生物が触れることのできないものなのだから。
 自分自身、この力に恐怖を覚えるほどである。
 それでも、私がこの術を使おうと決めた言葉がある。それが、この刀術を習う時に教えられる言葉がある。

 ”何かを斬る刀ではなく、何かを咲かせる刀を”

 我が家の家訓であり、私の好きな言葉である。私はこの言葉を”人を守るために力を使え”と考えている。
 私はこの思いを継承するために、刀術士となった。
 そして、術士の目的。術士が存在する理由。それは、この世界を奪おうとする者たちからこの世界を守ること。
 そのため、現代社会の今では、術士は国が作った軍に所属し、世界を守ることが基本である。
 術士は成人し、尚且つ自分が扱う術を皆伝していることが絶対である。
 しかし、私は開花家という権力と努力して会得してきた力を認められ、早くに軍に所属することができた。
 軍に所属してから約一年が経った。その間、戦闘経験はそれなりに培ってきたと思うし、着々と力を付けてきたと思っていた。
 だが、それでも圧倒的な力の前では意味を成さなった。
 この世界を奪おうとするやつらのことは、魔族と呼ばれる。それらは、この世界とは別の世界から次元を切り開き、やって来る。
 次元を切り開く時間は決まっていた。午前零時ぴったしに、それらはやって来る。
 世界から陽が消え去り、完全な陰の時間になったとき。次元が開く場所、扉が出現する場所は決まっていない。
 扉は開かれる前に、膨大な力を放出する。それを、零時になる前に探知系の術を使う者に見つけてもらう。
 そして、私たち軍の人間がそこに向かい、魔族の侵攻を防ぐ。

「透禍は今日から総戦に通うんだったな?」
「はい」
「大変だね~。軍の仕事に加えてお勉強なんて」
「そうですね、でもどちらも好きでやっていることなので」
「透禍ちゃんは優しくて、真面目で、偉いわよね~。あと可愛いし!」
「当たり前です!私の透禍様ですから!」
「なんで悠莉が自慢げなんだよ。あと”お前の”じゃない」
「べつにいいじゃないですか!」

 軍の隊は基本的に少数で結成されている。
 術士たちが術を扱うために必要な力は同じでも、操る術の系統によって術が反発しあってしまうためである。
 この隊は私を含め、五人で構成されている。
 隊長の天谷 涼。剣術士であり、”水”を操る。
 副隊長の四季 秋奈。扇術士であり、”風”を操る。
 先輩隊員の菊明 光人。槍術士であり、”光”を操る。
 そして私の護衛兼、隊員の木茎 悠莉。銃術士であり、”土”を操る。
 最後に私、開花 透禍。刀術士であり、”生”を操る。
 私たちはいつも通り準備をし、零時になるのを待った。
 そして、時は来た。扉が開かれ、魔族の軍勢が現れた。
 開戦の火花が散った。
 最初は何の変哲もない魔族だったが、次第にこちらが押されるようになってしまった。
 気づかなかった。まさか背後にもう一つ扉が開かれていたなんて。
 前と後ろから挟まれた私たちは逃げ場を失い、囲まれてしまった。

「くっ!...どおりで注意を引くような動きや時間を長引かせる戦闘スタイルなわけだ」
「涼!このままじゃやばいぞ」
「そんなこと言ってないで手を動かして!」

 それぞれ話し合っているが、三人とも自分たちの術を合わせ着々と敵を倒していく。
 光人さんの術で敵だけに閃光を浴びさせ、秋奈さんの術で足をすくい、涼さんの術で敵を一か所に集め、水圧で押し殺す。
 なんとも手際がいい。だがそれでもやはりこちら側が不利な状況であった。

「術を使います!避けてください!」

 私の掛け声とともに全員が退避する。それを確認してから私は術の構えをする。
 刀を上段に構え、足を前後に開き、衝撃に耐えられるようにする。
 そしたらあとは刀を下に流すだけ。それだけの動き、だが術を一番簡単に出力するのにうってつけな動作。

「ヒラバナ流刀術、”万廻花”」

 刀から飛び出た術が敵群の真ん中目掛け、一直線に駆け抜けた。
 すると無数の花が咲き、それらが高速で回りながら敵を薙ぎ倒していく。

「やっぱり透禍の術の殲滅力は凄まじいな」
「ですが...」

 私の術は確かに多くの敵を倒した。だが、それでも相手はまだまだ倒した敵の倍以上はいる。

「いつもより数が多すぎやしない!?」
「ちっ、どうしようもねぇ。本部に連絡はした。応援が来るまで耐えるぞ」
「あいよっ!」

 私の術もそんなに連発できない。頑張るしかない!
 だが...。

「ぐはっ!」

 時間が経つにつれて戦況は悪化していった。皆、重傷を負い、膝をついていた。
 私は敵の剣士と鍔迫り合いになっていた。敵はなんと言っているのか分からないが、大声を出し、笑いながら刀身を私の首に近づけていった。
 やばい!
 ただ焦燥に刈られていった。

「だれ、か...たすけて...」

 そんな救いを求める声を小さく、ただただ小さく発した。
 それは響くことなく、消えていった。
 しかし...。

「分かった」
「へ?...」

 その瞬間、敵の動きが一秒、いや一瞬だが止まり、気づくと敵の殆どが粉々にされていた。
 四肢がもげているもの、腹部が捻じれているもの、頭部が砕け散っているもの、様々だった。
 隊の皆もなにが起こったのか分かっていなかった。まだ生きている敵も手足の動きを止め、立ち尽くしていた。
 なにが起こって...。
 そして空からプロペラの音が聞こえてきた。

「おーい。応援に来たぞ!」

 そのあとは応援に来た隊が残りの魔族を倒し、異例な数の敵だったにも関わらず、死人零で任務を達成した。

「は~、死ぬかと思った」
「あぁ、俺らも死んでると思った」
「ふざけんな!」
「悪い悪い、それにしても本当よく生きてたな」
「本当にな...」

 そういって他の隊の人が茶化してきた。
 だが、本来ならそうなっていただろう。あの時、魔族の殆どを倒したのは何だったんだろうと、私たちの隊は全員がそう思っていた。
 他の隊の口ぶりからして、あの時の攻撃は彼らではない。
 それにあの時の声は...。
 分からないことだらけだが、今生きられていることに心の底からほっとし、帰りのヘリの中で私は意識を暗い湖の中へ沈めていった。
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