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続こう舞踏会
しおりを挟む踊りながらみるみる場所を移動していく皇子の行動を目で追う。この皇子の興味を引いて、上手く誘導して彼の行動をプラスの状態で終わらせる…。出来るならば。
『~♪…月のひかーり~♫…かが~やくー…』
今度は、皇子の口からバルディオス帝国語の民謡が口ずさまれる。公の場で相応しく無い種類では無かったが、他国出身者は良い気分にはならないだろう。
あー。…後で自分を苦しめるぞ?
思わず踊る皇子の手を取っていた。一瞬動きを止めるが、歌を止める気は無いらしく美しい歌声は続く。
アルフレッドの行動に動揺する、観衆の視線を背に感じる。既に引き返せないのだから、やってみるしかない。
『…太陽は~やがてー♪沈む~…この身をー♫』
皇子の目を見つめて、声を張り上げた。何処か遠い所を見ていた相手の瞳が、初めて此方の存在を知った様に驚きに染まる。
確かこの民謡は、タチとネコが交互に歌ってこそ完成し得る物。だが、タチ自体の人数が少ないのと、表立って公でネコと歌おうと思う者も居ない。どの国もタチネコに分かれた曲があっても、ネコ同士で代わりを歌う姿が多いのだ。
俺も公で歌った事は無い。むしろ、ハレムの子の前でも無いな。
家族には下手って言われた経験は無いから、たぶん大丈夫だよな?
初めて人前で歌う事に緊張する自身とは反対に、皇子の笑顔は弾けんばかりに輝いた。こんな大衆の前で微塵の動揺を見せない相手に、此方も呆れか感心か笑いそうなのを堪える。
『『…こころの~♪ままーに~♫』』
皇子とアルフレッドの声が、重なった場所で完璧なユニゾンを奏でる。
横目で見える観衆の雰囲気が変わってきた。侮蔑が消え、興味を持った表情が増えている。そんな周囲に安堵するのも束の間…。
「…ねえ、踊ろう!」
「へ…?おっと!」
握り返された手を引かれ驚く暇さえ無く、皇子の手が楽団に上げられる。曲調が一気に速い物となり、移動しながら何度も回転を始めた。
いや?!待て待て!
何だこの動き?やった事無いんだけど?!
彼の動きは上流の行う社交を目的とした優雅な物では無く、まるで競技の様に激しい物へとなっていく。
アルフレッドが仮に前世の社交ダンスに明るければ、テンポの速いワルツからクイックステップ、ジャイブへと変わったと気づけただろう。
ま、…無理、死ぬ、顔に出さないだけで精一杯だって、
え?どう動いた?…あー、こうか!また回るのかよ?!
引き吊りそうになる頬に力を込めて、気合いで笑顔を貼り付ける。
アルフレッド以外のタチであったら、あっさり合わせるのを諦めて場を離れた筈だ。相手の縦横無尽な動きは、舞踏の教師ですら眉を潜めるだろう。
うん…俺って凄いな。
相手に合わせるのと、常に動きを先取りする。身体能力の高さと勘の良さ、動体視力など、持てる全ての能力でカバーし続けた。
踊り続けてやっと、皇子の動きが緩まる瞬間を狙い、腕を引き上げ強制的に止める事に成功した。
「…っはあ、…終わり、に、しましょう?」
まるで激しい運動後の様に肩で呼吸しながら、此方を見上げる皇子に小声で告げる。
実は話が通じるのか不安だ。また歌い出したり、踊り出したりされたら結構辛い。…体力が。
「そうだね!ああ~、でも、まだ踊り足りないなあ。」
綺麗な瞳が弧を描く。呼吸を乱しもしない相手の発言に内心舌を巻く。可愛いらしい雰囲気に絆されそうだが、今は彼の気持ちを受け入れてやれない。
何て言えば通じる?
「そうですね。ですが、一度何か飲んでから踊りませんか?喉が渇くと楽しく無いですよ。」
「…確かに!貴方の言うことも最もだね。」
どうやら納得してくれたらしい。
ご機嫌な皇子に頷き返し、今度は観衆に向けてタチらしく礼を取る。期待していなかったが、何を思ったのか皇子も続けて優雅なお辞儀をして見せたのだ。
数人の拍手が、直ぐに盛大なそれへと変わる。何とかパフォーマンスだと思って貰えたか、タチである自分に忖度してくれたのか分からないが良かった。
自然な流れでエスコートをして観衆には笑顔を向けたまま、バルディオス皇帝の元まで連れて行く。
後はよろしく…とばかりに軽く会釈して去ろうとするが、勿論呼び止められる。
結果物凄く感謝された。特に皇子の産みの親は今にも泣き出さんばかりだったし、他の皇子達も公の場だから我慢している様だが感情を堪え切れていない。
まあ、それよりも。
皇帝の威厳ある瞳が此方をしっかりと射抜く。
「…シュタルト殿よ。我が国で困った事があれば、どの様な事でも直ぐに城内の者へ言付けるが良い。我が愚息への力添え、必ず礼はさせて貰う。」
「…いえ、恐れ入ります。バルディオスにとって、良い夜となるよう願っております。」
あまりにも真剣な様子に、肯定も否定も返さずに置いた。
次いでに皇子に一言挨拶でもしようと思うが、既に姿は見当たらない為、皇族達に一礼してから去るのだった。
ルークとルキウスも見掛けたが、残念ながら目は合わなかった。
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