異世界には男しかいないカッコワライ

由紀

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びば学園生活18

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午後、約束の時間になりチコが泊まる医務室へと向かう。途中で講義を終えたエドウィンと合流し、着いた医務室へと入室する。
慌てて寄ってきた医師からの説明によると、大分傷は塞がってきたらしい…が。

ジレスが開けてくれた扉から個室へと入り、エドウィンと護衛二人が続く。アンリが扉の側で、ジレスは外で待機するようだ。
広くて清潔な室内は、チコがしっかりと治療されていたと判断できるだろう。

………ん?

「…どこに…」
「あ、あれでは…」

目に入ったベッドの上は空っぽで、自然と周囲を見渡す。エドウィンが何かに気付いたのか、部屋の端で丸くなる物を指差す。その指の先を見れば、体育座りで膝を抱える獣人が一人。

自然とエドウィンと目配せし、近付いて側で膝を落とす。先に声を発したのはエドウィンだ。

「…私はあの時のキャベンディッシュ。此方に居られるのは、アルフレッド・シュタルト様だ。私達のことは覚えているか?」
「……………………。」

エドウィンが話し掛けても無反応だったチコだが、次第に顔を上げて小さく頷く。その瞳には生気が見られず、何処か虚空を見ているようだった。
タチから嫌な行為を受けていた子だ。敢えて俺は口を挟まず、エドウィンに相手を任せる事にする。

「…シュ…アルフレッド様は君の体調が落ち着いた折に、今後の方針を決めようと考えておられたのだ。」
「…………今後………」
「そうだ。君が望めばまたクラスを戻すことも出来る、希望を聞こう。」

エドウィンの穏やかな語り掛けにもチコの反応は鈍く、次第に視線を落とし口を閉ざしてしまう。また何も言わず膝を抱えてしまった姿に、「今日は、難しいかもしれませんね」とエドウィンからの囁きに頷き、部屋から出ようとする。

離れようと一度彼に振り向くと、僅かに口元が動いている気がした。人差し指を口元にあて、エドウィンが察してくれたのを確認して、チコの隣にそのまま座る。床に直に座ったことでアンリが何か言い掛けたが、エドウィンがそれを留めてくれていた。







そっとチコの小さな声に耳を傾ける。それはとても小さくて、聞き取るのも一苦労だった。

「……………ない。…………いきたくない。」
「…そうか。」

返事の必要無い呟きに、ただ相槌だけを返す。チコの囁きが、僅かに聞き取れるものとなっていく。

「…ケラフに、入れさえすれ…ば、がんばってきたことが、苦労した…ことが、泣いたこと、も、嫌だったこと…も、ぜんぶが、報われるって…思ってて…でも、」

駄目だった…。チコの口から息だけが洩れる。

「…僕が持ってる、唯一持ってた物みぶんさえ、無くなっちゃった…。お父さんの、子どもだって、証明する姓ドラードも、無くなっちゃった…。僕には、何にも無くて…。誰にも、ひつようじゃなくて、お妾かあさんだって、僕が居なかったら…きっと、新しいハレムに入れた…」

やっと、チコに感情が浮かぶ。それは、悲哀。

「僕は、何で…何のために、生まれたんだろ。…だって、僕が、誰の為に?必要無いのに…。生きてる、意味なんて無いのに…………。もう。いや、死に…たい…。」

ポロ、とチコの瞳から一滴が零れた。疲れきった一人ぼっちの獣人が、やっと自らの感情を吐き出した。ずっと、生きていくのに必死で、自分を見てくれる人が離れないように機嫌を取って、やりたくない事すら喜んでやって、感情をしまいこんで。

チコの片手に、黙って俺の手を重ねた。傷だらけの手だ。苦労してきた手だ。頑張ったね、疲れたね、そんな陳腐な言葉を返そうかと思っていたけど、止めた。
込み上げてくるものは全く別の物で、何のために生まれた…という彼の台詞が、アルフレッドの胸に突き刺さっていた。

「…俺も、分かんないな。」
「……………………?」

何となくチコの肩が反応し、意識が此方に向いたと思う。視線は返さず、胸に込み上げてくる思いを言葉に変えていく。

「俺も、この世界に産まれた理由が分かってなくて。何をしたいのか、俺に何が出来るのか、ずっと考えてる。…何も持っていない空っぽの俺の中に、父が居て、側室ははが居て、この学園に来てから、ファビアンと会えて、エドウィンと話せて…」

前世の事をさっぱり忘れようと切り捨てても、やっぱり思い出すと辛かった。自分が積み上げたものをあっさりと失う感覚、痛くて苦しくて、思い出したら泣いて叫んでしまいそうで。
でも…。
優しい人達との出会いが、アルフレッドを形作ってくれた。

「…友達も出来て、アンリやジレスが俺を守ってくれてて、少しだけ俺が生きる意味があるんじゃないかって、思えた。それに、」

此方を黙って見つめるチコの顔は、今にも泣きそうだった。

「今はまた、チコに会えた。」
「………っ」

ポロ、とまた滴が落ちていく。

「…死ぬよりも、生きる方が辛いよな。それでも、俺は君に生きて欲しいよ。きっと、誰だって…望まれて産まれてる筈なんだよ。君が産まれたことは、無駄じゃないんだ。…それでも、まだ理由が分からないなら…」

重ねていた手を離し、一度立ち上がると今度は正面から手を差し出した。唇を噛み締めぼろぼろと涙を流すチコの手が、弱々しく伸ばされる。
その手を取って、立ち上がらせ自らの袖で涙を拭ってやりニッと笑い掛けた。

「君が俺の生きる意味を探してくれ。そうすれば、俺も君の生きる意味を見いだそう。俺と一緒に生きて行こうよ。」


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