11 / 31
重なる夜
しおりを挟む「…誰か、何か言ったのでしょうか?」
涙を溢し俯く紅葉の瞳には、壱刄の表情は分からない。勿論少し震える声には気付けなかった。普段の紅葉なら気付けただろうが、今の頭の中はいっぱいいっぱいであった。
「…モミジ?」
壱刄の指先が紅葉の頬に触れた瞬間、体がビクリと震え「止めて」と振り払う。
「ル、流華の所に行けば?」
自然と、喉元がひくりと鳴る。
「流華?なぜ侍従長を…。」
戸惑う相手に憤る。心の内から、悲しみが広がる。
これは…誰の気持ち?だって、私別に壱刄の事なんて…。いいえ壱刄は〈私〉の物。侍従長なんかに奪われたくない!
紅い瞳でじっと相手を見上げ、後から涙が溢れていく。
「…壱刄…やだ。やだよ…。」
自分の意思とは反対に、心が乱れていくのを感じる。知らずその場にしゃがみ顔を手で覆い、流れる涙を隠す。
悲しい、辛い、
苦しい、酷い、
裏切りだ、最低、
嘘つき…
「どうして…?私を待っていたのは、嘘だったの?」
その言葉が終える瞬間、体を掬い上げられ素早く寝台に仰向けにされる。ギシリと軋む寝台の上で、顔を歪めて自分を見つめる壱刄を見上げた。
「…い「愛しています。…俺の心は貴女の物だ。」
紅葉の声は遮られ、強い瞳が紅葉の全てを射抜く。壱刄の指先が紅葉の頬に触れて、その唇が愛を紡ぐ。
「どうしたら、よろしいですか?貴女が死ねと仰れば喜んで命を差し上げますのに。」
彼の瞳は真剣そのものだ。反対に、少しずつ紅葉の気持ちも落ち着いていく。
だったら。
「じゃあ、どうして…流華と、シたの?」
それを思うとまた心が張り裂けそうになる。
紅葉の思ってもみない言葉に壱刄の瞳が見開き、動きが止まった。
本当、なんだ。
眉を寄せて困惑する彼をじっと見つめてみる。
やっぱり格好いい。もし、流華が好きなら、きっともう一人の私は心が死んでまうだろう。
「流華の方が好き?」
「有り得ない!!」
「…………?!」
紅葉の問いかけに、壱刄の否定が返り驚き固まると、慌てて優しく頭を撫でられる。
「…それは違います。理由があるのです。ですが、年若い貴女に言える事では無く…。知られたく無かった。」
本当に辛そうに唇を噛み締める壱刄には悪いが、紅葉の心は違う。自分に馬乗りの状態で見下ろしてくる彼を見返す。綺麗な瞳。優しい手付き。ずっと私を好きだと言ってくる。
私は、元の世界に帰りたいし、好きな人も居る。
でも、その人の方が壱刄より好きだと言える?
「…教えて。私は知りたい。」
此方から相手の頬に手を伸ばせば、その手を取られて唇を落とされる。
「承知、しました。」
壱刄がゆっくりと話し出したのは、彼にとって辛い事だったらしい。
紅神子の不在の時代、十神衆は一月に一晩、耐えられぬ性衝動に襲われた。気が狂わんばかりのその一晩だけ、侍女か斎女に相手をさせていたが、あまりの激しさでその相手を殺してしまう事さえあった。
本当ならば、普段から女性と体を重ねていればそこまで酷くはならない。だが、壱刄は全ての女性を拒否していたため、その様な有り様となってしまったのだ。
しかし、普通の人間とは違う侍従長ならば、相手を務める事が出来た。否応なしに、流華が相手となったそうだ。
静かに話しを聞いていた紅葉は「そっか」と頷く。それから、もう大丈夫?と聞いてみる。
「…分かりません。周期としては、三日後の予定ですが。」
紅神子が居れば台無しにの筈だが、きっと私の髪が黒いからだろう。何となく、誰かが話しているのを聞いたのだ。瞳だけ赤いのは、半端な生まれ変わりではと。
どうすれば良いんだろう?でも、髪まで赤かったら、帰れなくなりそうだし。ええと、今はそれは置いといて!三日後…。
少し沈痛な面持ちの壱刄を観察する。紅葉も15歳、性に多感な時期だ。知識もそれなりにある。もしも三日後、その周期が来てしまい、流華と壱刄がそういった事をしたら…。
うう…と口内で呻く。壱刄は決して嫌いじゃない。むしろ、テレビで見ていた芸能人の百倍は格好いいし、凄く優しい。
自分にだけ優しい人。
でも…。彼が好きなのは、市原紅葉じゃなくて紅神子のモミジ。それでも、紅葉の中のモミジは叫ぶ。壱刄が好き、だと。
「…壱刄、あのね?」
「…は……」
返事を待たずに、ちゅっと相手の唇に微かに自身を重ねた。呆然とする彼からまた離す。たぶん私の顔は真っ赤で、心臓もドキドキと鳴って五月蝿いくらい。
ははは、恥ずかしい!めっちゃ歳上のイケメンだし、小娘のこんな遊びみたいなのなんて、どうとも思わないだろうけど。
林檎の様に赤い頬に、恥ずかしさで潤む瞳で見上げる。
「…あの、我慢できなかったら、ね。…これだけなら…。」
スッと視線を逸らして口ごもる。何か死にたくなってきたよ。
…………
…………
…………ん?
何の反応も無い相手に不安になり、そっと視線を戻す。
呆れた?
「…………っ」
「…へ?」
紅葉はポカンと相手を見上げて、見入る。壱刄は耳まで赤く染めて、片手で口元を押さえていた。
「…壱刄?」
紅葉の声に覚醒し「モミジっ」と呟き、勢い良く強く抱き締められる。
「きゃっ?!い、壱刄?」
「可愛い…。」
え?何か言った?
紅葉には小さすぎる相手の呟きは耳に届かない。抱き締められ、紅葉の耳元に彼の唇が近付く。
「…あまりにも、お年若で清らかで無垢な様子でしたので、我慢をしていましたが…」
愛しい方…どうしてくれましょうか?
その台詞へ込められた壮絶な色香に、紅葉は気づく。爽やかに微笑んでいた壱刄の隠されたモノを。
だからといって、壱刄も強靭な精神力で堪えたらしい。
その夜は、ただ「可愛い」「愛している」「離したくない」と愛を囁き、唇への軽い口づけだけに留めてくれたのだが。
それでも、紅葉には濃厚な一夜となったのだった。
11
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説


女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。

何を言われようとこの方々と結婚致します!
おいも
恋愛
私は、ヴォルク帝国のハッシュベルト侯爵家の娘、フィオーレ・ハッシュベルトです。
ハッシュベルト侯爵家はヴォルク帝国でも大きな権力を持っていて、その現当主であるお父様にはとても可愛がられています。
そんな私にはある秘密があります。
それは、他人がかっこいいと言う男性がとても不細工に見え、醜いと言われる男性がとてもかっこよく見えるということです。
まあ、それもそのはず、私には日本という国で暮らしていた前世の記憶を持っています。
前世の美的感覚は、男性に限定して、現世とはまるで逆!
もちろん、私には前世での美的感覚が受け継がれました……。
そんな私は、特に問題もなく16年生きてきたのですが、ある問題が発生しました。
16歳の誕生日会で、おばあさまから、「そろそろ結婚相手を見つけなさい。エアリアル様なんてどう?今度、お茶会を開催するときエアリアル様をお呼びするから、あなたも参加しなさい。」
え?おばあさま?エアリアル様ってこの帝国の第二王子ですよね。
そして、帝国一美しいと言われている男性ですよね?
……うん!お断りします!
でもこのまんまじゃ、エアリアル様と結婚させられてしまいそうだし……よし!
自分で結婚相手を見つけることにしましょう!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる