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二章~親交会・対立~
執事の懐古side夏雪青薇
しおりを挟む「そういえば…ずっと立っていて疲れないのかい?少し座ったら。」
いつもの昼下がり、後ろに控える執事にそう言うのは、春宮家次期当主である。
「…お気遣いありがとうございます。ですが、執事は疲れを減少させる立ち方を存じておりますので。」
へえ、と春宮様は片眉を上げる。これほど、一つひとつの仕草に品が有る人間は、この学校に片手程居ないだろう。
しかし、優しい方だ。一執事を気にかけて声を掛けるとは…いや。
夏雪 青薇は、記憶の彼方に問い掛けた。もう一人、そう言った方が居た筈だ。
――――――――――ーーー
「…ああ。我が家は、取り潰しとなる。」
広く由緒ある屋敷のある一室、壮年の男と三人の子どもが向かい合い座る。戦国末期より続いたこの家は、古き伝統と格式を保っていた。しかし、時代が変わりこの家を支援してくれる者も、支えてくれる門下も無い。
「……父上。」
「何だ、蒼。」
もの静かだが、能力も高く聡明な次男に声を掛けられ、返事を返す。蒼は、常と変わらぬ口調で父親をしっかりと見据える。
「俺をお売り下さい。」
「…何をふざけた事を!お前を売るなど…。」
少し怒りを交えた声だが、直ぐに尻すぼみとなっていく。
「…兄上はお体が弱く、弟はまだほんの子ども。三兄弟の誰かを売れば、十分な額を頂けると聞きました。」
お前…と男の声が震え、真剣な次男の顔を辛そうに見た。
「俺を買って頂き、家を立て直して下さい。兄上を当主として、弟を補佐として。」
「………すまん。本当にすまん、蒼。」
男泣きする父親を黙って見上げ、小さく微笑む。
*
袋一つを持って、蒼は門をくぐる。
「にいちゃ~。いってらっしゃ!」
「…蒼。ごめん…ごめんね。」
あどけなく手を振る弟と、泣き崩れる兄に軽く手を振り、迎えの者について歩き出す。証文は、あの家からの絶縁を書かされた。既に、蒼は蒼では無い。
俺は…どうなるんだろう。
新しい家では、ただの下働きとして働かせられた。
時おり思い出した様に家の主は、(元)蒼の不幸を笑い暴力を振るい、下働きの中で最も汚い者として扱った。
「…きたな~い!」
「かわいそーだよ?本当は、お坊っちゃまなんでしょ?アハハ」
「早く、これやれよ。」
下働きの子どもも、(元)蒼を馬鹿にした。それでも、泣かなかった。折れなかった。逃げなかった。
ある時、家同士のパーティーがあり(元)蒼も雑用をする為、普段よりマシな衣服で会場にいる。
さて、次は。
食べ終わった皿を見つけては、運を繰り返していると、鮮やかな色が目に飛び込む。晴れた日の青空を思わせるシンプルだが、仕立ての良いドレスに、髪は軽くウェーブにした愛らしい少女。
……可愛い。同じ位の年だろうか?
美少女といって差し支えない相手は、(元)蒼の視線に気付いて微笑んだ。
不味い…嫌がられたか。
この家に来てから罵声や怒声ばかりの自分に、またこの少女も同じ様にそうすると思った。
「こんにちは。」
「…っこん、にちは。」
知らず声が上擦ってしまう。こんな普通の挨拶も、いつ以来だろう。
「良かった…わたしと同じ位の人がいて。はじめてのパーティーだから、きんちょうしちゃって。」
あまりにも嬉しそうな少女に、戸惑ってしまう。
どうしよう。
「ん?座らないの?いっしょにお話ししようよ。」
心からの優しく温かい言葉は、(元)蒼の心をゆっくりと解してくれた。
いや、嘘だ。心から優しい人間なんて、居ない。
可愛がってくれた両親すら、最後は俺をあっさり売り飛ばしたんだ。未だに、俺を迎えに来ない。…別に、どうでも良いけれど。
暗く打ち沈む相手に、少女は明るく何かを渡す。
「元気ないね?お腹すいたの?これいっしょに食べよ?」
サンドイッチか…久しぶりに触ったが。ふわふわの白いパンに知らず喉が鳴る。
「すみません。食べられないのです…叱られますので。」
えー!と少女は驚き、今度は頬を膨らませる。
「1個たべただけで怒るなんて、悪い人だよ?わたしがダメって教えてあげるよ。だから、食べて。」
そうして、無理矢理にサンドイッチを口に入れさせる。
「……おいしい。」
「えへへ。よかったねー。」
にこにこする少女が、眩しい。こんなやり取りなんて、どれだけ求めていたか。
視界が滲む中で、今度は少女が自分のヘアピンを一つ抜き、(元)蒼の前髪を上げてやり留める。
「うん。やっぱりこの方が良いよ。だって、キレイな目をしてるんだもん。」
まっすぐ見つめて来る少女に、既に相手への疑いなど無かった。
「…ありがとうございます。お嬢様。」
「どういたしまして?あ、じゃなくて、あなたのお名前は?」
その質問に、顔が曇ってしまう。
「…名前は、ありません。」
この家では〈お前〉とか〈これ〉と呼ばれているからだ。そんな暗い雰囲気を打ち消す様に、少女の笑顔が輝く。
「じゃあ、わたしが名前をつけてあげる。…うーんと、あ!これにしよう………雪…わたしの好きな雪で良い?」
雪…シンプルだが、今まで与えられた呼び名の中で、一番優しく自分に染み込んだ。
「…はい。どうぞ、そうお呼び下さい。」
暫く談笑した少女と雪だが、少女が時間に気付き終わりとなる。優しい時間は瞬く間に過ぎていたのだ。
「…あーあ、もう終わっちゃった。また今度あったら、たくさん話そうね。」
「はい、是非とも…最後にお嬢様のお名前を伺っても?」
仮に次が無かったとして、名前さえ分かれば探せる筈だ。
「ちさと、だよ。また
ね。」
少女は、雪の心に深く刻み付ける笑顔で言うと 、軽やかに走り去って行ったのだった。
次は、二度と来る事は無かった。何故なら、ある別のパーティーで三大名家春宮家の執事長に見込まれ、教育を受ける事となるからである。
―――――――――――
夏雪は、ほとんど物の無い自室の机の引き出しを開ける。小さな質の良い木箱には、子ども用のヘアピンが一つ大事に入れられていた。
いつか…また会えるだろうか?あの、優しい少女に。
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