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(お膳立ては任せてほしいって昌は言ってたけど……)
休み時間。
昌に屋上で待っているように言われた正吾は一人、加恋が来るのを少し物憂げな表情で待つ。
(よりにもよって、屋上での待ち合わせか……)
なにせこの間、マンションの屋上から落ちたばかりなのだ。
学校とマンションという違いはあれど、良い印象なんてある訳もない。
(確かにここなら滅多に人なんて来ないだろうが……)
だが、真冬の屋上なんて、ただ寒い上に風も強いだけで好き好んで人が寄り付く筈もなく、絶好の場所であるのも確かだし。
そもそも昌に相談したのは正吾だ。
不満に思いたい訳ではないのだが、それでも複雑な気分になってしまうのは仕方ないだろう。
「あの、御堂君に言われて来たんですけど……」
そんな正吾の気持ちなど知る訳もなく。
どこか不安気な様子で加恋が屋上へとやってきたのだが――
「やっぱり西山君だったんですね。呼び出してくれたの」
正吾の姿を見付けるなり、加恋はほっとしたように軽く微笑む。
どこか安心したようにも見えるし、そこはかとなく嬉しそうな笑顔であった。
「ああ、悪いな。急に呼び出したりなんかして」
「だ、大丈夫です! 気にしないでいつでも呼んで下さい!」
「そ、そうか? それならまあ、よかった、のか?」
「はい! よかったんです!」
(楠さんって、こんな感じの人じゃなかったような?)
正吾の知っている加恋は、気弱な感じの女子だ。
どのくらい気弱かと言えば、偶に目が合っても半分にも満たない低確率で挨拶してくれるだけで大体は目を逸らされる感じの女の子の筈だったのだが――
(まあいいか。気にしても仕方ない)
むしろ話を訊く分には好都合。
「えーと、その、だな。訊きたい事が――」
早速話を切り出そうとする正吾だったが――
「ま、待って。それ以上言わないで下さい。言葉にされたら恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうですし!」
「あ、ああ。そうか。それは何か悪い……」
(直接礼とか言われるのが恥ずかしいのか? 確かに、助けてくれたのに見付からないようにしてた感じあるものな……)
それにしても――
(話が早いな。てっきり、誤魔化そうとするのかと思っていたんだが――)
物的証拠なんて、ただの一つだって有りはしない。
誤魔化されたら追求のしようもないんだし、助けてくれた相手かどうか解る反応の一つでもしてくれれば御の字程度に正吾は思っていたのだが――
むしろ呼び出された理由なんてこれだけだ、という加恋の態度に驚きを隠せなかった。
「き、聞きたくない訳じゃないんです。ただ、その、いきなり過ぎて心の準備がまだ出来てないと言いますか、その……」
「いや、こっちも急に呼び出してわる――」
「全然悪くないです! 嬉しかったですから! だから謝らないで下さい!」
「あ、ああ……」
見た事もない剣幕で言葉を捲くし立てる加恋に気圧されつつ――
それでもどこから話を切り出そうかと考えていたのもあり、渡りに船とばかりに加恋が話を切り出してくれるのを正吾は待つ事にした。
「その、私から訊いていいですか? どうして私なんですか?」
「どうしてって……」
(どうやって目星を付けたのかって事か?)
「立花さんだって居ますし、その、私なんかでいいのかなって……」
(まあ、そうなるよな)
物証の一つも残ってなかったのに、特定される理由なんてない筈だ。
「い、嫌とかそういう話じゃないんです! ただ、その、どうしても信じられなくて……」
「ああ、実は悩んだ。理由だけで考えれば、静音か昌だろうなって」
「御堂君も対象なんですか!」
「あ、ああ?」
妙に驚いた様子の加恋に疑問を持ちつつ、正吾は思考を整理していく。
(よく推理物で使われる言葉に【ホワイダニット】という言葉がある)
平たく言えば、『動機は何なのか』という意味合いの言葉だ。
(そういう方向で考えていけば、一番可能性があるのは静音か昌だ。あの二人なら、治す手段があるなら治療してくれる……んじゃないかと思う。誰か別の人間の命と引き換えにとか、そういうトンデモない代償でないのなら)
逆を言えば、その二人以外で自分を助けてくれそうな人間に心当たりは全くない。
しかし――
(それでもいくら驚いたからって、今更二人が俺の事を西山君なんて呼ぶとは思えない)
この推理形態は、何も手掛かりがない時に有効活用されるものだ。
「楠さんだけなんだ。俺の事、西山君って呼ぶ女の子ってさ」
それ以上に明確な手掛かりがあるなら、手掛かりを追い求めていくのが自明の理。
そうでなければ動機らしい動機がない通り魔的な無差別事件や、偶然が絡み合ったような事故めいた内容ならどうしようもなくなってしまう。
「これがどうにも印象的で、忘れられなくてな……」
ならば助けてくれた恩人が残した唯一と言っていい手掛かり。
それが自分の事を『西山君』と呼んだ声であり、心当たりである彼女を問い詰めるのは当然の選択であった。
「そ、そうなんだ。私だけ、なんですね……」
「昌は正吾。静音は正吾君。他の人は大体あだ名で呼ぶからな」
妙に嬉しそうに顔を赤らめた加恋に違和感を覚えつつ、正吾は加恋に語り掛ける。
「で、でも。そんな小さな事なんかで……」
「こういうのってさ。そういう細かい理屈だけじゃどうにもならない事ってあるじゃないか」
細かい理屈とかを考えようとすれば、そもそもどうやってあの怪我を治したのかとか、もはや常識や現代医学を軽く超越した部分が引っ掛かって仕方ない。
けれど、そんな事は考えるだけ無駄な話。
心臓を貫かれた人間が一晩で回復する納得出来る方法なんて、どれだけ考えたってある筈がない。
「どうしても気になって気になって仕方なかった。それじゃあ足りないか?」
それなら今だけは全てを忘れて、たった一つの手掛かりに賭けてみる。
現状、それしか出来る事がない以上、とりあえず挑んでみるというのが正吾の選んだ道だった。
休み時間。
昌に屋上で待っているように言われた正吾は一人、加恋が来るのを少し物憂げな表情で待つ。
(よりにもよって、屋上での待ち合わせか……)
なにせこの間、マンションの屋上から落ちたばかりなのだ。
学校とマンションという違いはあれど、良い印象なんてある訳もない。
(確かにここなら滅多に人なんて来ないだろうが……)
だが、真冬の屋上なんて、ただ寒い上に風も強いだけで好き好んで人が寄り付く筈もなく、絶好の場所であるのも確かだし。
そもそも昌に相談したのは正吾だ。
不満に思いたい訳ではないのだが、それでも複雑な気分になってしまうのは仕方ないだろう。
「あの、御堂君に言われて来たんですけど……」
そんな正吾の気持ちなど知る訳もなく。
どこか不安気な様子で加恋が屋上へとやってきたのだが――
「やっぱり西山君だったんですね。呼び出してくれたの」
正吾の姿を見付けるなり、加恋はほっとしたように軽く微笑む。
どこか安心したようにも見えるし、そこはかとなく嬉しそうな笑顔であった。
「ああ、悪いな。急に呼び出したりなんかして」
「だ、大丈夫です! 気にしないでいつでも呼んで下さい!」
「そ、そうか? それならまあ、よかった、のか?」
「はい! よかったんです!」
(楠さんって、こんな感じの人じゃなかったような?)
正吾の知っている加恋は、気弱な感じの女子だ。
どのくらい気弱かと言えば、偶に目が合っても半分にも満たない低確率で挨拶してくれるだけで大体は目を逸らされる感じの女の子の筈だったのだが――
(まあいいか。気にしても仕方ない)
むしろ話を訊く分には好都合。
「えーと、その、だな。訊きたい事が――」
早速話を切り出そうとする正吾だったが――
「ま、待って。それ以上言わないで下さい。言葉にされたら恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうですし!」
「あ、ああ。そうか。それは何か悪い……」
(直接礼とか言われるのが恥ずかしいのか? 確かに、助けてくれたのに見付からないようにしてた感じあるものな……)
それにしても――
(話が早いな。てっきり、誤魔化そうとするのかと思っていたんだが――)
物的証拠なんて、ただの一つだって有りはしない。
誤魔化されたら追求のしようもないんだし、助けてくれた相手かどうか解る反応の一つでもしてくれれば御の字程度に正吾は思っていたのだが――
むしろ呼び出された理由なんてこれだけだ、という加恋の態度に驚きを隠せなかった。
「き、聞きたくない訳じゃないんです。ただ、その、いきなり過ぎて心の準備がまだ出来てないと言いますか、その……」
「いや、こっちも急に呼び出してわる――」
「全然悪くないです! 嬉しかったですから! だから謝らないで下さい!」
「あ、ああ……」
見た事もない剣幕で言葉を捲くし立てる加恋に気圧されつつ――
それでもどこから話を切り出そうかと考えていたのもあり、渡りに船とばかりに加恋が話を切り出してくれるのを正吾は待つ事にした。
「その、私から訊いていいですか? どうして私なんですか?」
「どうしてって……」
(どうやって目星を付けたのかって事か?)
「立花さんだって居ますし、その、私なんかでいいのかなって……」
(まあ、そうなるよな)
物証の一つも残ってなかったのに、特定される理由なんてない筈だ。
「い、嫌とかそういう話じゃないんです! ただ、その、どうしても信じられなくて……」
「ああ、実は悩んだ。理由だけで考えれば、静音か昌だろうなって」
「御堂君も対象なんですか!」
「あ、ああ?」
妙に驚いた様子の加恋に疑問を持ちつつ、正吾は思考を整理していく。
(よく推理物で使われる言葉に【ホワイダニット】という言葉がある)
平たく言えば、『動機は何なのか』という意味合いの言葉だ。
(そういう方向で考えていけば、一番可能性があるのは静音か昌だ。あの二人なら、治す手段があるなら治療してくれる……んじゃないかと思う。誰か別の人間の命と引き換えにとか、そういうトンデモない代償でないのなら)
逆を言えば、その二人以外で自分を助けてくれそうな人間に心当たりは全くない。
しかし――
(それでもいくら驚いたからって、今更二人が俺の事を西山君なんて呼ぶとは思えない)
この推理形態は、何も手掛かりがない時に有効活用されるものだ。
「楠さんだけなんだ。俺の事、西山君って呼ぶ女の子ってさ」
それ以上に明確な手掛かりがあるなら、手掛かりを追い求めていくのが自明の理。
そうでなければ動機らしい動機がない通り魔的な無差別事件や、偶然が絡み合ったような事故めいた内容ならどうしようもなくなってしまう。
「これがどうにも印象的で、忘れられなくてな……」
ならば助けてくれた恩人が残した唯一と言っていい手掛かり。
それが自分の事を『西山君』と呼んだ声であり、心当たりである彼女を問い詰めるのは当然の選択であった。
「そ、そうなんだ。私だけ、なんですね……」
「昌は正吾。静音は正吾君。他の人は大体あだ名で呼ぶからな」
妙に嬉しそうに顔を赤らめた加恋に違和感を覚えつつ、正吾は加恋に語り掛ける。
「で、でも。そんな小さな事なんかで……」
「こういうのってさ。そういう細かい理屈だけじゃどうにもならない事ってあるじゃないか」
細かい理屈とかを考えようとすれば、そもそもどうやってあの怪我を治したのかとか、もはや常識や現代医学を軽く超越した部分が引っ掛かって仕方ない。
けれど、そんな事は考えるだけ無駄な話。
心臓を貫かれた人間が一晩で回復する納得出来る方法なんて、どれだけ考えたってある筈がない。
「どうしても気になって気になって仕方なかった。それじゃあ足りないか?」
それなら今だけは全てを忘れて、たった一つの手掛かりに賭けてみる。
現状、それしか出来る事がない以上、とりあえず挑んでみるというのが正吾の選んだ道だった。
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