王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

直久帰還

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千里が学園に戻ったのは、夕刻頃で辺りは薄暗くなっていた。

「…本当にありがとう、矢代。」
「っそんな!春宮様の為です…から。」

頬を赤く染めて俯く相手に微笑み、頭を優しく撫でる。
背後に控えた夏雪にも矢代の活躍を充分に伝えて置く。それから、勿論夏雪にも。

「…君も学園で変わらずに過ごしてくれて助かったよ。学園は変わり無かったかい?」
「はい。園原様と秋道寺様のご協力も有り、違和感を与えずに済んでおります。」

そっか、と頷く。彼らにも後でお礼をして置かないとね。さてと…。

座っていた椅子から立ち上がり、ある部屋に向かうとした。千里の後ろでは、夏雪と黒鎖が何か話しているが気にしない事にする。
コンコン、と扉を軽く叩くと直ぐに「どうぞ」と見知った声に促された。

「…春宮様。」
「桐埼、悪いけれど席を外してくれるかい?」

奥の部屋の椅子に腰掛けて窓を見つめる直久と、静かにパソコンに打ち込む桐埼が視界に映った。

何か言おうとする桐埼に目線で出る様に促すと、直ぐに頭を下げて音も立てずに下がっていく。勿論、夏雪と黒鎖も出てて貰う。直久と千里の二人きりになった室内で、静けさに包まれる。

「…城ヶ根嬢は、春宮うちで預かっているよ。」 
「そうか。…千里、俺は…」

直久の言いたい事は何となく分かる。早苗との婚約を、僕に黙っていた事を謝るつもりだろうか。
それよりも、それよりも僕は言いたい。

「ねえ、直久は、もしも僕が出ていかなかったら、婚約を受け入れていたの?」

切り込んだ千里の口調は、言い訳を許さないもの。内心動揺した直久は視線を僅かに逸らす。しかし窓に向いた視線は直ぐに、背後で壁に寄り掛かる千里に向いた。

「そうだな。俺は受け入れていた。でも、城ヶ根嬢の顔を立てて断るつもりだった。」
「受け入れていたんだね?」

直久の言葉に、千里の声から感情が削ぎ落ちる。思わず驚愕に固まる直久の瞳に、氷の様な無機質な瞳が重なっていた。

「…千里?」
「そう。僕が好きだと言った気持ちは嘘だったんだ。」
「な!何言ってんだよ!」

椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、壁に寄り掛かる千里の顔横の壁に手を置く。

「…俺は、お前以外どうでも良いと言っただろ!」

はあ?それが嘘だと言っているのに。
今回話が拗れている原因が自分だと気付かない直久に腹が立つ。

「じゃあ、何で僕に言えなかったのかな?」

言わなかったとは言わない。言えなかったと知っているから。
直久が千里に事情を説明し、キッパリ婚約を断っていればここまでしなくて済んだのだ。

「…お前を巻き込みたくなかった。 父親に、婚約が嫌なら好いた相手を連れて来いと言われた。俺は、俺の勝手な気持ちでお前の評判を下げたくなかった。」

確かに、好きな相手が同性の春宮嫡男だなんて、千里の沽券にも関わるだろう。

直久。

「なら、無理にでも逃げれば良かったのでは?」
「…そうすれば、学園には戻さないと言われた。」

直久。
直久、
直久、
おい、直久?

千里の無意識の苛立ちが増す。

「…君は人形か?!」
「千里…?俺は、お前の側に居たいと思って。」
「は?お断りするよ。」

眉根を寄せて言葉を重ねる相手に、冷たく言い放つ。
ハッキリ言わせて貰うか。
千里を必死で見つめる直久を、強く見つめ返す。

「僕だって、君に帰って来て欲しいからあんな危険を侵した。でも…今の君は、僕には要らない。」

要らない、という言葉は彼のこころに深く突き刺さる。好いた相手から言われたら尚更に。直久の手が、千里の手首を掴み力が入る。
…痛いな。でも、取り消すつもりは無い。

「…じゃあ、俺はどうしたら良かった?」
「知らないよ。自分で考えたら?」

ただ冷たくあしらう。此処で理解出来ないなら、僕だって彼に優しく出来ない。千里の最も言いたい事は、もう1つ。

「僕の側に居ると言って、婚約の為に学園から離れたじゃないか。その気持ちは信じられない。」

何で、と続ける。
女々しくでは無い、ただ相手を貫く視線を向ける。

「僕を優先するなら、戦え、逃げるな、君は人間だろう?誰の作品でも無いだろう?自分の気持ちを強く持て。」
「逃げるなよ、直久!」

そんなつもりじゃなかった。適当に追い払おうと思ったのに、あのパーティー会場で打ち沈み立ち尽くす直久を思い出して、思わず何かが込み上げる。
久しぶりに声を荒げた気もする。潤む瞳の理由が、汗だと信じたい。

手首から離れた相手の手は、今度は千里の頬に触れて顔が近付く。次第に触れ合う額のまま、至近距離の直久の唇が動く。

「そうだな、俺は…馬鹿だった。父親が怖かった。三男の俺を最高傑作だと笑って言う男は、まるで俺を物みたいに見てたからな。…だから、本気で立ち向かおうとしていなかった。」

一瞬だけ触れた唇はとても熱かった。離れた彼の顔は、晴れやかで男らしい笑みを浮かべている。

「俺の世界を変えられるのは、やっぱりお前だけだ。」
「…直ひ「千里。」

千里が呼ぶ名に、しっかりとした声が重なる。それは、初めて見た直久のキングと呼ばれるに相応しいものだった。

「今から二時間だ。全て終わらせてくる。そうしたら、もう二度と離れねえ。」
「…分かったよ。」

その笑顔は少し眩しくて、ただ頷くしか出来ない千里。
この時の千里の言葉を、後の冬宮家を変えていく基盤となるなど、知るよしも無かった。







直久が勢いよく出ていった扉を見つめて、ただ流れる様に椅子に座り息を吐く。
直久、何だろうスイッチが入ったのか?

不思議に思い頬を掻く千里の耳に、ふと軽い靴音が響く。
この時、直ぐに夏雪か黒鎖が部屋に入って居れば変わっただろう。いや、彼らが気付いていない時点で千里も不審に思うべきだったが。

既に、扉と窓の錠は掛かり、学園で〈何故か突然月宮派が三ヶ所で問題を起こし〉たのは誤算だったか。

偶々伝達が回らず、美景、夏雪、黒鎖がこの場から離れたなど、誰も気付いていない。 千里が気付いた時には、その儚げな風貌が狂気に染まった。

「こんにちは、春宮さん。」
「…君は、星河?」


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