地下牢の神子

由紀

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山道を駆ける

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「…ああ、此方にさる高貴な御方を2の国までお連れする所でな。金ならいくらでも出そう、安全に通れる道を案内してくれないか?」

侍従が声を掛けてきた隊商の一向へと、慧羅は根気よく取引を続ける。初めに前金を渡し、国へと着けば更に上乗せする…そうに言えば、やっと相手も納得したらしい。これが他の侍従長ならこうはいかなかったが、彼の人柄といえよう。

取引を終えた慧羅を遠目に眺める隊商の長は、長々と大袈裟な溜め息を吐いた。それを不思議そうに見返したのは側に居る年若い部下である。

「…どうしたんです、隊長?久々に儲かりそうな仕事じゃあないですか。」
「お前…お気楽なもんだな。」

呆れた声音の長の反応に首を傾げると、隊商の長は肩を竦めて取引相手の馬車を横目で見やる。ぶしつけに見つめる事はせず、あくまで然り気無い仕種だが。

「…あの身のこなしと特徴的な服装で分かるが、あれは侍従だろう。」
「侍従…!あの、十神衆様の近くで仕える?!」

驚愕に目を見張る部下に頷くと、長は声を低める

「…私も長く様々な身分の者と会ってきたが、今回は気を付けていかねばならないな。」

長が気付いたのは、馬車の中央辺りに居る女性の侍従だ。その位置から動くことなく、中に居る者になにくれと無く世話を焼く様子が察せられる。

更に、先ほど取引をした侍従を纏めている男が、時折その場所へとご機嫌伺いに行っているらしい。

「…予想だが、神子様に仕える斎女か、十神衆様の妾じゃないか?」
「そりゃあ…気は抜けないですね。」

長と部下は苦い笑みを交わし、隊商の者達へと話をすべく素早く足を進めたのだ。





正規の道ではなく、隊商の使う道へと馬車は進んで行く。手慣れた案内で思っていた程の時間は掛からず、日暮前には山の中腹に差し掛かっていた。
侍従長である慧羅と清風、そして遊栄も順に休息を摂り紅神子の護衛と、隊商との連携を続ける。

…あーあ。せめて勉強道具ぐらい、持ってこれてたらな。

目覚めてからほぼ変わらない景色を眺める。窓から見えるのは、素晴らしいばかりの木々のみ。食事と睡眠以外にする事が無く、安全の為に馬車から出る事も出来ず退屈この上なかった。

それでも、何も分からない世界で、紅神子かもしれないという理由だけで此処まで大切にされているのだ…我儘は言えない。
そんな折だった。緑しか見えなかった視界が開け、簡単な柵に囲まれた場所へと馬車が立ち止まる。

「…紅神子様。本日は此方の宿村にて、御体をお休み頂ければと。」
「宿村…?此処に村があるの?」
「はい。隊商の者や旅の者が使うようです。お忍びで2の国の先代二の方様も、ご利用なされた事もございます。」

紅葉の乗る馬車へと駆けてきた、慧羅の聞き慣れぬ言葉に首を傾げる。囲まれた柵の間には、入口らしく簡易的な扉が有り、そこから中へと入っていく。

隊商の長と清風が入口の番へと挨拶を終えると、侍女や侍従達が素早く馬車を駆け降りる。
遊栄に付き添われた紅葉が馬車からゆっくりと降りる頃には、侍女や侍従は既に膝を着き待機していた。十神衆が不在の今、紅神子に何かあれば最低でも全員の首が飛んでしまう。

うわ…え?何か、人がこんなに待ってくれてたの?

い並ぶ従者達に緊張を押し隠しながら、清風と隊商の案内で宿へと向かう。その後を、従者達が静かに付き従って行く。

紅葉の案内されたのは、先代二の方も使ったと言われる最も中央に建てられている宿である。慧羅や遊栄が『小屋』と称していたが、一般庶民の紅葉にとっては立派な一軒家に見えた。

「…何かございましたら、直ぐにお呼び下さいませ。」

数名の侍女が部屋から退出し、残った遊栄も窓の施錠と、細々とした準備を整えて丁寧に頭を下げた。

「護衛の都合上、私は紅神子様の隣室をご使用致します。どうか、無礼を御許し下さいますよう。」
「…無礼だなんて!むしろありがとう、貴女は3の国の人なのに。」

私の護衛を任されたせいで、3の国の侍女頭だった人が、1の国侍従長代理になってしまったのだ。本当に申し訳ない。
そんな風に案じる紅葉とは裏腹に、遊栄の表情は明るいものだった。

「いえ。…御礼を申し上げるのは私の方でございます。幼き頃より、紅神子様にお仕えするのが夢でした。今、ほんの一時でも御側に仕える許しを頂けて、これ以上の喜びはありません。」
「…あ、ありがとう。」

心から嬉しそうな遊栄に対し、大した返事を返せない。それでも、相手の敬愛は微塵も損なわれない。
礼を取り退出する侍従長代理を見送り、施錠された窓から外を眺める。

私は、そこまでしてもらえる程の存在なの?

ぼんやりと思案に耽る紅葉は、室内の異変には気付いていなかった。部屋の隅で滲む染みがじわりと部屋全体に広がっていく。

『………………我が…ニクキ神子。イトシイ神子。』




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