夏の記憶

朱雀院優男

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ある夏の記憶

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夏の日。

そろそろ行きつけのバーの女マスター(ミストレスというらしい)の誕生日だ。

 男は、格好つけたがりである。誕生日プレゼントを渡して女マスターを喜ばせようと街に出る計画を立てていた。

お昼はランチを食べて、雑貨屋をまわって女マスターのプレゼントを買う。歩き疲れたらカフェにでも寄ろう。そして、夕食には少し贅沢をしようと。

男は、Googleマップで行きたいお店を探すことが好きだった。マップを見るだけでも好きだった。マップを指でスライドさせて「こんな所にお店がある!」とか「こんなところに裏道があったんだ!」など発見がある。

男は田舎に住んでいる。片田舎という程ではないが、都会とは言いがたい田んぼが多い町に住んでいる。東京だとGoogleマップでは、行きたい店を探しにくい。店が多すぎるからだ。Googleマップを見ているだけで頭が痛くなるほどだ。

高松だと確かに店が密集している場所もあるが、東京の中心地ほど、どこもかしこもという程ではない。

Googleマップだと、飲食店だけでなく雑貨屋、家具屋、美術館、景勝地なども見つかるのもよい。

男は格好つけたがりと書いた。だから、飲食店でも見た目のよい店を選ぶのだろう、と思った読者もいることだろう。その通りだ、と書きたいがラーメンが好きだった。ラーメンの中でもトンコツが好みだ。食べると、口の中がべっとりするくらいのが好きだ。不健康なのが好きなのかもしれない。女の前では格好つけたがりなのかもしれない。

昼食は、ラーメンで決まりだ。ラーメンで英気を養ったあと、プレゼントを探す。その後、歩き疲れたらカフェにでも寄ってくつろごう。

そうだ。話のネタに、高松のバーも寄ってみよう。そんな気持ちになった。

予定はだいたい決まった。仕事、遊び、寝る。仕事、遊び、寝る。時間が過ぎる。

いよいよ、高松に行く日だ。遊びに行く時は独りだ。友達がいないのもあるが、誰にも邪魔されずに行きたいところに行けるのがいい。でも、自撮りばかりしていると少し虚しくなる。

切符を買って、駅員さんのところへ。そのとき、切符を折り曲げるのが好きだ。平らになおしてくれる駅員さんがいるからだ。そのとき、優しさを感じる。

改札をくぐる。高松でたくさん歩くので、ここで歩き疲れるわけにはいかない。エスカレーターに乗って、駅のホームへ。

あと、10分ほどで電車がやってくる。夏の暑い日に10分は長く感じる。ベンチに座ると、ふと張り紙が目に入った。「鳩にエサをやらないでください」
どうやら、駅のホームにもエサを与える人がいるらしい。

夏の暑さにうなだれていると、電車が来た。平日なので他の乗客も少ない。都会と違ってゆっくり乗り込める。電車とホームの少し空いている所を小さくまたいで、電車に乗り込む。

自由席はまばらに人がいる程度。満席の時は、同じ車内も狭く感じる。車内は涼しい。

夏の暑さを忘れて、うとうとしていると目的地の高松に到着した。

駅のホームに降り立ち、足早に改札をくぐる。

時計を見ると、11時30分だ。今度はバスに乗り換えてラーメン屋近くのバス停へ。

2~3分歩いて、ラーメン屋にたどり着く。好きなトンコツはないようなのでしょうゆラーメンを注文。少し待つと、店員さんがお盆にラーメンを乗せてやって来た。アツアツだ。早速、すすって食べた。

支払いを済ませて店をでる。今日の本当の目的、プレゼントを探す。女マスターはどんなものが趣味か。自分に問いかける。

高松には、瓦町フラッグという駅ビルがある。そこに何件か雑貨屋がある。そこに行こう。

何件かまわった。リンゴの置物、子供用の小さな靴(片一方プレゼントする。恋人にするようなのでやめた)、ドライフラワー。

考えた。そうだ。お店に置ける雑貨がよい。
赤いリンゴの置物。女マスターのイメージにも合う。特別高いものでもない。購入することに決めた。

あれこれ悩んで、歩き回っていると疲れる。足が重くなってきた。カフェだ。そう思い立って涼しい店内をでる。

カフェまでは、5分くらいか。「暑い」と愚痴を言いながら、Googleマップが示したところに向かう。二階にあるようだ。少し軽くなった足取りで階段を登る。

ドアを開けるとカランコロンと音がした。店内は涼しい。メニューを見たが、結局アイスコーヒーにした。

目を閉じて休憩していると、冷たいアイスコーヒーが目の前に置かれた。ストローでかき混ぜるとカランコロンと音がした。

見渡すと、そこは本がたくさん置いてあった。コーヒーと本はよく合う。そう思った。夏の暑さを忘れる。


自宅に帰ってから、数日後、またバーに立ち寄った。開店きっかりに行った。女マスターは、一人でいた。


お誕生日おめでとう。

女マスターのメス顔を見るのは初めてだった。
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