薄桜記1

綾乃 蕾夢

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彩【いろ】

決意と奈落

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 〈紅桜〉に支配され、人ではなくなる。

 構える〈紅桜〉が、小さく震える。
 私は……何を信じればいいのだ。

 確かに歴代の刀隠れの巫女は戦に倒れる者が多いが、宿命と信じていた。

 優しく幼子に言い聞かせるように口を開く魄皇鬼に、桜の花びらが舞う。

 それは私に見せた儚くも美しい桜の姿ではなかった。
 怒り、叫ぶように花は魄皇鬼に立ち向かう。

 桜が鬼と戦っている。

 そんな風に感じて、視線を桜に走らせる。
 一人の巫女が、確かにそこに立っていた。

わずらわしい」

 短く呟き、開いた手のひらから蒼白い炎が踊る。
 チリチリと焼け焦げる桜の下には、もう巫女の姿は消えていた。

 朱色袴に高く結った髪。
 年の頃は私と同じ十五、六だろうか。
 あの顔は、見覚えがある。
 〈紅桜〉の刀身に写り込んだ、記憶の中の巫女。

 おそらく、おおじじ様の話してくれた、この村を救う為に戦った刀隠れの巫女。

 そうだ。

 カチャリと刀身を鳴らし、しっかりと〈紅桜〉を構える。

「今〈紅桜〉を手放せば、お前を滅ぼすことが出来る物がなくなってしまう」
 おサナばぁちゃん。おヨウ、おフウ。
 おミヨの大好きだったこの村。

「考えるのは、お前を葬ってからだ」
 今は信じるしかないんだ。神刀〈紅桜〉の力を。

「愚かな」
 私の愚行をたしなめるわけではない、むしろその口調は抵抗を待っていたかのような喜びを含んでいる。

「聞き分けの悪い妹を持つとは、貴様の苦労がしのばれるな。
 緑陰りょくいん

「兄に、何かしたのかっ!」
 そろそろ帰る頃かとは思っていたが、確かに遅い。

 魄皇鬼の掲げる左手のひらに、ボォっと霞がかかり、徐々に丸く形を成していく。

 暗く落ちる影は、人の顔を創り出す。

 その光景に私は立っていられなくなり、回廊に崩れ落ちた。
 肉塊がゆっくりと瞳を開く。

薄紅うすべに……」

 暗く淀んだ兄の首、その唇が私の名を呼んだ。
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