地下牢の神子

由紀

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夜明けて

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あれは…何だったんだろう?

夢か現実か、夜中に部屋に広がる黒いモヤの様な物を思い出す。背筋を駆ける嫌な感覚を振り払う様に頭を振り、遊栄の挨拶を受け食事をする。

食事と休憩後、昨日同様馬車に乗り込む。出発後に、疲れの取れない身体で何度か睡魔に襲われては目を覚ます。
周囲の者は良くしてくれてるが、快適では無い馬車の揺れ…。
それ以上に、自分へ愛を向けてくる十神衆の不在に知らず堪えていた。

『やはり、お疲れでいらっしゃるようですわ。』
『…そうだな。とにかく急がせるしか無い、最短で夕刻には2の国に着けるだろう。』

密やかに交わされる侍従長達の会話に耳を傾ける。
此方を気遣ってくれて申し訳無さもあったが、やっと旅が終わるのかと安堵もする。

あ~疲れたなあ。侍女や護衛の人達はもっと疲れてるよね。2の国か…。
うん、頑張って寝よう。

窓から見える木々…
山や少し舗装された道…

時折休憩を摂りながらも進んでいく馬車。
何度目かの仮眠だっただろうか、ふと周囲から明るい声が聞こえた。

「2の国が見えて来たぞー!」

わあっと喜び合う声に、窓を開けると開けた道。目の合った遊栄が美しい微笑と共に「良うございました。」とホッと息を吐いた。

止まらず走らせる馬車は国の門番さえ声は掛けられず、2の国宮殿まで真っ直ぐに向かう。





侍従長達が案内をさせた隊商に礼をしている最中、待ちきれない紅葉はそっと馬車から足を降ろした。
準備をしていたのだろう、多くの侍従や侍女達が膝を着き訪れを待っている。

声を掛けようと近付いた時だった。
目に入るのを白金の髪を振り乱した美女。軽い鎧を身に付けているが、服装は侍従長の物だった。

「…っああ!紅神子様…!」

真っ青な顔で駆け寄って来る顔は拭わぬ涙が流れたままで、見るからに異常であった。近くに居た清風が間に入ろうとするが、2の国侍従長はそれを押し除け紅葉に縋り付く。

「紅神子様…!」
「っど、どうしたの?大丈夫?」
「…二の方様が…っうう…!さ、先ほど…身罷られ…まし、た…。」

そこまで口にして崩れ落ちた侍従長は、過呼吸気味になり今にも気を失いそうだ。清風が咄嗟に支えなければ、そのまま倒れてしまっただろう。
周囲もその言葉に動揺し騒めいている。

身罷られた…?

心臓が痛いほど音を鳴らし、頭が割れるようだ。汗が吹き出し、額から頬へと伝わった。

「…場所は?」
「え…」
「場所は何処なの!」

クラクラと意識が途切れそうになる。名乗り出た侍女の後を追い、可能な限り急がせる。
黙って着いてきた遊栄と慧羅など放り、ただただ二の方の場所へ走り続ける。

死んだの?二の方は…。
待って…まだ会ってないじゃない!何で?貴方は私の最期に居てくれたのに…貴方は待っていてくれなかったの?!

記憶が混ぜこぜとなる。自分の中のモミジが子どもの様にわんわんと泣いている。自然と潤む瞳、溢れそうな涙は既に限界だった。

「此方でございます。」

肩で息をしながら、着いた部屋の中で寝台に横たわる人物を瞳に映す。穏やかに目を閉じた30代中頃の男性。
その姿を見た途端、『モミジ』の心がぐらりと揺れる。

『…ああ、弍佐じんさ。やっと会えたのに、待っていなければ駄目でしょう?誰が死ぬのを許したというの。』

寝台に腰掛け、目覚めぬ相手に抱き付く。流れる涙が相手の頬を濡らし、音の聞こえぬ胸に顔を寄せる。

「貴方は私の大事な人なんだね。」

涙を流し続けるモミジに寄り添う様に、目覚めぬ二の方の顔に唇を近付ける。冷たい唇を重ね、もう一度首元に抱き付く。

「大好きだよ、弍佐。私を助け、支えてくれる人。ずっと、ずっと愛してる。」

周囲は息を潜め最後の別れを妨げずにいる中、窓から夕陽が差し込んだ。
二の方の指先が僅かに動き、目覚めぬ筈の瞳がゆっくりと開くと輝きを取り戻した。

寝台から上体を起こし「ああ」と声を震わせ、目の前の少女の頬に手を添えた。

「…モミジ、君の声が…聞こえたよ。」

決壊する涙腺は止まらず、声を上げて泣き出す紅神子。抱き寄せ目を潤ませる二の方は、堪らず泣き笑いの表情を浮かべたのだ。






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