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二章~親交会・対立~
サクラガワ
しおりを挟む広い屋敷の広い寝室で、還暦を過ぎた男性がベッドの上で咳き込んだ。
「旦那様、大丈夫でございますか?」
側に寄り添う年若いメイドが眉を下げて、背中を擦った。
「…うむ。 少し風邪が長引いていてな。ああ、灰はどうしている?」
咳の少し落ち着いた相手に安堵しメイドは、その口から出た名前を思い浮かべる。
桜川 灰。桜川家の長男で、目の前に居る桜川家当主の右腕とも呼ばれる存在。今年25になる灰は、既に桜川家に連なる会社の幾つかを任されているのだ。
「灰様は、後でお見舞いにいらっしゃると…。」
そこで、桜川当主の溜め息が洩れる。
「…はあ。失敗だったかのう。」
「失敗…?」
不思議そうなメイドに構わず、桜川当主の一人言の様な言は続く。
「長男の灰が恵と同じ年頃の時は儂に毎日教えを乞いに来て、学校でも常に首席だったが…。」
深い深い溜め息が寂しく響く。
「…恵の教育係を灰に任せたのが悪かったようじゃな。灰の優しさに甘えて家にほとんど帰って来ずに、学園で羽を伸ばしておる。」
全く…と愚痴を洩らす桜川当主の言葉に、メイドの口数は極端に減っていた。相槌すら打たない彼女は、知っていた。
末子恵が中等部に上がる以前、使用人の者が灰の部屋から動物の死骸を片付けていたのを。
古参のメイドから密やかに伝わったそれは、勿論当主に知られる事は無い。それを知っていたメイドは、既にこの屋敷に居ないのだから…。噂では、灰様に消されたのではと。
(言えない。言える訳が無い…。)
メイドは身を凍らす恐怖を押し隠し、桜川の若君から逃れる為に当主の世話係を申し出たのだ。
「そういえば、二日後に三大家の後継が来るのだったか?」
「…はい。恵様のご友人だとか。」
話しの流れが変わり、メイドは気を取り直し当主に恭しく頷く。
「…うむ。三大家との繋がりが出来るのは喜ばしい事じゃな。春宮は侮れんから、懐柔出来れば良いが。」
のんびり満足そうに語る桜川当主から出た家名に、メイドは首を傾げる。
「旦那様?私は、月宮家と伺いましたが。」
桜川当主の目付きが変化する。病に臥せっていた老人では無く、当主としての威厳に包まれた。
「…何と?以前恵からは春宮の後継と親しくしていると聞いたが。…ふむ。後で灰を呼んで来い。」
(情報の変化を何故儂の耳に入らなかった?確認せねばな。)
メイドは素早く「承知致しました」と返し、部屋を出たのであった。
*
「灰兄様、月宮の嫡男が来るらしいですね!」
桜川の経営するある会社の1つ。その最上階の一室で、容姿のよく似た3人の青年が揃う。桜川長男の灰に話しかけた青年は丁度19歳になる三男。口数の少ない23歳の次男は微笑んでいる。
灰は桜川家の長男としての、カリスマ性と有能さを兼ね備えた風貌を持っていた。
「…ああ、そうだね。そうしたら、私も三大家と繋がりを持てる。」
3人の青年には、久しぶりに帰る末弟の事など頭に無い。連れてくる、自分に有益な人間の事だけだ。
「…最近の恵は、私と二人きりになる事を嫌がり、帰省もほとんど無くなった。時期当主としての意識が足りないと思う。」
灰の少し困ったと言いたげな物言いに、弟二人も真剣に頷いている。二人は、優秀で優しい兄をとても尊敬しているのだ。
「…ねえ、二人とも。私は思うのだけど?」
「なんでしょうか?」
三男のシンプルな問いと、不思議そうな次男の視線が灰に注がれる。
「もしもの話しだ。当主と時期当主が同時に、偶然に亡くなればどうなる?」
二人の呼吸が一瞬止まる。なぜなら、灰の口調は仮定の話しだと言うように聞こえないからだ。
どうなる?と灰は笑っていない笑顔を浮かべる。
「それでも、末子相続は続くかな?」
二人は、兄の言わんとする事を理解してしまった。優しい筈の兄の笑顔に、戦慄した。
「あっ…あ、何を仰るのですか!僕にはとても当主など。灰兄様こそが相応しいですよ!」
妙に焦り多量の汗を掻く三男に、何度も必死で頷く次男。灰にはもしもの話しじゃないのだろう。
末子相続と言ってきた桜川当主が、毅然と息子達に末子相続の意味を伝えていれば、また変わっていたかもしれない。
既に後戻りの出来ない状態に陥っていた。
長男灰は、幼い自分が生まれたばかりの恵を抱き上げる写真を、黙って破り捨てた。写真の自分の無垢な笑顔は眩しい。
(月宮家に顔を売ったら、行動を移す。)
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