薄桜記1

綾乃 蕾夢

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彩【いろ】

共に生きる

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 おおじじ様を送ったまま、まっすぐお社に戻った私の目に、神社を覗き込む若者の後ろ姿が映る。

 姿もさることながら、旅装束に、村の者でないことは一目瞭然。

「何かご用ですか」
 私よりも背の高いその若者は、振り返ると微笑みを浮かべた顔を驚きに変えた。

「姉上。その顔は」
 潰れた左目は、サラシで巻かれている。
 そんな事よりも、懐かしい顔にいく日かぶりに顔がほころんだ。
蒼天そうてんか」
 兄様に良く似た、強く優しい眼差し。

 一年ぶりに会う弟は、たくましく成長していたが、驚きと悲しみに顔は曇る一方だった。


「お父様やお母様、皆も変わりなく?」
「はい。
 早馬はやうまから手紙を受け取り、そのまま早馬と共に総本山を出て、昨日穂波に着きました」
 座敷に上がり、互いの近況報告をすませる。

「兄上のことは、残念です」
「うん」
 膝の上で硬く拳を握りしめたまま、蒼天はうつむき言葉を絞り出した。

「姉上は、よくぞ生き残ってくださいました。
 一度に二人も家族が亡くなっては、両親も私も悲しみは計り知れません」
「うん……。ありがとう」
 兄様が生かしてくれたとは言え、私だけが生き残ってしまった罪悪感は、心にずっしりとわだかまっていた。

「ありがとう」

 悲しみではない熱い涙が頬を濡らす。
 まだやらなければならない事がある。
 〈紅桜〉出来る事ならその秘密を解き明かしたい。
 例え私の代でなくとも、脈々と受け継がれる中でいつか必ず見出す者があると信じて。

「ああ。
 手紙にあった見聞録を持って来たのです」
 降ろした背負い袋を手繰り寄せ、蒼天が中から古い書物を取り出してくる。

 涙をぬぐい、くすんだあずき色の表紙を付ける巻物を受け取った。

 おおじじ様の話からして、桜姫たちがここを訪れたのは五十年ほど前のはず。

 注意深く書面を確認しつつ、読み進めていく。
 ここか。
 私の二代前、旅先で命を落としたのは。
 刀隠れの巫女、桜呼さくらこ
 その兄、桂刃かつらば

 先程おおじじ様と参った、二つ並んだ小さな石を思い出す。

「桜呼」

 つぶやくその名に、左手の〈紅桜〉が悲しげに震えた気がした。


 ■□■□

 私の家の庭には幹の焦げた大きな桜の木がある。

 この桜を見ると、心に何かが引っかかるんだ。

呼刃このは。学校に遅れるよ」
 境内からばぁちゃんの声が掛かる。

「うん。行ってきます」
 高校の制服の裾を翻し、実家の鬼呼神社に背を向けた。



 時は巡り、人の世はとどまる事なく時を刻んでいく。

 肉体はついえても、魂は輪廻転成りんねてんせいの輪に乗り、再び地上に帰ってくる。

 輪に乗るは、人か刀か。


【完】
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