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二章 殺人未遂の咎 ~生還~

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「…………」

 見慣れた天井が正吾の視界を覆いつくしていた。

 予想外の光景に思考が追い付かず、機械のような固い動きで辺りを見渡す。

 そこは引っ越し直前かと錯覚するくらい物が少ない部屋だった。特に住んでいる人間の臭いを感じさせない空気は正吾には馴染み深い物である。

「自分の部屋?」

 どこか信じられない想いに思わず声が漏れた。

 今の光景と目覚める直前までの記憶が全く繋がらない。

(何が、どうなってるんだ?)

 現状を把握しようと記憶を思い返す。

 突然の呼び出しメール。何故か怒っていた奈緒。屋上から放り出された自分の身体。身体を引き裂くような風の暴力。

 そして――

 自分の胸に入り込んだもみの木。身体から流れ出た赤い液体。

(気持ち悪い……)

 光景だけでなく感触すら鮮明に思い出し、吐き気が込み上げてくる。

(いや、吐いている場合じゃない……)

 吐き気を無理やり抑え、再び部屋の中を見渡してみるが――

 血の一つも見付からなければ、屋外ですらない。

 記憶が途切れる前の光景が嘘としか思えない平凡な朝の光景が目の前にあった。

 異常事態に巻き込まれたと思っていたのに、目覚めたら布団の上。

 それを説明出来る状況を正吾は一つだけ知っている。

(……夢、だったのか?)

 もし覚えている記憶が全て夢ならば、むしろその方が納得出来る。

 冷静に考えれば、あまりにも突然過ぎる事件だったからだ。

 前触れもなく死んでしまう。

 それだけなら交通事故や通り魔に襲われるなり、確率こそ低いが無いとは言えない。

 だが夜も遅い時間に連絡先すら知らない相手にマンションの屋上に呼び出された上に、そこから落ちて死ぬなんて通り魔に遭遇するよりも遥かに難しいだろう。

 しかし――

(あの感触も全部夢?)

 現実味のない出来事に反し、感触だけは鮮明に身体に残っていた。

 まるで全てが現実だったと全身が訴えているほどの生々しい感触。それは胸に何も無いと解った今でも異物感を思い出させ、無意識に胸元を抑えた正吾だったが――

「……やっぱり夢なのか」

 手に返ってきた制服の感触が割り切れない正吾の想いを否定した。

 自分の胸と一緒に木に貫かれた筈の制服。その胸元部分には血や穴どころか、汚れの一つすら見当たらない。汗でぐっしょりと濡れて皺になっているものの新品のような綺麗さだった。

「何であんな夢なんか……」

 物的証拠の一つもない以上、どれだけ現実感があっても夢と割り切るしかない。

 どこか釈然としない想いを抱きつつ、夢と割り切ろうとした正吾だったが、ふと視線を感じた気がして部屋を見渡す。

 正吾以外には誰も居ない筈の部屋。視線なんて存在する訳がないのに――

 机代わりにしている段ボールの上。そこに視線の主が居た。

「……なるほど、コレのせいか」

 それは友人である晶が前から勧めてくれていたライトノベルだ。勘違いや嫉妬、思い込みで主人公やサブヒロインを殺そうとするという相当に病み気味なヒロインが話題を読んだ作品である。

 その表紙に描かれているヒロインが、血の滴る包丁片手に凄まじい目付きで正吾の事を見詰めていたのだ。

(こんな目で一晩中見られ続けたら悪夢の一つくらい見るかもしれん……)

 真っ直ぐに自分の方を向いている目に薄ら寒いものを感じながらも、同時に安心感に息を吐く。

 自分が死ぬ事に比べればライトノベルのキャラに睨まれている事なんて可愛いものだ。

(まだ一文字も読んでないが晶に返しとこう)

 とはいえ、さすがにあんな血生臭い夢を見た原因と思えば読む気どころか、手元に置いておく気すら起きない。

 表紙のキャラと目を合わせないようにしつつ正吾は本を手に取ると、傷や汚れ防止の為に袋へ入れて学生鞄へとしまう。

(今何時だ?)

 と、そこで学校の事を思い出した正吾は時間を確認する。

 いつもは携帯電話のアラームを目覚ましにしているが、今日はその音を聞いていない。

(……まだ六時か)

 寝過ごしたのかと心配した正吾であったが、むしろいつも起きている時間より一時間ほど早かった。

(そういえば夢だとメールが着てたんだよな……)

 ふと奈緒からメールが着たのが事件の始まりだった事を思い出して携帯電話を操作する。

 新着、既読済みメール。両方を入念に確認し、ついでに送信メールと下書きとゴミ箱の中も確認してみたが――

(やっぱり何もないな)

 そこにも事件を決定付ける証拠は見当たらず、ようやく事件が全て夢だと思えた正吾は二度寝の為に布団を被り直す。

(ああ、忘れない内に晶にメール送っておこう)

 眠り切ってしまう前に借りてた本の返却を伝えるメールを送ると、正吾はそのまま眠りに着いた。
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