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二章~親交会・対立~
冬宮の苛立ちside冬宮直久
しおりを挟む少し面倒な事になったな…。
今朝の3時に寮に着いてから簡単な書類をこなし、結局睡眠時間は一時間摂れただけであった。桐埼から着信はあったが、疲労で完全無視を決め込み、普段よりも遅れて登校する。授業がそろそろ始まる時間だからか、廊下に見える生徒は少ない。
…そういや、今日は学力試験の発表か。
半分眠気で働かない頭だが、体は思うままに掲示板に貼られた試験結果を目で追う。
……………あ?
1位はいつも通り、千里の名前を確認できた。
ッチ。今回は抜けたと思ったが。
諦めと同時に、普段その下にあるだろう自分の名前に目を向ける。
2位の場所には、自分の名前と…月宮、だと?
その上、同率で同点である。
あの野郎、今まで隠してやがったのか。
この時期に、本当の実力を見せるそのやり方は、実に利口な方法だ。苛立ちに眉を寄せるが、月宮のやり口には冷静にそう評価して置く。そのまま詰襟ブレザーのポケットに入れた携帯を取り出し、着信履歴から直ぐに発信を押す。
『…もしもし、桐埼です。』
間を置かずに耳に届く声は、常の冷静な相手の口調より焦りが伺えた。
何かが、あったみたいだな。
直久の背筋に、何か冷たい物が這い上がっていく。
「何があった?」
直久の静かな問いかけに『はい』と素早く返事が返される。
『昨夜、桜川様が三時間程姿を消され、その後見付かりましたが瀬良の言うには、様子が変わっていたようです。』
様子が違う?
桐埼に無言で続きの促しをする中、頭の片隅ではいくつかの仮定を立てていく。
『…朝、桜川様は月宮と登校し、園原様と春宮様の前で月宮と愛を交わし合い、春宮様を名字で呼び捨てていたそうです。』
現場を見ていない桐埼は、どうしても信じられないのか戸惑いながらも報告を終えた。
千里の前で…だと?
言葉だけで聞いてもしっくり来ず、桐埼との電話を終えると教室へと足を進める。
あの桜川が、月宮に付くとは思えねえ。例えば、拷問をされても、何か弱味を握られても、家をネタにゆすされても…ありえないだろう。現実味は無いが、催眠か、相手を探る為に付くか。
つらつらと考えている間に教室に着くと、勢い良く扉を開く。教室内には普段より生徒が少なく感じ、千里、秋道寺のバカ、千里の親衛隊隊長も見えない。
「あ、あの、冬宮君?!」
授業をする教師を完全無視し、気に入らない光景に気付き近づいた。
「それは、どーいうつもりだ?月宮。」
生徒が少ないのを良いことに、月宮の隣に嬉しそうに座る恵に吐き気すら込み上げてくる。
「…はあ?何言ってんの、冬宮!月宮くんにイチャモンつけ無いでよね。」
「てめえには聞いてねーよ、チビが。」
生徒達はその地を這う様な直久の声に、気配を消そうと必死で体を縮こめたり俯く者も居た。
桜川の野郎、どう見ても演技には見えねーが…。
黙っていた月宮が、わざとらしく大げさな溜め息を吐く。
「悪いが、君と争うつもりは無いよ。あくまで、春宮と私の個人的ないさかいに過ぎない。」
……こいつ。
胸に込み上げる急激な怒りに、相手の机を蹴り倒しそうな衝動に襲われた。しかし、現在は授業中。Sクラスの生徒の多くが見ている中だ。
絶対に月宮はそれを分かっている。此処で直久が手を出せば、理由なく暴力を振るったに過ぎない事となる。
「…個人的ないさかいか。」
一度冷静に気を落ち着け相手に冷たい視線を向けると、吐き捨てる様に口にした。
「その割には、どれだけの人間を巻き込んだ?てめえは。」
桜川の瞳に、僅かに戸惑いが生まれている。それに気付いていた月宮が、微笑みを浮かべる。
「何のことか…意味が分からないな?」
あくまで、しらを切るつもりか。
「そうか」と呟き、月宮の机を殴るように拳を置き、ギロリと睨み付けた。
「じゃあ、俺も個人的に言って置く。…冬宮 直久は、春宮 千里の敵を絶対に許さない。」
その言葉に、初めて月宮の瞳が険を帯びる。だが、口元の笑みは浮かべたまま。
(なるほど。冬宮は春宮に付くと宣言をした訳か…面白いじゃないか。)
緊迫した冬宮と月宮の睨み合いだったが、ハッキリと月宮に意思を伝えた直久は、踵を返すと教室を後にした。その日、学校中に三大家の対立が知れ渡る事となるのである。
*
苛立ちを隠さず無言で歩いていると、桐埼に千里の居所を伝えられ素早く向かう。あまり使われて居ない準備室の前に着くと、軽く扉を叩く。
「…千里、居るのか?」
ガチャリ
静かに扉を開けた相手の顔を目にすると、呼吸が止まった。
「……直久?今、登校したのかい?」
いつも余裕を持って婉然と微笑む口元は、今は笑みを張り付けているに過ぎない。形の整った綺麗な眉は、僅かに下がっている。
「え?直ひ…」
千里の言葉を遮る様に部屋に入り後ろ手に扉を閉めると、相手を引き寄せ抱き込む。
「…俺は、死んでもお前の味方だ!」
だから…そんな顔をすんじゃねえ!
抱き締めた相手の体は少し冷えていたが、千里に触れる自分の体温は上がっていく。
「直久…どう、して?」
僅かに掠れた声で投げられら疑問など、答えは決まっている。
「知ってんだろ?俺は、千里が好きなんだよ。お前の為なら何でもする。…そんな顔させた奴は、俺が潰す。」
相手のサラサラとした髪が頬に触れ、思わず鼓動が速まっていく。ふと直久から離れた千里は、苦笑を溢すと自分の頬に触れる。
「そっか。…酷い顔をしていたみたいだね。…心配かけた。」
そう言って、何でもない顔で本心を押し隠す愛する人。
お前は何故、守らせてくれない?俺が煩わしいなら、離れて欲しいなら言えば良いのに。
「…心配したら迷惑か?」
「え?」
「俺が嫌いなら、そう言ってくれ。お前が嫌がるのに側に居るのは…辛い。」
眉を寄せて、絞り出す様に相手へ言葉を吐き出す。
テストで自分の成績を越えたら、付き合っても良いと言われ努力してきたが、本当は俺が嫌いじゃないのか?桜川の事で悲しむのは、あいつが一番好きだからじゃないのか?秋道寺、守山を名前で呼ぶ様になったお前の中で、俺はただの友人なのか?
お前は、何かを隠してる。俺に何を隠しているんだ?お前に利用されるのも、使われるのも喜んでしよう。だが、お前が僅かでも俺に気持ちが無いなら、表立って近付くのを止めよう。
相手の困惑した表情が目に入り「悪い」と言って、扉へ足を向ける。
ああ。分かっていた。千里が、何となく俺と距離を取ろうとしていた事なんて。お前は優しいから、俺を気遣っていただけなんだよな?
力無くドアノブを握った時、気配が背中に近付く。
「…せ……っ」
振り返ろうとすると、詰め襟の胸元を引っ張られ、唇に感じた感触に思考が止まった。頬に添えられた白い手、少し傾けて重なるのは恋い焦がれた相手の唇。
俺の普段高い思考力は、既に全く役に立たなかったのだ。
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