王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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三章~新風紀委員会・親交会~

医務室

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「黒鎖は、死ぬのが怖くない様子でございます。」

上位執事の如月からの案内で着いた場所は、医務室であった。他の執事が伝えたのか、直ぐに夏雪がやって来て現状を話し出す。
どうやら黒鎖が月宮の暗殺を行おうとしたが、思わぬ腕利きの仲間に窮地に陥ったらしい。夏雪含む上位10名の執事が助けに入らなければ、危ない状態だった様だ。

だから、銀条との対決中夏雪どころか執事が一人も居なかったのか。憮然とした夏雪の気持ちは分かる。このデリケートな時期の、黒鎖の月宮暗殺。成功していても問題だが、失敗した上に此方との溝を更に深くしたに過ぎない。黒鎖が深手を追い、暫くは無理も出来ないだろう。

「おっやあ?千里さんじゃないですか~。」

個室の病室内には、大人しく寝ている訳のない黒鎖がベッドに腰掛けて足をブラブラさせていた。右側の頬には大きくガーゼが貼られ、首と見える四肢には包帯が巻かれている。

酷い状態に見えるが、痛くないのだろうか?

「わざわざお見舞いに来てくれるなんて~暫ちゃん感激~。」

普段と同じ様に笑う黒鎖が、何となく出会った時と同じ雰囲気に見えたのだ。自分の命など興味も無く、生も死もただの人生のスパイスだと言う様に。

「…どうして、月宮の暗殺なんて。」

黒鎖の長い指が、自身の頬の夕顔に触れる。

「どうして…か。千里さんの為ですからね~。」
「…僕の為?」

そういう割りには、黒鎖の瞳はじっと何処かを見つめたままだ。黒鎖の顔には自分の行動を、後悔?困惑?…様々な感情が浮かぶ。やはり彼の闇は深い。簡単には、消せない過去があるのだろう。

聞こうとは思わない。いや、聞いてはいけない気がした。いつか…言いたくなるまで。

「確かに、月宮は今の僕には、厄介な存在だ。けれど、それは僕自身がケジメをつける事。殺して欲しいとは思わない。」

千里の言葉に、黒鎖の紫の瞳が揺れる。

「…俺は…I love everything about you…I want you all…」

ベッドから立ち上がる黒鎖の歩みが、千里に次第に近付いていく。
黒鎖自身も初めての感情にどうしようも出来なかった。自分を掬い上げた千里を憎む月宮は邪魔だと思い込み、結果的に更に千里の立場を危うくしてしまった。

今の黒鎖は、裏稼業の腕を買われ千里に雇われている立場である。それ故、もっと千里の為にと思った。しかし、戦いの最中には…千里に飼われたままの立場で死んでも良いとすら思ってしまった。
それは暗殺者として失格だろう。暗殺者ならば、自分の死体も残さず綺麗に消えなければならないのに。

桜川恵と千里の絆を見せられて、黒鎖の心がひび割れた結果なのか。元々歪んでいる黒鎖の心を、何とか形を取り成したのは千里。中途半端に受け入れられ、宙ぶらりんの黒鎖の心。夏雪の様に揺るがぬ忠誠心も、恵の様に特別な愛情でも無い。ひび割れた歪んだ愛。

月宮の事も、千里を憎んでいるというよりは、婚約者だと知られる前に殺したかったに過ぎない。重い重いそれを、千里はまだしっかりと理解出来ていない。

黒鎖の足が、また一歩進むがそれは一度止まった。
千里の目の前には夏雪の緊張した背中。本気の暗殺者の視線が、主を守らんとする執事の瞳を射抜く。

「邪魔したら、殺す…。」
「…何を言われようと、離れません。」

ビリリと空気のざわつく室内で、千里はずっと思案していた。ただ分かるのは、もし本気なら黒鎖は躊躇わず夏雪を手にかけるだろう。今の千里には、夏雪も黒鎖も天秤に掛けられない。
どちらも必要だ。

「…雪、部屋から出ろ。」
「…我が君?」

驚く気配の夏雪にもう一度同じ言葉を口にして、それでも動かない夏雪に強行手段を下す。

「命令だ、部屋を出ろ。」
「…御意。」

スッと夏雪の表情が無くなり、流れる様に部屋を後にする。千里に心酔し恋する夏雪すら、執事としての彼にとって『命令』は絶対なのだ。
雪、すまない。此処は僕に任せて欲しい。

「…黒鎖?」

それよりも、じっと此方を見つめてくる黒鎖が危ない。普段も読めない男だが。
そういえば…
千里が少々思った事があった。黒鎖を、ちゃんと誉めた事無かったな。まあ敵だったし。暫く様子も見ていたからね。

黒鎖の腕が、千里の首元に伸びていく。まるで、その命を絡めとる様に…。幸か不幸か、それをまるで気にせずにかわしてスッポリと相手を抱き締めてみた。
うわ。やっぱり黒鎖は大きいな…。腕が回しきれない。

「…僕の為によくやってくれたね。ありがとう。」

その言葉は黒鎖の心にするりと溶けていく。

「…千里さん。」
「…うん?」

愛を渇望していた彼の歪んだ心は、修復出来ないかもしれない。けれど、それでも…と思う。

「…俺は、貴女が、好きです。好きで、愛していて、貴女以外のものを殺してしまいたい。」

それなら…貴女の目には俺しか映さない。
黒鎖の小さな呟きは狂気を孕んだ。初めての感情をもて余す黒鎖には、伝える方法が分からない。自分を愛さなかったと思い込み母を手にかけ、愛されないとその度人を殺めていった。
血にまみれた黒鎖を救ったのは、何よりも美しい存在。

「貴女が…欲しい。」

その狂った感情に、千里は困惑を浮かべない様に気持ちを抑えた。
この男をどうするか?きっと、愛情の容量が無いのだとは思う。

「言っただろう?僕は、君を愛そう。でもそれは、君だけをでは無い。」
「…はい。わかってる。」

千里は黒鎖を抱き締めたまま「大丈夫だよ」と優しく囁く。

「君だけを好きにはなれない。でもそれは、今現在だ。…これからが分からない。つまり…?」

例えば、雪や、恵や、黒鎖だけを好きになる可能性も有るということ。その含みに、頭のキレる黒鎖は勿論気付いた様だ。

「…んふっふ、なるほど~。」
「…え?」

一瞬千里から離れた黒鎖は、その左手を千里の腰に回し右手で相手の頬に添えて顔を傾けると唇に自身を重ねる。一瞬の出来事で反応の遅れた千里の柔らかい唇をペロリと舐めて、意外にも直ぐにスッと離れて目を細めて微笑んだ。

「…じゃあ、俺の事好きになってね。」
「…君、どれが素なんだい。」

あまりに綺麗に微笑まれ、思わず唇に触れて眉を寄せて混乱してしまう。案外、黒鎖は純粋なのかもしれない。

「あ、婚姻届けはいつでも準備万端デスヨ~?」

いや…やっぱり、分からない。

「日本の法律を知っているかい?残念、年齢的に無理だからね。」

ふふ、と余裕の笑みを向けても、黒鎖の変化は見られない。むしろ、嬉しそうですらある。

「…ああ、2年間も恋人期間があるってことですねえ。」
「そう来るのか。」

知らずクスクスと笑ってしまう。千里にとって、まだまだ笑い飛ばさないといけない事柄だからだろう。
千里は気付いて居なかったが、ずっと扉の隙間からは夏雪から黒鎖への細い鋭利な針や、ナイフが飛ばされていたりする。

(ッチ、当たらないか)
(しつこいデスヨ~執事くん)





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