王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

変わる直久

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「…報告とは?」

居間のテーブルを挟み、美景と千里が椅子に座り向かい合う。黒鎖は聞いているのかいないのか、窓際で雑誌を捲っていた。

「はい。先ほど入った情報なのですが、今日から二日後に月宮が桜川家に〈遊びに行く〉と。」

千里の片眉が僅かに上がる。一般的な友人同士が遊びに行くのなら構わないだろう。しかし、このタイミングでの月宮の公の動き。桜川家との、恵との関係を確実にするつもりなのはハッキリ分かる。

三大家は、それぞれがコミュニティを築いている。お互いの干渉は無く、同時に一つの企業と関わりを持った場合片方は引き下がる…暗黙の了解だった。

もしも、月宮が桜川と確実な関係を得た場合、僕と恵の関係は終わる。いや、学校内では良いだろう。だが、学校外は二度と、関われない。それは三大家の関係性が変わらない限り、難しいのだ。

「…美景。いつも報告をありがとう、とても助かるよ。」
「いえ。千里君のお力になればこそ…。」

心酔する相手に誉められても、親衛隊隊長の表情は晴れない。何故なら、千里の笑みがいつもと違うから。

今回は、個人的に行動を起こす。
千里は黙ってそう決意した。






(side直久)


「それで?話しとは?」

城ヶ根嬢との婚約がうやむやとなり、咄嗟に大手の劇団を呼び客を満足させ誤魔化した冬宮家当主は、少し疲労した様子だった。

それより冬宮家当主のうんざりした事は、城ヶ根当主の事。子どもの考えた思い付きに戸惑い、騒ぎ立てていた。

(あんなのが血縁になるのは好ましく無いな。)

冬宮家当主と、冬宮家時期当主の視線が交わる。直久にとって、父の瞳を真っ直ぐに見るのは初めてだった。直久には、自分をただの後継者としてしか見ない存在で、情など無い。

どうせ、何を言っても無駄だ。そう思い逃げてきた今まで。でも、今は自分をきちんと見てくれる者が居る。背中を押され、心を揺さぶられた。
自分をどちらでも良さそうに見据える相手に、どうしても怯む自分に気づく。

『逃げるなよ、直久!』

世界で唯一美しい瞳を思い出し、己を奮い立たせる。

「ハッキリと言います。俺は、婚約する気は無い。結婚相手は自分で決めます。」

冬宮家当主は「ほう」と、僅かに興味を持った様な表情を浮かべた。勿論、それは一瞬だったが。

「お前は、何か勘違いをしているな。」
「は?」

冬宮家当主はただおおらかに笑む。彼にとって、直久の意見など何の価値も無い。

「それは所詮、子どもの我が儘なのだ。何に感化されたかは知らんが、下らない考えは捨てておけ。成人すれば、お前は多くを任される。その時、何が必用か考えていかなければならない。」

決して大きな声では無い。それでも、直久に反論の余地を与えなかった。

「お前がなぜ三男なのに、当主候補にしたか分かっているな?上の二人は優秀ではあったが、当主の器は無かった。だからこそ、もう一人作った。お前は容姿、頭脳、カリスマ性と共に完璧だった。だからこそ、お前を当主候補に育てたのだ。」

直久の拳が強く握られ、強く唇を噛み締める。怒りを堪え、目の前の父を見返す。

「父上…アンタは、一度も俺に聞かなかった。当主になりたいか?と。」

冬宮当主の溜め息が洩れる。

「…聞く必要はあったか?その為に産んだお前に。それに、今更文句か。ならば、お前の15年は当主となる為に作り上げられてきた物。その15年はどうなる?」

無駄な物となってしまう。だから、冬宮を継げと言いたいのだろう。
直久は腹を括った。背筋を伸ばし、腕を組む。目の前の男を、親だと見ない事に決めた。

「…じゃあ、逆に俺が出てったら、アンタは困るわけだな?そりゃそうだ。自分の唯一の後継者だ。三大家は基本的に養子を取らないってのは皆知ってる。」

直久のあまりに砕けた口調は、冬宮家当主に疑念を抱かせるに充分だった。直久の上の二人の兄は、既に遠方へ追いやり今更戻せない。

「…お前は、何が言いたい?」
「俺が当主になってやる代わりに、婚約を取り止めろ。」

直久の言葉を聞いた瞬間、冬宮家当主の目が見開かれ、一度動きを止めた。

「…ふっくく。…ハハ、アーハッハッハッハ!」

冬宮当主の逆鱗に構えた直久は呆然とする。

何だ、これは?俺は怒鳴られ、最悪暫くは地下に放り込まれれると思ったが。

「…ククク…言うようになったな。取り引きの真似事までするとは。…それは、春宮子息の影響か?」

笑いながらそう言う父に、直久は無言を貫く。
しかし、冬宮家当主にはお見通しだったようだ。

「こんなに笑ったのは久しぶりだな。…楽しませてくれたんだ。仕方ない、一つチャンスをやっても良い。」
「っ本当か?」

勝手に笑われたのはムカつくが、この際どうでも良い。千里の所に二時間で戻る約束をしたんだからな。
直久の真剣な瞳に、冬宮当主の当主としての冷徹な顔が映る。

「城ヶ根家当主の弱味を掴み、お前自身で黙らせて来い。そうだな…3日以内に出来たら聞いてやっても良いが。」

なんだそんな事か。

「明日には終わらせてやる!」
「ほう。そこまで言うなら、もう1つぐらい願いを聞いてやろう。」

直久はそれに対し、不敵に笑うのだった。







直後に部屋を出て走り出した直久の視界に、ダークグレーのスーツを身に付ける人物が視界に入る。パーティーでの客人だと思い、直ぐに歩みに変えて立ち止まり丁寧に頭を下げた。

「初めまして、冬宮 直久と申します。本日はようこそお出で下さりました。」

どうぞごゆっくり、と言いその場を去ろうと思うが、相手の名乗りにそれは止める。

「初めまして。春宮 千歳と言う。会えて嬉しく思う、冬宮ご子息。」

春宮千歳?千里の親族か?
まさか当主が来てるとは思わず、何となく千里に似通った男性を自然な動作で観察して置く。

「…冬宮御当主は、どちらにいらっしゃるか?」
「ああ、奥の部屋です。ご案内致しましょうか?」

千里の血縁だと察し殊更丁寧に対応してみるが「大丈夫だ」と片手を上げられる。

「そうですか。それでは、失礼致します。」

踵を返した直久の歩みがほんの三歩進んだ時、背を向けたままの春宮の声が凛と響いた。

「君の15年は無駄では無い。思う通りに生きろ。」

慌てて振り向いた直久の視界には、既に春宮の背中は無い。千里の声と、重なった気がした。
僅かに霞んだ視界の先に深く頭を下げて、直久は駆け出したのである。


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