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いざバルディオス帝国X
しおりを挟む中央門から入城し、地面に敷かれた黄色の絨毯を踏み歩く。昨日と色が変わっている意味は分からないが、自身の隣を澄まして歩くラティーフには何となく聞きづらい。ファビアン相手ならば素直に聞いていた所だろう。
本日は隣にラティーフ、後ろにはジレスとチコ。更に護衛騎士のアンリと従者としてザッハーが最後尾を歩いていた。入り口まで辿り着くと、恭しく頭を下げる従僕に会釈する。
流れる様な手付きでラティーフから差し出された招待状が執事によって確認され、滞りなく会場へと誘導される。
「シュタルト様、ご側室方どうぞ此方へ。」
洗練され煌びやかな長廊下を抜け、二ヶ所の扉を見送った後に開かれた豪奢な扉を目に映す。アルフレッドの前方後方共に上位貴族が多く、耳に入るのは密やかな雑談のみ。
「…此方、夜会の会場となっております。皇族方がお見えになられるまでご自由にお寛ぎ下さい。」
「ええ、ありがとう。」
執事の案内へラティーフが返事をし、会場内へと足を踏み入れる。先程通って来た二ヶ所の部屋は、タチネコで分かれる休憩室のようだ。
会場内の広さは晩餐会で使用された部屋の倍以上だった。
それもそうで、ダンスの為だろう中央は広く場所が開けられ床には何も敷かれず磨き上げられた様に塵一つ無い。頭上には銀で統一された豪奢なシャンデリア、東側には軽食を楽しむ為の丸テーブルと椅子が置かれている。
宮廷楽団の奏でる音楽が耳に心地よく、各所に設置されたバーカウンターは目を引かれた。
さて、何をしようかな。
と周りに目を向けた瞬間、背後から声を掛けられる。
「アルフレッドさん、ご機嫌如何ですか?」
「ああユミル殿下、昨夜ぶりですね。」
キッチリ纏められた灰色の髪に柔らかい眼差し。セリアル国の王子は、此方を見つけて一番に声を掛けてくれたようだ。続けてお互いの側室を紹介すると、ラティーフの姿に少し驚きを見せていたが特に追求せず会話を続ける。
「…よろしければ、開始まで彼方で話しませんか?」
休憩室を指し示すユミルに、どうするかと思案し隣のラティーフへ視線を向ける。肯定の意でさり気無く目を伏せ、直ぐに側室達へ声を掛けてくれる姿は流石と言うべきだ。
ネコ用の休憩室へ行く旨を話し合う姿を見つめていれば、此方に少し距離を縮めるアンリに気付く。
「シュタルト様、よろしければ私が伝達役を致しましょうか?」
伝達役?俺とラティーフ達との繋ぎみたいなものか…。
「ああ、確かにそうだな。では、アンリに頼もうか。」
ハレムの中で別行動となるのだから、お互いの居場所の共有が必要だと考えたらしい。仕える者としての歴が長いアンリの素早い判断であった。
特に異論無く役割を任せようとするが、アンリの前に進み出て来たザッハーに、思わず口を閉ざす。
「…フィッツさんは護衛としての役目があるかと存じますので、従者の私が承ります。」
「そうか…ラティーフ、どうかな?」
「旦那様がよろしければ問題ありません。」
態々口を挟んできたザッハーに疑問はあるものの、言い分としては至極普通の事。ユミル王子を待たせている状況でもあり、恙無く話を進めて行く。
勿論アンリとジレスが何か言いたげに目配せしているのも、ザッハーが寸の間ラティーフの顔色を伺ったのも見逃さなかった。
「アルフレッドさん、それでは行きましょうか。」
「はい…。」
それでは、頼んだよ…とラティーフに一言告げて置く。
待たせていた王子に笑顔を向け、談笑しながら歩みを進める。その後ろを黙って着いて来るザッハーは、誰が見ても真面目に仕事を全うしているに違いない。
ユミルと共にタチ専用の休憩室に入室すれば、まばらに目に入るのは寛ぐ者や会話を楽しむ者達。
近くの適当な場所に腰掛け、室内に控えていた執事から受取ったグラスに口をつけ喉を潤す。舞踏会の開始前なのでアルコールの入っていない物を頼むと、直ぐ様用意されたのは果実水である。
「そういえば、アルフレッドさんはバルディオス帝国語が堪能なのですね。他の言語もですか?」
お互い一人掛けのソファーに腰掛け、向かい合った位置でのんびり会話する。
「ええと、バルディオスとジルックェンドならば日常会話程度は可能でしょうか。セリアルとフォーランは…。」
曖昧に笑みを浮かべ言葉を濁しておく。期待に満ちた視線には申し訳無いが、ユミルは此方を買い被っている気がしてならなかった。
アルフレッド自身ははそれなりに学んで来たつもりだが、実際に上流階級に通じる言語能力を持っているか分からない。昨夜バルディオスの皇帝に話し掛けてみたのも、フレデリクへの意趣返しに過ぎない。
『…では、これも聞き取れませんか?』
うおっ?!
これは……。
『あー、えっと、セリアルの、ことば?』
ふいにユミルから飛び出た言語に、意識を集中させる。
聞き取りやすい速さと、明朗に発音してくれた事で理解出来る。此方も知った単語を繋ぎ合わせ、何とか返答してみればパッと破顔された。
『すごい!今まで会った他国の方々は、聞き取る事も難しそうでした。こうやってお話し出来るのはアルフレッドさんが初めてです。』
驚いた、嬉しい…と、セリアル国語で続けるユミルは興奮を隠せない。対象にアルフレッドは脳内をフル回転する。
笑みを浮かべながらも、セリアル国語を思い出す事へ集中していた。
うわー、流石にセリアルの言葉は難しいな。いや、でもこんなに懐いてくれてるんだ…頑張れ俺!
せめて、知ってる単語だけで頼む。
『…殿下、喜ぶ。わたしも喜ぶです。』
『本当にアルフレッドさんには驚かされてばかりです。お知り合いになれて良かった。そうだ…』
何か思い付いたのか、一定の距離で待機していた護衛に早口で呼び寄せる。護衛に持たせていた仕立ての良いコートの裏地に手を入れ、一枚のカードらしき物を取り出した。
『これはお近付きの印です。どうか、受け取って下さい。』
とびきり良い笑顔のユミルに対し、彼の護衛は頬を引きつらせ、背後のザッハーが息を呑む音が嫌に気に掛かる。
このカード、転移門に初めての場所を登録する為の物だよな?セリアルの国章が描かれてるのも、縁が金色なのも気にしなくて良いんだよな?
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