王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

変わる日常

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朝起きると、携帯の着信があった事に気付いて布団から起き上がると画面を開く。相手は恵からで、何だろうと…とりあえず電話をしてみる。

『おかけになった電話番号は現在…』

機械的な声を耳にし、不思議に思い一度電話を切って置いた。

どうしたんだろう?番号を変える程の何かがあったのか?
すると、今度は新たな着信音に気付き直ぐに受話器を取る。

「…美景?おはよう。どうしたんだい?」

必要事項は、普段なら美景はメールで送ってくる。千里が言った訳ではなく、自分で迷惑になるからだと思っているらしい。という事は、緊急時だという事。

『おはようございます、千里君。申し訳ありません、朝早くに…。』
「構わないよ、僕のお姫様。それで、何があったんだい?」

お姫様、と呼ばれても何だか美景の声音は浮かないままで、千里も思わず片眉が上がる。

『桜川君が、昨夜部屋に帰らず三時間程、行方が分からなかったそうです。』
「…恵が?三時間という事は、もう見つかったんだね。」
『はい。ですが、親衛隊隊長の瀬良君が言うには、いつもと様子が違うとか…』

様子が違う?
美景の言葉を反復し、顎に手を置いて思考する。 

「そう、分かったよ。僕も登校したら、恵に聞いてみよう。」

簡単に挨拶を交わし、電話を切ると直ぐに着替えをしてから、朝の支度を行う。
まさか、月宮側と何かあったのか?いや、だったら智の時の様に、無傷でいられるとは思えない。

リビングに出ると、テーブルの上に暖かいポットに入ったコーヒー、カップ、スコーンと蜂蜜が置かれていた。

…夏雪か。

一瞬戸惑うが、直ぐに理由が判明する。テーブルに置かれた、花瓶に差された1輪の青薔薇。夏雪が執事になった際、何か有った時にと合鍵を渡していたのだ。今までは、帰った時に玄関や、キッチンが磨きあげられた様に綺麗になっていたが。
まさか、こんなタイミング良くモーニングコーヒーが置かれる様になるなんて…。感心するまま、椅子に座りコーヒーの香りを楽しみ口にする。

…ふむ。爺やの淹れてくれた物に似ているな。それよりも、僅かに甘い気がするけれど。うん、悪くない。

スコーンなど、パティシエが作ったのではと思える程、サクサクで中はふわっとしていた。

雪、ケーキは作れるだろうか?
千里がもし口にしていたら、午後の3時には数十種類のスイーツが届けられた事だろう。食べ終わると、食器は軽く整えて玄関に向かう。

さて、恵は大丈夫かな?
待っていた夏雪と挨拶を交わし、普段通りに学校に着く。

「…腕の調子はどうだい?」
「はい。2週間程で完治するそうです。」

いつもと違うのは、無感情な表情を貫いていた夏雪が、千里と話す際に微笑を浮かべる事だろう。偶然それを見たDクラスの生徒は、固まったまま数分動けなかったとか。 

学校に着けば、何か紙が貼られた掲示板に人が群がっている。
ああ、確か今日は学力テストの結果発表か。

定期テストとは異なり、名門校であり学力向上の為、2ヶ月に1度は三教科(国・数・英)のみの試験が行われるのだ。千里の姿を目にした生徒は、直ぐに前を譲っていく。

「ああ、おはよう美景。今日も美の女神が嫉妬しそうだね?」 

視線の合った親衛隊隊長に、頬を撫でて微笑みを向けて置く。

「…あ、おはようございます。千里君も、今日も世界中の誰よりも素敵です…。」

うっとりと自分を見上げる相手に「ありがとう」と言い、試験結果に目を移す。

275点 10位 秋道寺 明日霞

278点 9位 園原美景

280点 8位 桐埼 純一郎

284点 7位 守山 智

285点 6位 桜川 恵

293点 5位 李 真蘭

296点 4位 伊井 歩

298点 2位 月宮 煌有

298点 2位 冬宮 直久

300点 1位 春宮 千里



月宮…?

美景もまだ見ていなかったのか、月宮の名に目を見開く。

今まで、30位ぐらいだった気がしたけれど、やはり隠していたという事だね。
順位表の結果に、生徒達もザワザワとざわめくが、次の瞬間信じられない光景に、その場が静まり返る事となった。

「わーい。また僕の順位が上がったよ!本当に君のお陰だよ、月宮くん。」

嬉しそうに相手に寄り添い、頬を赤く染めて本当に好意を持つ様に見上げる美少年。

「いや、君の実力だよ。…恵君。」

それに対し、風紀委員の白ランを着た人物は、優しい笑みを送る。春宮と月宮の対立は既に知られている所だ。勿論、恵は春宮側の筆頭と言って良い存在だ。

どうして?という言葉を呑み込む千里の隣で、美景の声が響いた。

「桜川君、何を考えているのですか?何故、月宮君と一緒に?」

珍しく苛立ちを浮かべる美景に、恵は本気で不思議そうに首を傾ける。

「何でって?何いってんの?いつも僕と一緒に居るでしょ。だって、僕の王子様だもん!」

照れて瞳を潤ませる恵に、生徒達は呆気に取られていた。 視界に映る千里など見えていないのだろう。
月宮と恵が笑みを交わす。

「そう、仲が良いんだね?」

そこに、千里の変わらぬ声がよく通った。普段通りに笑みを浮かべる千里に美景は驚きを浮かべるが、直ぐに一歩後ろに下がった。

見た所、恵の体に怪我はなさそうだ。

千里に声を掛けられても、恵の反応は薄いものだった。

「うん。だって、月宮くんが大好きだもん。当然でしょ?春宮。」

春宮、と無機質に呼び掛けられる音。それでも、千里の態度に変化は無い。

「…そう。君に、何事も無くて良かったよ…桜川。」

そう言うと、静かに踵を返して去っていく。慌てて後ろを追う美景の背中も見えなくなると、集まっていた生徒はそそくさと居なくなっていた。

「…どうしたんだ、恵君?」
「え?」

ふと、月宮の穏やかな声が恵の耳に届いた。恵は、自分が涙を流している事に気付く。

「…分かんない。でも、どうして?苦しいんだ。」
(何で?胸が痛い…苦しい…)

月宮は、形として恵を抱き寄せ思案に耽った。

(あまり、ショックは無かったようだな。まあ、元々冷たい人間だという事か。あれだけ侍らせた桜川を切り捨てるとは)

月宮の嘲笑が零れ落ちた。





使われて居ない準備室の前で、ピタリと止まった千里は美景に振り返った。

「…美景、今すぐ瀬良と協力し、昨日の事を調べてくれるかい?」
「…え、は、はい!」

美景の瞳には、普段よりも凄みのある千里の笑顔が映る。

「…堂々とした宣戦布告だ。喜んで受けるとしようか?」

千里の上に立つ者としての力強い笑みに目を奪われた美景は、吊られて口角を上げた。

「はい!私も最後までお供致します。」

王子様の様な物腰と、絶対的な支配者の雰囲気は、美景の心を突き動かす。

(ああ、私の愛した人がこの方でよかった。…必ず、お役に立たねば!)

「…では、少しやる事があるから此処に居るよ。何か分かったら、連絡して欲しい。」

嬉しそうに頭を下げて去る美景を見送り、準備室に入り鍵をかける。親交会の実行委員会は、ある程度授業を免除されるので、今日ぐらい出なくても大丈夫だろう。

扉を背にそのまま床に座り込むと、自然と凛々しく上がっていた眉が下がっていく。

『うん。だって、月宮くんが大好きだもん。 当然でしょ?春宮。』

恵という存在は、気付かぬ内に…男として生きる千里の支えであった。

月宮の事が、好きなの?僕の事が嫌いになったの?

片足を立てて座り、両手を組んで俯き固く目を閉じる。静かに、ただ静かに嗚咽を溢す。

「…っうう。…ごめんね…………恵。」

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