12 / 31
3の国へ
しおりを挟む明朝、3の国の最も豪奢で広い謁見の間では、物々しい空気が漂っていた。中央の丸テーブルには、三の方と五の方が向かい合わせに座り、それぞれの右後方に侍従長が控える。
重苦しい雰囲気の中で口を開いたのは、柔らかい笑みを携える五の方だった。
「我が国の侍従長への無礼は一先ず置いておきますが…いつ頃紅神子様に拝謁出来ましょうか?」
ごくり、と三の方の喉が鳴る。一先ずという事は、侍従長慧羅への 仕打ちは忘れないという事だろう。
五の方は穏やかで物腰の優しい人物だ。…しかし、それは紅神子に対して特に顕著だ。
彼が3の国に来た理由は、勿論慧羅の仕打ちへの事
だけでは無い。 紅神子への謁見である。五の方は、代々の紅神子の側室を務めてきた。まず、見間違う事はないだろう。
「…紅神子様は、現在沐浴に入られていらっしゃるので…少々かかるかと。」
三の方の遠回しの拒否にも、全く五の方は気にせず頷く。
「そうですか。ならば、構いません。お待ちしましょう。」
もしも、3の国の紅神子が偽物であれば、五の方はどう出るのか。三の方は、きっと本物の筈だ…とテーブルの下で拳を握るのだった。
静かに淹れられた茶を口にした時、扉が軽く叩かれ3の国侍従長がメイドに呼ばれる。
「…………!」
驚きに目を見張る3の国侍従長は、慌てて三の方に耳打ちをした。
(…急な報せで、一の方様がいらっしゃり三の方様に御用がありますと。…何やら、あの゛偽¨神子も一緒だと)
(何だと?!)
三の方の顔から血の気が引く。ふと、目が合う五の方には引き吊った笑みを浮かべて置く。
「大変申し訳ありませんが、少々私用ができまして席を外しますが…どうぞおくつろぎ下さい。」
それだけを言って、直ぐに出ていく三の方の出ていった扉を見つめる。
「…慧羅。」
「はい。」
後方の侍従長慧羅に言葉だけを投げ、椅子から立ち上がり視線を交わす。長い付き合いの二人には、それ以上は必要無かった。
「…っご、五の方様!?」
「何でしょうか?」
扉に向かう五の方に困惑するメイドに微笑み、首を傾げる。それ以上近づけぬ様に、慧羅が手で制す。
「あ、あの、三の方様が此処でお待ち下さります様にと。」
部屋を出るなという事か。五の方の瞳が冷たい光を放つ。
「厠に行くだけですが?」
「…で、ではご案内を。」
それでも食い下がるメイドに向けて、最後の追い討ちをかける。
「結構。案内をされたら牢屋だったなんて、笑えませんからね。」
その一言に、3の国の者は思う。もう、3の国と5の国は危うい所まで来てしまったのだと。この状況を打破出来るのは…。
*
五の方は慧羅と少数の護衛を連れて、何やら慌ただしい回廊を歩いて行く。
何が起きているのか?先ほど、微かに一の方と聞こえたが。
五の方は涼しい表情のまま、ただ思案する。
3の国で偽神子を囲っているなら、戦争も辞さない覚悟なのだが…上手くいかない物だ。
視線の先では、梅の花が風に揺れる。
「…うう~。…迷っちゃったな。」
風と共に、不安そうな少女の声に気付き足を止めると、後ろを歩いていた筈の慧羅が「あ」と声を上げる。
「え…ああ!そこの方!」
「…ん?あ、ああー!」
慧羅が指を指し声を上げた先の相手は、驚きに目を見張ると共に嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ケイラさん!わあ、良かった!怪我は大丈夫ですか?」
「…あ、ああ…。」
嬉しそうな少女…紅葉とは裏腹に、慧羅の反応は悪く少し距離を取ろうとさえしている。
ううん?何で?
首を傾げる紅葉の背後から「紅神子様…?」と声がかかった。
紅神子?あ、私だった。
ゆっくり振り返る視線の先に、優しい雰囲気の男性が見つかる。栗色の枝毛すら無い透き通った長い髪をうなじから纏めており、梅の花弁が一枚舞い落ちた。
「…紅神子様?」
伺う様な相手の瞳と重なる。
「…………っ」
その瞬間、紅葉の頭がズキリと痛み強く目を閉じた。
また…自分の中のモミジの意識だろうか?
……………
…ええ。壱刄は、私を守る始まりの刀だから壱刄。
え…貴方?そうね…。
痛みを訴える頭を抑え込み、記憶の映像を思い浮かべる。穏やかに微笑む青年は、自分にその先をやんわりと催促していた。
………
そこで、映像が途切れる。本当にもう時折現れる昔の記憶?を止めて欲しい。
だけど…あまりに現実味のあるこれは、私の記憶なのだと実感するのだ。
「大丈夫ですか?ご気分でも…。」
気付くと紅葉の足下に片膝を着く男性は、心配そうに顔を覗き込んでいた。じっと紅葉の赤い瞳と合わさる誠実なそれは、知らず安心させてくれる。
思い出したよ。私の記憶での、優しい五の方で側室。
「…大丈夫です。えっと、守来さん。」
私の未来を守る人。
にこりと笑いかけた紅葉の言葉が終わるのを待たず、言葉なく五の方…守来の胸に閉じ込められる。
壱刄の激しさとはまた違い、加減され優しく抱き止められ黙って身を任せた。
私はモミジじゃないけど、彼らの気持ちを無下にしたくないな。
「…はい、守来でございます。ずっと、ずっとお待ちしておりました。モミジ様…。」
気を利かせて慧羅は下がっており、二人だけの空間が作られる。
「…あの、でも私…紅神子の記憶は微かにあるんですけど、違うかもしれないですよ?」
不安を込めた紅葉の問いにも、守来の態度に変わりは無い。そっと体を離し、ゆるゆると微笑む。
「いいえ、その名を知るのはモミジ様だけ。その瞳も変わらない美しさ。1つ違うとしたら、初代紅神子様は美しく…」
うう…普通?子どもっぽい?オーラが無い?
その後の守来の言葉に、紅葉は赤面する事となった。
「貴女は、とてもお可愛らしい事でしょうか。」
て、天然なの?!
21
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説


女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。

何を言われようとこの方々と結婚致します!
おいも
恋愛
私は、ヴォルク帝国のハッシュベルト侯爵家の娘、フィオーレ・ハッシュベルトです。
ハッシュベルト侯爵家はヴォルク帝国でも大きな権力を持っていて、その現当主であるお父様にはとても可愛がられています。
そんな私にはある秘密があります。
それは、他人がかっこいいと言う男性がとても不細工に見え、醜いと言われる男性がとてもかっこよく見えるということです。
まあ、それもそのはず、私には日本という国で暮らしていた前世の記憶を持っています。
前世の美的感覚は、男性に限定して、現世とはまるで逆!
もちろん、私には前世での美的感覚が受け継がれました……。
そんな私は、特に問題もなく16年生きてきたのですが、ある問題が発生しました。
16歳の誕生日会で、おばあさまから、「そろそろ結婚相手を見つけなさい。エアリアル様なんてどう?今度、お茶会を開催するときエアリアル様をお呼びするから、あなたも参加しなさい。」
え?おばあさま?エアリアル様ってこの帝国の第二王子ですよね。
そして、帝国一美しいと言われている男性ですよね?
……うん!お断りします!
でもこのまんまじゃ、エアリアル様と結婚させられてしまいそうだし……よし!
自分で結婚相手を見つけることにしましょう!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる