王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

暗闇に光

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「…もうすぐだね。」
「うん!一緒だなんて嬉しいよ~。」

桜川家所有の高級車の中、後部座席に並ぶのは桜川と月宮の御曹子二人。恵は月宮に寄り添い、月宮もそれを甘受して優しい笑みを浮かべる。

ふふ。月宮君と家へ帰るなんて嬉しいな。なんか、こ、恋人を家族に紹介するみたいだよね。
一人頬を染めて思考する恵だが、一瞬長兄の事を思い出し唇を噛み締めた。

大丈夫…。他の兄様や父様も一緒だし。それに、きっと月宮君と居れば守ってくれるもん。僕の王子様。
夢見る様に目を閉じた恵を見下ろすのは、無感情な三大家当主。





「到着です。」

月宮と談笑しつつ穏やかに過ごす内に、桜川邸へと車が着いていた。運転手にドアを開けられ、月宮と手を繋いだまま車から下りて自分の家を見つめる。

兄を怖れめっきりと帰省を減らした我が家。しかし今回は、自分の大事な人と対外的に関係を深める為に、父と月宮を会わせる必要があった。

大事な…人?
恵の頭に、僅かな痛みが過った。

「…どうしたの?気分でも悪い?」
「う、ううん。大丈夫だよ!」

月宮に心配され、慌てて頭を横に振る。「そう、良かった」と微笑む彼に、恵も共にニコッと笑う。

やっぱり、一緒に居ると安心するな。ずっと一緒だったもん。うん…いつから?いやいや、高等部からじゃん。え?月宮君って、幼稚舎からじゃないっけ…?

そこで思考が途切れる。桜川邸の巨大な門が開き、執事がやって来て二人の手荷物を受け取ると邸へと案内する。

「…此処が客間で…。」
「あれ?恵、お帰り。久しぶりだね。」

月宮に邸内を説明していると、目に映った良く知った人物。

「…あ、灰に…様。」
「大きくなったね。父上もきっと喜ばれるよ。おや、そちらは。」
「初めまして。月宮家嫡男、月宮 煌有と申します。」

桜川家長男であり、恵の優しい長兄。にこやかに月宮と挨拶を交わす姿に、恵は気付かれない様に震えていた。

大丈夫
大丈夫
大丈夫…

「ねえ、恵。」
「な…なあに、灰兄様?」

かろうじて、兄の呼び掛けに答える。どうか震える指先に気づかれませんようにと。

「月宮さんの為に、父上を呼びに行こうか?恵が行ったらきっと喜ぶからね。」
「…っうん、そうだね。」

月宮へは、客間に通し少し待っていて欲しいと頼む。

「分かりました。」

そう答える月宮は、勿論恵の異変など気付いていないようだ。
何で?僕の震えに気付かないの?月宮君、一緒に行ってくれないの?

知らず傷付く胸を押さえ、兄の後ろを着いていく。
自分が思っていた程兄の変化は無く、世間話を中心に和やかな会話をしていく。

もしかして兄様も、僕に怒ってない?そうだよ、だってもう大人なんだもんね。なーんだ。僕の考えすぎだったんだ。
恵は気付いていなかった。兄の様子を探るのに夢中で、邸の下へ下へと向かっているのを。

「…そうだ、恵?」
「うん?なあに、灰兄様。」

辿り着いた場所は、地下の物置。兄に返事を返しながら、恵は首を傾げた。

「…あれ?兄様、父様ってこんな所に…。」

恵は目を見張った。優しかった、長兄の笑みが深まる。

「暗所恐怖症になったんだって?」

「え」と呟く恵の体を、灰は躊躇い無く物置に突き飛ばす。呆然と倒されたままの弟を冷酷に見下ろし、バタンと扉が閉められた。

ガチャリと扉の鍵が閉まった音に、やっと状況を呑み込む。光の全く差さぬ埃っぽい部屋は、暗闇にしはいされている。出られる扉は、一つだけ。

いや、いや、いやあああああああああああああああ!!

暗い
暗い
暗い
暗い

ガクガクと体が震え、先ほどの兄の仕打ちに恐怖が加わり、パニックを起こす。呼吸が浅くなり、身体中からドッと汗が吹き出す。

だれか、だれか…月宮くん!
ポケットにある携帯を震える手で取りだし、圏外では無い事に安堵し月宮の名を押す。
プルルル…プルルル…プルルル…

「…なん、で?」

一向に繋がらず、涙が溢れ顎を伝う。

他の兄…繋がらない。
父と母…繋がらない。

この時、恵は父の病気の事すら知らされていなかった。もしも当主がこの事実を知れば、灰の廃嫡は確実だっただろう。
瀬良…圏外と表示される。片っ端から掛ける者、掛ける者…繋がらず、圏外と表示された。

何で?何で?僕が何をしたの?!月宮くん、助けてよお。ううん、きっと直ぐに助けてくれる。

プルルル…
携帯の画面に映った名前に、パッと顔を輝かせた。

「…月宮くん!あの…。」

助けを求めようとした恵は、相手の声音に凍り付く。

『…桜川。君って、価値の無い存在だったんだってね?』

え?ナニイッテルノ?
あまりに冷たい呼び方、そして内容に理解が追い付かずに声が出ない。

『今、君の兄君と話しをしてね。桜川家では、君よりも灰殿を推す声も多いらしいね。なら、もう君と居る理由も無い。』
「…何言ってるの?…だって、僕が好きって…大事な…。」

相手の言葉が信じられず、頭の中で警戒音が鳴り響く。

『桜川家次期当主と共に居れば此方の地位も高まるだろう?これから消える君には、もう利用価値は無い。』
「…助けて、くれない、の?」

電話越しの声は、まるで機械の様に感情を感じなかった。

『何故?ああ、これから桜川当主と会談をするので、もう良いかい?』

そこで、着信が途絶えた。まるで、何の躊躇も無く、切り捨てられた。
僕を愛していると言った言葉も、優しく撫でてくれた手も嘘だったの?僕の王子様じゃなかったの?僕は此処で死ぬの?

絶望と、暗闇への恐怖で床に踞り嗚咽を洩らす。
いつも怖かった。血の繋がった兄へ恐怖を抱き、たまに会う父は可愛がってくれていたが、年を追うごとに冷たくなってきて…。母は、子ども同士の事に無頓着で。

親衛隊は、僕の外見で勝手に判断して祭り上げて、体を狙って来る者も居た。実際に、襲われかけた事もある。

誰も、信用するもんか!
彼以外は…。高等部から一緒になった綺麗な人。
男の子だと思っていたんだけど。

この時、月宮が星河を捨てた事で、星河からの洗脳が綻んでいた。
僕がただ一人信じた人。

暗闇に心が壊されていく。瞳には何も映らない。ただ時が過ぎていく。
どのぐらい経ったのかもしれない。暗闇に染まる瞳が映したのは、ゆっくり開かれていく扉。

もう、どうでも良い。どうせ兄だろう。殺される?いたぶられる?罵られる?もういっそ…此処で終わりにしてくれれば良いのに。

瞳を閉じた。覚悟を決めた恵に、意外な事が起きた。

「お待たせ。何処か痛いの?」

優しく抱き起こされ、良く通る美しい声が耳に流れていく。

「…え?」

開いた瞳には、普段丁寧に手入れされた黒髪は少し乱れ、頬が煤で少し汚れた綺麗な笑顔の人。

「…なんで?」
「ん?助けに来たんだよ。遅くなってごめん、僕の…可愛い恵。」

当然の様に言われ、労る様に抱き締められて、ごく普通に呼ばれる名前。

春宮 千里。僕の王子様。

「…ごめんね。」
「うん。」

口をついて出る言葉は、静かに受け止めて貰える。

「…ごめん、ごめん…ごめんなさい!ぼく、ぼく…せんり………~~~…。」

後は言葉にならず、ただ涙が溢れ子どもの様に泣き出した。

「うん。大事な僕の妖精さん。…大好きだよ。」

その言葉は恵の心にストンと落ちて、恵は相手にしがみついて号泣した。
もう、二度と離れない様に。

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