薄桜記1

綾乃 蕾夢

文字の大きさ
上 下
27 / 30
彩【いろ】

奈落の底の声

しおりを挟む
「手足をがれては、身動きの取りようもないな。〈紅桜〉」

 小馬鹿にしたような魄皇鬼の言葉も私の耳には入ってこない。

 今見たものを、理解することを頭が拒んでいる。

 なぜ、こんな事に。

「残念だ。〈紅桜〉」
 座り込む私の頭上で、魄皇鬼が手をかざす。
さやが死ねば、貴様はまた新しい鞘を求めて姿を消してしまう。
 巫女と共に、阿僧祇あそうぎの闇に沈め」

 手のひらに青白い闇がわだかまる。

『──────』

 風の音に乗って小さな声が聞こえた気がした。

「ぐっうぅぅ」
 そして力を抑え込もうとする苦しげな魄皇鬼のうなり声。

朱雀すざく玄武げんぶ白虎びゃっこ勾陣こうちん帝久ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ青龍せいりゅう
 これは破邪護身、四神・神人・星神の九星九宮きゅうせいきゅうきゅうの九字。
 そしてこの声。

 多少声がくぐもって聞こえるものの、面をあげた私の目は、はっきりとした瞳でこちらを見つつ、九字を唱える兄様と目が合う。

 生きろ!

 その目が強く訴えているように感じて、瞳から大粒の涙が溢れ出た。

「ぅわあああぁっ!」
 叫ぶ声とともに、下からすくい上げた私の太刀たちが魄皇鬼の右腕を斬りとばすっ。

 吹き飛んだ腕は、青白い闇をとどめたまま宙を舞い、風の中にチリと消えた。

「小賢しい虫ケラがぁっ!」
 間合いを取る私に、鬼の形相を見せる魄皇鬼が兄様の頭部の乗った左手を握りつぶすようにせばめていく。

「兄様っ」

 最後まで九字を唱え続けていた口元が、何かを吐き出して泡が破れるように弾けて霧散した。

 焼け焦げるような音と、魄皇鬼の叫ぶ声。

 貼り付いた破邪の札が魄皇鬼の左手を焼く。

 血の五芒星。
 最後の時に飲み込んだのか。

 消し炭と化した左手がポロポロと崩れていく。

 白く美しかった顔は見る影もない、怒り狂う鬼が先のない腕を振るった。

 不可視の刃を散り落ちた桜の花びらが包み込み軌跡きせきを映していく。

 行ける。

 踏み込む草履ぞうりが、悪意に満ちた桜の凶刃きょうじんを飛び越えた。

 〈紅桜〉私に力を貸してくれ。
 強く握る刀が手に溶け込むように軽く、一体と化して舞う。

 振るう刀が魄皇鬼の首を跳ね飛ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

処理中です...